李登輝前総統の外国人特派員協会におけるブリーフィングと質疑応答【1】

李登輝前総統は日本滞在最終日となる6月9日午前11時から、東京・有楽町の外国人特
派員協会(The Foreign Correspondents’ Club of Japan)において、訪日中最後となる
会見を行った。会場には200人を超える記者、多数のテレビカメラが集まった。李氏は30
分間のブリーフィングで訪日の感想を述べ、残りの30分で記者たちの質疑に答えた。

 質問が靖国神社参拝について触れると、李氏は時に声を張り上げ、中韓に何も言えな
かった日本政府の弱腰を批判。「国家のために命を落とした若者を慰霊するのに、なぜ
外国に批判されなくちゃならないのか!」と語ると、記者団からは期せずして拍手が沸
いた。

 また、「日本の人々はあまりにも中国を知らな過ぎる。22歳まで日本人だった私も今
や86歳(台湾の旧暦で計算)。ずっと中国社会で生きてきた私が得たことは、中国人に
なりきって考えないと、中国人のやり口はわからない。日本的考え方で中国のことを考
えてもダメだ」と述べた。

 やはり日本の政治家とは役者が違うことをまざまざと感じた会見であった。なお、会
見のため、文章に起こしてわかりにくい箇所は適宜修正した。【早川友久・記】


李登輝前総統の外国人特派員協会におけるブリーフィングと質疑応答【1】

■このたびの旅行は今までの旅の中で最高の旅

 デニス・ノーマイル会長、ピオ・デミリア先生、諸国のメディアの先生方、こんにち
は。

 今日は、東京における外国人記者クラブにお招きいただきまして、皆さんとお話でき
ることを非常に感謝しております。ご苦労さまです。

 台湾から参りました、ただいまご紹介を受けました、前総統・李登輝です。私たち一
行13人は、11日間の旅程を終えて、午後帰国する予定でおります。

 このたびの旅行は「学術・文化交流」と奥の細道を探訪するのが目的でした。結果的
に見て、このたびの旅行は非常に成功であったと思います。これはひとえにアジア・オ
ープン・フォーラム世話人代表の中嶋嶺雄学長夫婦による非常な努力と日本の皆さんの
支持の賜物であると思っております。今日、外国人記者クラブで、皆さんとお会いでき
たということが、このたびの旅行についてお話をできることが非常にうれしくまた名誉
と思っております。

 まず私が11日間に旅行した重要な事柄、私が日本を去るに当っての感想を述べたいと
思います。

 第1に、6月1日に私は「後藤新平の会」が主催する、後藤新平賞の第1回受賞に浴した
ことは無上の光栄でした。

 後藤新平賞は、画期的なものであると信じております。それは新しい時代の創造的な
リーダーシップを育成するものであります。私はこの光栄を受賞して、謝辞としてお話
しした「後藤新平と私」の中でも十分強調してまいりました。後藤新平の偉大な人間像
が、150年後の今になって初めて認識されるようになったということは、彼の持つ強い精
神的なものが、国家・社会から見て、必要なものであったからだと思います。

 後藤新平と私を繋ぐ根本的な精神的つながりは「強い信仰」、それは異なった宗教で
も構いませんが、強い信仰を持っているということでしょう。後藤新平は私にとって、
偉大な精神的導きの先生であると信じております。

 第2に私の言わんとすることは、このたびの旅行は今までの旅の中で、最高の旅でした。
長い間、来たいと思っていました「奥の細道」、半分だけでしたが堪能することができ、
日本文化の特徴である、日本人の生活における自然との調和を実感しました。

 惜しむらくは、芭蕉の足跡を全部辿ることができず、深川・千住・日光・仙台・松島
・平泉・山寺・象潟のみを周り、新潟以後のコースは来年あるいは次の機会に回すこと
にしました。奥の細道を吟味しつつ、芭蕉歌枕の旅の目的をいろいろと考えてみました。
帰国してから、もっとゆっくりとこの面における日本文化について勉強したいと思いま
す。

 日本文化とは何か、後で述べますが、日本人の持つ情緒と形式が生活の中に取り込ま
れて、高い精神的なものになったのが日本の文化であり、世界においても非常に独特の
高い文化でした。

 第3には、秋田県では中嶋先生が学長をしておられる国際教養大学を視察し、学生とも
面談が出来た上に、各教室で、教学に従事されている先生と学生とのいろいろな状態に
ついて観察することができたことは、私にとって非常な助けになりました。

 私はそのとき、特別講義で「日本の教育と台湾−私の歩んできた道」をお話しするこ
とができたことはこの上も無い嬉しいことでした。若い大学生たちに私は、はっきりと
日本的教育で得られた私の経験を伝えました。それは、専門的な職業教育以外に、教養
として「人間のあるべき姿」そして「人間とは何ぞや」または「私は誰だ」という問題
に答えが得られたこと、そして、その問いに対して「私は私でない私」という人生の結
論が得られたということです。

 今ここに入る前に、会長先生から、「何か書いてくれませんか」と言われましたとき
に、私はこういう風に書きました。「I am not I that I am」という言葉です。これは
つまり、「Who am I?」という問題に対する答えであります。

 こういう人生の結論が得られたことによって私は、自分なりの人生の価値観への理解
と、種々の問題に直面したときにも、自我のことを排除して客観的な立場で正確な解決
策を考えることができたのです。

 創立してから幾年も経っていなかった国際教養大学が、すでに日本の大学でも一番高
いところにランク付けされている理由が、この度の訪問でわかりました。さっき申し上
げたように、教室を覗き、そして教育の方法を直に見まして、それによって私はこの学
校がわずか3、4年にもなっていないのに、すでに非常に高いランク付けされている理
由がこれによってわかりました。これからがんばって国際上の優秀校となれるよう願っ
てやみません。

■忘れ難い靖国神社参拝

 「奥の細道」を辿って、帰ってきた6月7日、一昨日ですね、早朝、靖国神社を参拝し
ました。日本では、あるいは中国でもコリアでも、靖国神社参拝は歴史問題だとか、政
治問題だとして、大きく取り上げておりますが、私は参拝に行く前に、日本の新聞記者
にこう言いました。ホテルオークラの階下で、「私はこれから、第2次世界大戦で亡くな
った兄の冥福を祈ってまいります。60年間会っておりません。家には位牌も無ければ、
兄がどうしているのかわかりません。」と。

 非常に親しかった兄貴が62年前に亡くなって以来、私は会うような機会がありません
でした。もちろん、私が東京に来る困難というものがありましたために、靖国神社にも
行かれなくなったという状態です。

 私は一族を引き連れて、家内と孫娘を連れて、実兄の慰霊に冥福をささげることがで
きたことは、私の一生に忘れがたいことだと思っております。

■2007年の東アジアは内務に力を注ぐ年

 同時に、その日の夜には、歓迎実行委員会の主催で、「2007年とその後の世界情勢」
について学術的な講演をいたしました。

 私はその講演を政治的な講演とは思っておりません。いわゆる世界の情勢に対する客
観的な、私の知っている限りのいろいろなことについて、客観的な立場から講演をいた
しました。不透明な国際情勢について、私なりの研究を述べる機会を得たことを、また
この時に多数の日本の有識者たちに聞いていただいたことを、無上の光栄だと思ってお
ります。

 テーマは大きく、東アジア・両岸海峡、台湾海峡の3つに分け、分析と予測を行い、最
後に戦略的配置について、私なりの意見を述べてきました。世界の政治は3つの主軸にし
ばらく集中するであろうということです。

 第1は、2007年、ロシアと中国の世界政治に対する重要性は、米国がイスラム世界で巻
き起こした衝突、世界の反テロ戦争に劣りません。

 次に、米国とイランは、イラクにおいて対立を起こしておりますが、双方共に一方的
勝利を得ることなく、政治的な解決に向かわしめる可能性を有しております。また実際
的に、すでに調停に入ったという形であります。

 第3は、世界のリーダー国である米国の政治的機構の麻痺、外交ではイラク問題、内政
ではブッシュ政権の弱体化が起こっています。この機会に乗じて、ベネズエラからソマ
リア、アジアに至る中で、米国に挑発的な国がより侵略的な行動に出ると思われます。

 このような世界の3つの重要な問題に集中している間に、この2007年の東アジアはまさ
に政治の一年になるでしょう。2007年は日本・台湾・韓国・フィリピン・オーストラリ
アともに選挙が行われ、中国・北朝鮮・ベトナムの3つの共産党国家もこの年に党内の上
層部人事の再調整が行われます。このために2007年、つまり今年は、東アジア各国の内
部権力が再分配され、それらの国々は外交ではなく、内務に力を注ぐ年になるでしょう。
同時に、2008年、2009年への準備と変換の年度となるでしょう。

 総じて2007年は、東アジアにおける国際政治は、比較的安定した年となりますが、そ
の安定した範囲に台湾海峡も含まれているはずです。

■台湾は中国から一段と厳しい挑戦を受ける

 このような情勢は、3つの重要な戦略的配置の意義があると私は思います。

 第1に、米国は一時的にアジアにおける指導権を失います。この態度を一変させるには、
米国が新たな政治周期に入る間まで、つまり次の大統領選挙が終わって新しい政権がで
きるまで待たなければなりません。

 第2は、アジアは第2次世界大戦前の状態に戻ったような気がします。すなわち、東ア
ジアが地域内に限定された権力抗争が繰り広げられ、その権力抗争の主軸となるのが日
本と中国であります。

 第3に中国が2007年、2008年に東アジアの戦略情勢を指導することができたならば、つ
まり先ほど申し上げたような地域的に限定された権力の競争の間に、もし中国がアジア
における指導権を握ることになれば、2008年5月に就任する台湾の新しい総統が、中国か
ら一段と厳しい挑戦を受けるであることと私は暗示します。【(2)へ続く】