2013.12.10 産経新聞
日本の台湾統治を扱ったNHK番組をめぐり、11月28日の東京高裁(須藤典明裁判長)判決は、取材手法や編集の問題点にまで厳しく踏み込んだ。NHKが全面勝訴した東京地裁判決の一部を覆し、先住民族の女性の名誉が傷つけられたことを認めてNHKに100万円の支払いを命じた同判決。訴訟の争点と、高裁判断のポイントを整理する。(NHK取材班)
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番組は平成21年4月5日に放送されたNHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー」の第1回「アジアの“一等国”」。1910年にロンドンで開かれた日英博覧会で、台湾先住民族のパイワン族が日本によって「人間動物園」として展示され、台湾では現在も日本統治の傷が残る-とした内容だった。
だが、高裁の判決文は結論部分で「本件番組は日本の台湾統治が台湾の人々に深い傷を残したと放送しているが、本件番組こそ、その配慮のない取材や編集等によって、台湾の人たちや控訴人の心に深い傷を残した」と断じた。
◆あまりに短絡的
賠償を認められたのは、原告団の一人でパイワン族の高許月妹(こうきょげつまい)さん(番組では「高許月」と誤記)。放送で父の写真を見せられた高許さんは日本語で「かなしい」と発言。「生前、父親は博覧会について子供たちに語ることはありませんでした」とのナレーションが流れた後、高許さんがパイワン語で話す映像に「悲しいね。この出来事の重さ語りきれない」との日本語字幕が表示された。
しかし、高許さんは放送後「突然の父の写真に、自然に涙が流れた」と説明。原告側は高許さんが「父が懐かしい、愛しい」との意味で「かなしい」と語ったと訴え、取材時に「『人間動物園』とも『見せ物』という言葉も使わず、写真を見せられた」として、発言の真意をくんでいない恣意(しい)的編集と主張した。
これに対し、NHK側は「『人間動物園』という言葉を使わなかったが、『見せ物』という言葉で趣旨を説明した」として取材や編集は適切だったと反論。1審は高許さんの発言をめぐるスタッフの「誤認識」に理解を示し、原告側の訴えを退けた。
2審も恣意的編集は認定しなかったものの、当時の高許さんの日本語能力が減退していた可能性や、スタッフからの説明を侮辱と受け取り、困惑した可能性を指摘。意味ありげなナレーションを加えたことも「あまりにも短絡的」とし、「博覧会で見せ物にされたとの先入観を持っていたため、取材協力者の好意を土足で踏みにじるような結果を招いた」と結論づけた。
◆人種差別的言葉
2審は「人間動物園」という表現をめぐり、1審の判断を大きく覆した。
1審は「『人間動物園』で見せ物にしたことを過去の歴史的事実として紹介したにすぎない」としてNHK側の主張を認め、表現の妥当性に踏み込まなかった。2審はパイワン族の日英博覧会出演について「民族の誇りを持って自発的に行ったとする見解も有力。パイワン族の間では今でもよい思い出」と指摘。その上で、番組ディレクターが「一部学者が唱えた『人間動物園』という言葉に飛びつき、番組の大前提として採用した。志と誇りを持って出向いたパイワン族や取材に応じた高許さんを侮辱した」として、父娘の人格権侵害を認めた。
さらに「人間動物園」との表現について「人種差別的な意味合いを感じさせ、嫌悪感すら感じる言葉。広く娯楽一般を意味する『見せ物』とは本質的に意味合いが異なる」と断じた。
◆なお残る問題点
高許さん以外の台湾人、パイワン族の名誉毀損(きそん)については「当時の日本政府を批判しようとした報道も表現の自由として尊重されるべきだ」として、NHKの法的責任を認めなかった。
しかし、同番組をめぐっては、台湾統治下の暴動・鎮圧を「日台戦争」と表現▽台北一中の南方系台湾人を漢民族と紹介▽台湾の中学教科書が大きな功績と伝える後藤新平の諸政策などを「日本統治の深い傷」と表現-など、判決が指摘した以外にも「表現の自由」では片付かない多くの問題点が明らかになっている。
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「負の遺産」からの脱却必要
NHKの松本正之会長は5日の定例会見で、「JAPANデビュー」をめぐる控訴審判決について「判決内容を精査している。今後の対応はその結果を踏まえて判断したい」と述べ、上告を検討していることを明らかにした。同番組は埼玉県の県立高で台湾への修学旅行教材として生徒に視聴されていたことが分かり、県議会などが問題視。NHKにとって決して「過去の番組」とはなっていない。
松本氏は3日の衆院総務委員会で、平成23年に会長に就任後、番組内容を事前確認するNHKの考査部門を会長直属組織にするなど「再発防止策」を強化したことを説明した。それでも、オスプレイや特定秘密保護法案などをめぐる報道に対し、「一面的」「偏向している」といった批判があるのがNHKの現状だ。
こうした批判は、次期NHK会長の人選にも影響を与えるとみられている。来年1月の退任を表明した松本氏だが、松本氏にとって「JAPANデビュー」裁判は福地茂雄前会長から引き継いだ「負の遺産」だった。台湾の人々を傷つけた番組作りを断罪した今回の判決を真摯(しんし)に受け止めることは、負の遺産から脱却しようとするNHKの姿勢を示すことにもなる。