【論説】台湾の中国傾倒を憂慮

【論説】台湾の中国傾倒を憂慮

      時局心話会代表 山本善心

 台湾は、馬英九総統による中台経済関係の急展開で、中国傾斜が著しい。
しかしこれに対し、一般国民の間で懸念の声が広がりを見せつつある。従
来、中国との交流は経済文化の分野に特化していたが、軍事面でも段階的
に交流を広げようとする中国の呼びかけに、台湾国民は神経をとがらせて
いる。

 いつも本音で語る温家宝首相であるが、9月5日の全国人民代表大会(全
人会)で、台湾人民との「平和協定」を願うと強調した。これに対し台湾総督
府のスポークスマンは同日「善意を示し続ければ、中台関係の平和と発展
は進展に資する」とのコメントを発表した。

 中台関係は「先経済、後政治」として前進してきたが、馬政権の行き過ぎた
対中政策に台湾人の警戒心は根強く、疑念の払拭には時間がかかりそう
だ。たとえば最近発表された台湾の社会福祉団体「世界領袖教育基金会」
と「台湾と世界の公共議題アンケート」では、大学生の70%が「馬政権の中
国依存に反対」もしくは「憂慮」しているという。これは9月24日、国民党の
洪秀柱立法委員の発表で明らかにされた。

台湾人の親日嫌中

 また今回の調査では、馬総統の資質と行政手腕、リーダーシップに疑問
を呈する声が大勢だ。大学生の多くが「一つの中国」に反対であり、80%以
上が「まず現状維持であり、その後に独立か統一を判断すべきだ」としてい
る。また台湾が独立を選択し、中国が侵攻した場合、50%の若者が戦場に
向かうと回答した(自由時報)。

 一方、台湾の「金車教育基金会」が8月に行った調査によると、大学生の
過半数は日本を友好国とみなし、圧倒的多数が中国を非友好国としている。
日本の文化や精神性にあこがれを持つ一方、中国を敵視する見方が多数
を占めたのは驚きだ。中台経済・貿易関係の急接近と交流拡大に対し、政
権与党や一部企業との意見の違いをうかがわせている。

 昨年秋、胡錦涛総書記は「一つの中国原則を堅持し、祖国の平和的統一
を勝ち取る努力を決してあきらめない」と強調した。台湾世論は、馬政権の
中国寄り政策に「焦って結果を急ぐな、これでは中国ペースではないか」と
の懸念を示している。

中台の軍事交流

 馬政権になって、中台直行便の定期運航と中国人観光客の受け入れ拡
大が実現した。それ以来、両国の窓口機関はエネルギー開発の相互協力
や経済振興を旗印とする案件の実現に基本合意している。このように台湾
経済の過大な中国依存に、大学生たちは反対している。また観光客の開
放で台湾の治安や国際的イメージが悪化することに、74%が懸念を示し
た。

 先述の通り、中国は「政治・軍事問題を検討したい」と呼びかけている。
軍幹部による相互交流と往来をはじめ、軍部間の直通電話開設をはじめ
ようというわけだ。しかしそれ以前に、台湾に向けた約1300基のミサイル
の撤去が先決ではなかろうか。

 一方、馬政権は中国のミサイル基地を狙う巡航ミサイル「雄風2E号」の
量産を支持している。また「地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)や
対艦ミサイルなど、約65億ドルの武器購入を検討中」としたが、先送りとな
った。今や馬政権の中国寄り政策は台湾人の対中依存を高め、自主能力
をそぎ落とすものだ。

馬政権の中国傾倒

 中国の軍拡は、昨年で849億ドル(世界全体の5.8%)で世界第2位だ。
それに対抗して、インドや韓国、最近はオーストラリアも軍拡が顕著である。
さらにロシアの軍拡は7位から5位(同4%)に上昇した。しかし日本(同3.
2%)と台湾の軍備費削減で、その差は広がるばかりだ。わが国では生活
優先が先行し、マニフェストにも安全保障政策が見あたらない。

 わが国のマスメディアが中国以外の軍拡について報じることは少ない。オ
ーストラリアのラッド首相は「2030年までに新型のF35戦闘機を100機導
入する」と発表した。これらは中国の軍事拡大と軍の近代化に対する、周
辺諸国の深刻な警戒によるものであろう。

 問題の馬政権は中国の軍拡を脅威とするが、国防費は削減に向かって
いる。それどころか軍隊の徴兵制を止めて志願制度を導入するなど、国防
の質と量の低下を招く事態は憂慮すべきだ。中国の脅威に対抗せず自主
防衛を喪失する台湾国民は自縄自縛に陥っている。馬総統は軍の最高責
任者でもあるが、台湾を中国の軍事的脅威から守ろうとする姿勢が見えて
こない。

馬総統の孤立

 中国は台湾との経済交流を拡大する一方、対台政策の基本原則である
「一つの中国」をアピールせず、「中華民族」「同胞」といった当たり障りの
ない表現を使うようになっている。また直行便や観光客の拡大など、台湾
側の要請を数多く承認したのだ。これまでの強硬姿勢から、融和政策と微
笑外交に大きく舵を切った。

 これらはあくまで、台湾住民の不安と不信を払拭するために他ならない。
「中台統一」には台湾住民の合意が前提であり、馬総統の対中政策が支
持されることが原則だ。しかし死者・行方不明者700人以上の大惨事とな
った。台風8号は馬政権の救援活動の無策が露呈し、就任1周年では50
%前後だった支持率が、最近の世論調査では各社平均20%前後まで急
降下した。

 これまで馬政権の思惑通りに中台関係が進んできたが、現在マスメディ
アが連日被災者の惨状を報じ、馬総統の無責任な発言や行動を批判して
いる。

危うい中台関係

 中国側も、言動の一致しない馬総統にいらだちを隠せないでいる。これは
中国が最も嫌うダライ・ラマの訪台と、「世界ウイグル会議」のラヴア・ガーデ
ィル議長の招請問題によるものだ。経済積極策などの対中急接近とは相容
れないこれらの行動は、中国側の期待を裏切るものであった。

 先述の通り、これまで中国は台湾に微笑攻勢と融和路線をとっており、台
湾国民にも中国に好感を持つ者が少なくないのは確かだ。直行便の増設
によるコスト安と時間短縮もあって、中国人観光客は前年比で約8倍に増え
た。また中国の台湾への資本投資解禁、株価の上昇に加えて、人民元と台
湾ドルの決済システムが整備されるなど、密接な関係が続いている。

 馬総統の思惑通り、中国との経済協力で台湾の不況は乗り切れるかに見
えた。しかし予期せぬ台風の襲来で対応のまずさが露呈し、国民の反発を
招くことになる。馬総統の支持基盤などもろいもので、国民の支持がなけれ
ば中国との合意や約束は反故になる。政治の民主化と世論の力をまざまざ
と見せつけられた。

李登輝人気が再燃

 馬総統がすっかり人気を落とした反動か、1990年代の台湾大地震にお
ける李登輝元総統の「緊急命令」や復興作業が改めて見直されている。今
後は李氏の知識や経験に学べ、というわけだ。

 東京における講演で、李氏は馬政権の災害対策を批判し「政治が中国に
傾倒し、ゆがみはじめている」と指摘している。一方で鳩山首相が掲げる「東
アジア共同体」構想に対して「早すぎる。日本が提唱して実現するほど簡単
ではない」と述べた。また「君は君、われはわれなり。されど仲よき」という武
者小路実篤の名言を引き合いに出して、日本と台湾の自主防衛・主体性堅
持を訴えている。そして「中国の将来は不確実性の可能性を持ち、日本も台
湾も中国に幻惑されず、主体性を持った態度でよい関係を構築することが
必要だ」と強調した。

中国と節度ある交流を

 今中国国内で、水質汚染や環境問題、貧富の格差拡大、官僚腐敗など矛
盾だらけである。その中で人権と民主化を求める声が高まりつつあるのは
確かだ。自らの生活権を守るための陳情やデモ、ストライキなどが日々各地
で発生している。人民の不満や民主化願望に便乗して、人権派弁護士や知
識人らが人民と手をつなぎ、活発な民主化運動の芽が育ち始めていると聞く。

 中国に経済発展というスポットが当てられ、わが国国民や経済界も中国に
期待している。しかし今後は何が起こるか分からない。そこに深入りする台
湾政権の姿勢や見識は危険といえまいか。「台湾の主体性を前提に日米協
調路線を基軸とすべきで、中国との節度ある交流を望む」という李氏の言葉
は、すべてを言い尽くしていまいか。


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