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――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(25)内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

【知道中国 1724回】                       一八・五・初一

――「支那人に代わって支那のために考えた・・・」――内藤(25)

内藤湖南『支那論』(文藝春秋 2013年)

内藤は「内外の形勢から攷究した結果」、貴族政治から君主独裁を経て共和政治に向うのが中国の「自然に落ち着くべき前途」ということになるのだろうが、奇しくも共和の2文字を冠した中華人民共和国が建国してから現在までの70年余を振り返った時、共和政治というよりも個人独裁にUターンしているのではなかろうか。別に内藤の読みが浅かったとか、内藤が間違ったとかいうつもりはない。

どうやら内藤は判ったつもりで「支那のごとく絶大な惰力によって潜運黙移しておる国情、人為による矯正の効力を超越しておる国情」と記していた「国情」だが、じつは判ってはいなかったのではないか。内藤の理解を超えた「国情」が、共和政治から君主独裁へとUターンをなさしめる大きな力の源泉となっていたのではなかろうか。では、その「国情」の正体とはなにか。あるいは内藤の目には紆余曲折に富む長い歴史一齣一齣が手に取るように見えていたが、それぞれが国境やら国籍のワクを越えて得て勝手に動き回る14億という膨大な人口という極く当たり前の“常識”が欠落していたのではなかろうか。やはり圧倒的人口という「国情」を見据えない限り、この国の持つ「絶大な惰力」を見定めることは至難だろう。

『支那論』は以上で「一 君主制か共和制か」を終え、「二 領土問題」に移る。

辛亥革命を経て共和政治に移るや起った五族共和と領土の問題を「歴史上から考えると、二様に看ることが出来る。一つはすなわち異種族間の感情問題である。また一つは異種族が生活しておるところの広漠たる領土を支配する、政治上、殊に財政上、兵力上の問題である」と考える内藤だが、一方で「支那の領土は、従来においても支那の国力に対して、あるいは過ぎておるくらい厖大である」との見解にたっていることを、予め押さえておく必要があるだろう。

先ず「異種族間の感情問題」を考えた内藤は、「支那で著しく領土の発展した時代」である秦・漢の時代から説き起こし、「前漢の宣帝以後」に「匈奴は漢に対して害を致さなくなって、異種族間の問題が一時落着した」要因を、「漢が領土として異種族を支配し、異種族の土地を所有するのではなくして、異種族の独立はそのままに保存されて、ただその間の衝突を避けたに過ぎないから」からだ、とする。続く唐代には「異種族懐柔」が行われた。

これに対し「異種族から入って支那智を統一した」金の場合、「異種族が漢人の風俗習慣にかぶれると、そのために弱くなってしまう、成るべく漢人の風俗習慣にかぶれないようにするのが、自分の民族の本質を維持し、その強さを保ってゆく所以だと考え」て、「金一代は比較的漢人と融和しない政策において一貫してお」った。

その次の元では、「とにかく蒙古人の思想は、やはり蒙古人の国粋を維持して行くという考えが強かった」から、「支那の土地を取っても、漢人は国に益がない、厄介なものである、漢人は穀物などを作ったり何かして、土地を荒らしてうるさいものである、こんなものは皆打ち殺してしまって、その土地を野原にして、蒙古人がそこを牧場にしてしまうほうがよいという考えを真面目にもっておった」という。

かりに内藤が説くような考えが元の時代に実行されていたら、その後の東アジアの、ひいては世界の歴史を考えると、沈思黙考・考究詮議・左思右想・徹底熟慮・・・だが、そうはならなかった。それというのも、「金人で成吉思汗の参謀になった耶律楚材」が「虐殺されるべき幾百万人民の生命を済った」からだ。彼は漢人から租税を徴収することで元の国庫を潤し、「漢人というものも蒙古人のために役に立つものであるということ」を証明してみせた。かくして「支那の土地を牧場にするということも成り立たなかった」。《QED》

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