【論説】台湾のアジア外交

【論説】台湾のアジア外交

          山本善心(時局心話会代表)

 11月10日、台湾「国策研究院」の所長・田弘茂氏(元外務大臣)が訪日。
田氏は李登輝時代に総統の知恵袋として行政院顧問を務め、陳水扁政権
時代は外務大臣として活躍した。筆者は11月11日、滞在先ホテルを訪問
し、日台を取り巻く国際状況に関して2時間近く意見交換を行った。田氏の
鋭い分析力と見識、台湾に対する熱い思いに後味の良さが残る。

 台湾では今、中国による統一工作が着々と成果を上げているかに見える。
台湾を取り込む国家統一は、中国国民と共産党政権の悲願だ。両政府は
そのためあらゆる手段を用いて、抜き差しならない関係を構築しつつある。

 中台の三通(直接通信・通航・通商)解禁の実現以来、さらなる人的交流
が拡大している。田氏によれば、大陸で暮らす台湾人は100万人を突破し、
台湾企業は中国内に70,000社、中国人労働者の雇用は1500万人に
なるという。

中台融和の成果

 このように、中国と台湾は只ならぬ関係であり、中台関係が悪化すれば
共産党政権の命運に係わる利害の関係にあるといえよう。日本企業はコス
ト高で撤退を始めているが、借地権契約の解除で莫大な賠償金を払っても、
コストの安い他の東南アジア諸国に生産拠点を移す企業が大勢だ。

 韓国企業が解除金も払わず夜逃げ同然に撤退する有様は、これまでも報
じられてきた。ではなぜ台湾企業は撤退しないのか。田氏は「中国側は台湾
企業の税金を免除し、コストの安い内陸部に移動させるなど優遇策を行って
いる。中国共産党常務委員クラスがその指揮を執っており、台湾企業への
気の遣いようは尋常ではない」と語った。

 中国が台湾との関係改善を優先させているのは、中国共産党の命綱であ
る雇用の一部を台湾企業が担っているからだ。しかし馬政権の「対中経済
最優先」政策、中台融和政策は長期的経済競争力を喪失させるとして、危
機感を抱く台湾企業や国民の声は決して少なくない。

対中輸出は好転

 日韓企業の中国からの撤退は台湾企業にとってチャンスだとする見方も
ある。中国の内需拡大策で台湾企業に追い風が吹いてきた。物作りから内
需拡大に転換しつつある中国は、台湾企業にとって頼りの綱だ。

 今後中国は、毎年赤字国債発行による景気刺激策を行うことになろう。深
刻な雇用問題を解決するには、財政出動を行い、自国製の物づくりで雇用
を吸収することだ。中国の需要拡大策に乗って、台湾経済は昨年の経済悪
化から一転、今年は公共事業や消費拡大で好転を狙っている。馬政権の
対中急接近は台湾を溶解させる融和政策だとの批判もあるが、ここにきて
中国は台湾の良き安定市場になるとの見方もある。

 台湾経済は、対中輸出が急速に拡大しつつある。今、欧米諸国と異なり
中国経済は未だに発展途上国であり、4兆元(約58兆円)にのぼる景気刺
激策で電化製品や自動車等耐久消費財の自国生産が計画されている。こ
れは雇用と消費の拡大を促進させよう。台湾ではすでに経済効果として、
これらの恩恵を受けはじめている。

中国の雇用率は本当か

 中国に進出する外国企業の撤退に加え、国内のレイオフによる失業者、
大卒の未就職者、農民工、流民など数字に含まれない潜在的失業人口を
加えれば、中国の失業状況は膨大な数字になる。

 中国国務院は2月、600万人の大卒、2億人以上の農民工への雇用政
策を発表した。しかし台湾の最大紙・自由時報は「中国政府の推計する大
陸の失業率は8〜20%だが、実際はそれをはるかに上回る」と報じている。
また台湾のシンクタンクは「中国政府の公表した鉱業生産地は前年より増
加しているが、電力使用量は同月比で減少している」と発表、中国の統計数
値がでたらめだと指摘している。

 元中国進出企業のA氏は「中国の政策は嘘から始まり嘘で終わるのが社
会通念であり、習慣だから信用できない」と言う。つまり「中国は経済大国」
「米中G2」とする表現は米国が中国経済を過大評価するものだ。それに比
して、勤勉で正直な日本企業の「弱体化」論は過小評価されていまいか。

赤字国債の発行で息をつく

 株価であれ不動産であれ、経済が上昇に向かえば欲が高まり、最後は損
で終わるのが鉄則だ。上昇過程ではごまかしがまかり通る世界であるが、
誰でも自分だけは損をしないと考えている。しかし米国には、金融破綻で博
打国家としての末路が見えてきた。

 中国経済は米国と同じく金融博打国家に転換しつつある。毎年赤字国債
を60兆円前後発行しても、これまで累積赤字がないのであと10年間は大
丈夫だ。中国は過剰な消費と債務を拡大する米韓と違って貯蓄を優先する
民族である。

 馬英九総統は米国の民主主義に学び、資本主義の法と人権を守る習慣
を身につけているが、半分は中国人だ。嘘の経済統計を理解していながら、
過度に中国経済に深入りしている。中国一辺倒でさらに好況が続くとすれ
ば、台湾企業は次の手を打つべきだ。

兵器は質より量

 これまで馬政権は対中経済関係に集中してきたが、今後は政治や軍事分
野を発展させようというのが中国との仕事である。馬総統は中台関係は「統
一せず、独立せず、武力行使せず」と宣言したが台湾は朝鮮半島と並んで
「東アジアの火薬庫」だ。しかし今の段階では米中紛争はあり得ない。

 台湾に向けられた中国のミサイルは、撤去されるどころか毎年増大してい
る。しかし、30周年を迎えた「台湾関係法」も有効だ。日米同盟に基づき毎
年グアムで行われている軍事演習は日台有事に際しての訓練であることは
明白だ。筆者は10月にグアムのアンダーセン空軍基地を見学して、そのよ
うに実感した。

 中国は他国への威嚇によって存在感を示し国益の拡大を図っているが、
米軍がからめば手出しはできない。中国解放軍も、世界の50%以上の軍
事力を持つ米軍に刃向かう力はない。中国の軍拡はパフォーマンスや量だ
けではなく、軍事力の高度な技術や質が問題だ。

懲りない面々

 鳩山首相はアジア外交に関する基本政策として「東アジア共同体」構想を
打ち出している。はじめは米国抜きだったが、米国の圧力が加わり「米国の
プレゼンス(存在)が重要な役割を果たす」に変わった。鳩山外交はくるくる
変わるので、今や諸外国から相手にされていない。

 中国を中心とする東アジアは13国あるが、北朝鮮と台湾を加えれば15
国となる。この両国が加盟しないなら、共同体の看板は下ろすべきだ。台
湾の経済力と軍事力は東アジアでも上位にある。一方中国は、米国国債
保有高・国内総生産でまもなく東アジア第1位になるという。そのうえ東アジ
ア唯一の核保有国だ。誰のため、何のための「共同体」なのか、首をかし
げざるを得まい。つまり、外交とは「友愛」ではなく、力次第なのである。

 中国専門家のB氏は「鳩山・岡田外交は、何が何でも中国一番、中国様々
という隷属外交であるが、中国側は大歓迎だ。力の強いものになびくという
姿勢しか見えない」という。「鳩山首相は民主化と平和主義を強調するが、
『自由・人権・民主』という共通の価値観を持つ友好国である台湾を切り捨
てるのは、つじつまがあわない」という。中国の意向に忠実でありたいと願
う、鳩山・岡田の外交姿勢がそうさせているのだ。

東アジア台湾会議

 わが国政治家の大勢は与野党とも、台湾問題に何の関心も示さず、世論
も馬政権の中国化路線で、台湾への関心を薄めつつあるようだ。馬政権も
最近は対中傾斜から、対日米関係を修復するきっかけをつかもうとわが国
の親台湾議員に懸命の訪台を呼びかけている。

 3月12日には、台北市でシンポジウムを開催する予定だ。わが国からは
国会議員、弊会会員、ならびに政民合同會議有志にも広く呼びかけたい。
台湾からも有力な企業経営者が多数参加し、経済人との交流会も開催する。

 このシンポジウムでは「これからの日台関係」「中国との共存」「日台を取り
巻く安全保障問題」「東アジア経済の行方」など、東アジアの繁栄と安定に寄
与する問題を本音で議論する場としたい。

 台湾側からも、政府・政策系機関や経済界の参加者が見込まれている。
わが国政府の対中姿勢で台湾は孤立している。このシンポジウムを、東ア
ジアにおける日台関係のあり方を見直す良き機会にしたい。


投稿日

カテゴリー:

投稿者: