出典:ハフィントンポスト日本版 2015年11月08日 10時42分 JST(転載にあたり文言を若干調整した)
作者代表:王宏恩(オースティン・ワン) デューク大学博士課程(政治学) ウェブサイト「菜市場政治學:Who Governs Taiwan?(http://whogovernstw.org/)」共同創設者
英語版原稿作者:王宏恩、顔維婷、陳方隅、沈智新、黄兆年、蔡栄峰
日本語訳:林彦瑜・八尾祥平
(※この記事は11月6日、ワシントンポストに掲載されたコラムhttps://goo.gl/8AAoAZの翻訳です)
中国国家主席習近平は11月6日からシンガポールを公式訪問する。翌7日に行われる「分断」後初めてとなる中台首脳会談において、両国は大変な困難に直面する。(馬総統が台湾国民にむかって)「実効的な取り決めはせず」と発表しているなか、この会談にどのような歴史的意義を持たせることができるのだろうか。
11月7日、「二つの中国」が歴史的邂逅を果たす。中国国家主席の習近平と台湾総統の馬英九によるトップ会談である。これは、1949年に毛沢東率いる中国共産党が中国大陸における実権を掌握し、蒋介石の国民政府が台湾へと撤退してから初めてのこととなる。
これは興味深いとともに神経質にならざるをえないタイミングでの出来事である。11月3日、アメリカは南シナ海へ駆逐艦を派遣し、これはこの地域における中国の権益拡大への要求を抑え込むための対抗策である。そして、この2カ月後に台湾では総統選挙と立法委員選挙(日本の国会議員選挙にあたる)が控えている。
この会談は台湾と世界に大きな衝撃を与えた。馬政権は、この会談を極秘裡に計画し、11月3日になって公表した。
アメリカ政府のなかにはこの会談を歓迎する向きがあるようにみえる。なぜならば、「二つの中国」の平和的秩序はアメリカの国益にも適うからだ。だが、台湾社会ではこれと同様の考えを持っているだろうか?台湾の人びとは、中台首脳会談について何を思っているのか?そして、将来の中台関係についてどのような意向を持っているのか?
台湾の国立政治大学ではこの十年以上に渡って、台湾における国家安全保障に関する世論調査を実施している。それによって得られた結果にそって、いま、台湾の人びとが中台間の対話に関して何を考え、どのように感じているのかについて重要なことを以下の5点にまとめた。
1. 台湾人は中国大陸との対話そのものは望んでいる。
2014年の調査において、「台湾と中国大陸との対話を行うべきかどうか」という質問に対し、68.5%の人びとが「行うべきである」と回答し、一方で、「行うべきではない」とした回答者は22.5%にすぎなかった。
この調査は、2014年11月末、与党である中国国民党(以下、国民党)が惨敗した台湾統一選の直後の時期に実施されたとはいえ、その結果は十分に信頼に足るものである。
2. 党派を問わず、対話そのものは望んでいる。
現代台湾政治のもっとも根幹にあるのは、「中国大陸との統一を志向する」、あるいは、「台湾独立を志向する」という中国との関係をめぐるふたつの党派の違いである(台湾ではこの問題は「統独問題」と呼ばれている)。国民党は現在、「台湾は中国の一部」として主張し、中国と台湾に政治体制の異なる二つの政府が現実にあることについては1949年の共産主義者による中国革命の結果生じた歴史的遺産としてとらえている。その一方、最大野党であり、2000年から2008年にかけての時期に政権の座にあった民主進歩党(以下、民進党)は、現在の台湾が実態としては独立した国家主権を有した状態にあることにもとづき、台湾は一個の独立した国家であるという立場を支持している。
しかし、台湾人は党派を問わず、中国との対話そのものは必要であると考えている。2014年の調査では、国民党の朱立倫の支持者のうち、82.9%の人は中国との対話を肯定した。一方、民進党の蔡英文の支持者でも約66.3%の人びとは中国との対話を望んでいる。
3. 対話への支持は、統一を支持することと同じとは限らない。
直近の12年間で大多数の台湾人が支持している「現状維持」とは、国際社会において「非公式」に独立した状態を維持することを意味する。
しかしながら、「正式に独立すること」を志向する人びとは増えつつある。2014年に、34.5%の人びとが「現状は維持し、台湾のあり方については将来、決定する」という考えを選択した。また、29.5%の回答者は「永遠に現状を維持する」を選択している。
しかし、17.3%の人びとが「現状を維持してから独立する」を選択しており、これは2003年に実施された調査結果の2倍におよぶ。
それと同時に、「統一」を支持する比率は下がっている。「中国との早期の統一を求める」と、「現状を維持し、将来、中国と統一する」という回答を選択した人はふたつをあわせて全体のたった7.3%を占めるに過ぎず、2003年と比較すると20ポイントの大幅な支持の低下がみられる。
表(略)
4. 台湾は、この閉塞状況を打開する方法を探している。
台湾人の「状況の変化より、現状維持を好む」という志向は、ただちに「現状に満足している」ということを意味しない。
デューク大学の政治学者・牛銘實によって「条件付きの選好」としてこれまでまとめられてきた一連の世論調査の結果は、台湾人が持つ、将来への見通しを示す。この12年間、約80%の回答者が「中国が台湾を攻撃しないならば、独立を支持する」と答え続けている(下のグラフでの黄色い線)。
極めて大多数の台湾人にとって、「台湾独立」は政治面での究極の目標となっている。この目標を達成するにあたって最大の足かせとなっているのが、2005年に北京で制定された「反分裂法」にみられるような、中国の軍事的脅威である。結果として、台湾人は現状維持を選ぶより他ない状態におかれているにすぎない。
表(略)
上記のグラフにおいて、明確に表れている2つの傾向は、とりわけ取り上げて議論するにたるものである。2003年に60%の回答者が「政治的、経済的、そして社会的な差異が極めて小さくなっているならば、統一を支持する」(紫色の線)を選択したが、2014年には28%まで下がった。それと対照的に、「中国が台湾を攻撃しても独立を支持する」と回答した人びとの比率は、2003年には27%に過ぎなかったものが、2014年には40%まで上昇しており、大幅な伸びがみられる。
言い換えれば、「台湾独立」を志向するにあたり「中国からの軍事的脅威」という要因はいまだに強い影響力を持つものの、その影響力は低下してきている。また、ここ最近の中国の目覚ましい経済発展と一連の政治改革をもってしても、台湾の人びとにとって「統一」はより魅力的な選択肢とはなってはおらず、実際には、その正反対の結果に結びついている。中国の発展・改革には影響されず、台湾独立を支持する人びとの数は年々増加していくばかりである。
これまでの「現状維持」とは合理的ではあったものの、「やむを得ない」選択にすぎなかったのだ。
5. 台湾人は中国への経済的依存を懸念している。
2012年と2014年の調査によれば、「中国は、台湾の過度の経済的依存を利用し、政治的利益を得ようとしている」という主張を肯定した回答者はそれぞれ68.1%と62%におよび、こうした考え方が台湾において多数を占めていることが鮮明となった。
多数の台湾人は、中国大陸との経済的統合の進展にひそんでいる問題に懸念を抱いている。
このような懸念は、2014年3月に学生と運動家が台湾の立法院(日本の国会にあたる)を23日間も占拠して「サービス貿易協定」をめぐる強行採決を阻止した「ヒマワリ運動」で顕在化した。馬政権は、この協定は純然たる経済協定であり政治的なものを含まないと発表していたが、600名以上の計算機科学と電子エンジニアリングに専攻する研究者および専門家たちが「この協定によって、もし遠距離衛星通信産業が開放されてしまうと、国家安全保障体制が危機に晒される」と警告する共同声明をだしていた。
こうした「トロイの木馬」のような情報産業によるサービスは、中国を利する法的規制の抜け穴をつくり、さらには「赤い資本」の流入と同時にネットを介した監視をもたらす恐れがある。
結論
以上で述べてきた世論調査の結果は何を意味しているか?
基本的に、台湾人は党派を問わず、どの政党が政権の座にあろうと、現状維持ができ、そして政治的独立を損なわない限りで、経済的繁栄をもたらす中台間の対話を支持している。「統一」は問題外の選択肢となりつつある一方で、「独立」も実現には遠い夢のままである。
この結果は、台湾人が現在、国民党政権または中国政権のリーダーシップに信頼をおいていることを意味しない。2015年3月と6月に行われた2度の「台湾における選挙と民主化調査」によれば、それぞれ74.1%と67.5%の人びとが「馬政権を信用していない」と回答している。さらに、2015年3月の調査結果では、89.5%の回答者が「中国大陸政府を信用していない」と答えてもいる。
台湾の民意が信をおいていない状況において、習近平と馬英九は「会談をした」という事実以上の成果をえることはほぼ不可能であろう。いかなる急な動きであれ、それは裏目に出て終わるだけであろう。
2015.11.9 07:00