迫田 勝敏(ジャーナリスト)
【台湾ダイジェスト:10月号】
久々に新聞が売れ、テレビの政治トーク番組の視聴率が高いという。総統・馬英九の立
法院長(国会議長)・王金平追い落とし劇だ。憲法も法律も無視したような馬英九のあま
りにも強引なやり方に「瘋了」(狂った)と書いた新聞もあった。それだけにどう決着を
つけるか、後始末は難しい。今後の対応によってはまさしく馬政権の命取りになりかねない。
◆党籍抹消で立法院長辞任を
ことの発端は9月6日、最高法院検察署特別偵査(特偵)組の緊急記者会見だった。会見
で検察総長、黄世銘は、王金平が法務部長(法相)の會勇夫らに電話して、民進党立法委
員(国会議員)、柯建銘のために柯が一審で無罪になった事件について控訴しないよう口
利きをしたと発表した。事実とすれば紛れもない司法介入だ。
検察総長は会見前に総統に報告、総統府は会見後、間もなく記者会見して王金平を非難
する声明を発表、法務部長は「人を罪に陥れる行為だ」と激怒して特偵組を批判したが、
総統府に説得されたのか、夜になって急遽、辞任した。
以後、馬英九は何度も記者会見し、「台湾の法治が辱められた」、「立法院長は不適
任」などと王金平批判、遂に国民党の考紀委員会で王金平の党籍抹消を決めた。不分区代
表(比例代表)で立法委員になっている王金平は党籍がなくなれば、立法委員の資格を失
う。立法委員でなくなれば、院長でもなくなる。対する王金平は台北地方法院(地方裁判
所)に党籍維持の仮処分を申し立て、認められた─というのが「馬王之争劇」の第一幕だ。
◆王金平の不在を狙い計画?
馬英九による王金平追い落とし劇が世間の注目を集めたのは、粗暴ともいえる強引な手
法だ。6月に無罪判決が出たのに、9月になって事件を蒸し返しているのは、意図的で、陰
謀の匂いもする。しかも「司法介入の事実」を電話の盗聴で掴んだという。盗聴は条件に
よっては合法だが、国家の安全に関わるような事件でもないのに盗聴は許されるのか。
特偵組が総統に直結しているような動きをしているのもおかしい。検察総長が会見前に
総統府に報告するなど司法の独立に反していないか。党籍抹消で立法院長を辞任させると
いうのは、これは明らかな憲法違反だ。憲法は立法委員の互選で院長を決めると明記して
いる。
王金平は実は事件発覚直前の6日早朝、マレーシアに出発していた。離島での娘の結婚披
露宴に出席のためだ。離島なのですぐに連絡がとれない。その留守を狙って馬英九は事件
を仕掛けたとの指摘もある。離島の王金平は情報入手が遅れ、対応も後手に回らざるを得
なかった。王金平追い落としは綿密に計画された印象が強い。
◆背後にちらつく中国の影
馬英九の強引なやり方で世論調査の支持率は9・2%にまで下がった(年代テレビ)。記
録的屈辱的な数値だ。TVBSの「政治人物12人の声望調査」では人気度65%でトップの
高雄市長、陳菊についで王金平が60%で二位。馬英九は11%で最下位。獄中の前総統、陳
水扁(19%)よりも低い。国民党内からも「今は大明王朝ではないよ」(連勝文)と、統
治階級の腐敗を描いた中国のテレビドラマを持ち出した批判も出た。
不可解なのはとかく「迫力不足」、「決断力がない」と批判される馬英九が、今回はな
ぜ、果敢ともえいえる激しい攻撃を仕掛けたのかだ。多くの見方は野党との話し合い路線
で立法院の審議を急がない王金平にやり方に馬英九が不満だからという。国民党主席選挙
で戦っただけにもともと王と馬は仲はよくない。それがなんで今頃になって攻撃するのか?
その根源はどうやら中国と締結した服貿協議(サービス貿易協定)のようだ。中国は修
正なしの包括審議を求めていたが、王金平は野党側との話し合いで逐条審議にした。そう
なると修正もありうる。中国は大いに不満。とくに発足間もない中国のトップ、習近平は
なんとしても「得点」がほしい。修正などされたら「減点」になる。馬英九は警官隊を議
場に引き入れてでも強行採決するような院長がほしい。
◆台湾版ウォーターゲート
馬英九は台北地裁の党籍維持の仮処分に対して控訴し、あくまでも立法院長辞任を求め
る構え。しかし支持率9・2%に象徴されるように馬英九は四面楚歌。月末には総統罷免を
求めて白シャツ軍団と黒シャツ軍団のデモだ。
馬王之争は盗聴から始まったことから「台湾版ウォーターゲート事件」とも呼ぶ。米民
主党の本部に盗聴器を仕掛けようとした米国のウォーターゲート事件では、ニクソン大統
領が任期途中での辞任に追い込まれた。台湾はどうか。馬英九の任期は残り2年半あまりで
ある。
(敬称略、ジャーナリスト・迫田勝敏)