文化人類学者・楊海英
【産経新聞:2011年2月.6日】
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110206/bks11020607590010-n1.htm
昨年の春、私は台北の大学で教えていた。司馬遼太郎さんの『街道をゆく 40 台湾紀行』を片手に、「美麗島(フォルモサ)」を一周した。
司馬さんは台湾紀行の最後に李登輝元総統と、「場所の苦しみ」、すなわち台湾に生まれたがゆえの「悲哀」について語らい合っている。原住民だろうが、開拓に入った漢民族だろうが、台湾は台湾人のものでなければならない。しかし、オランダと日本はこの島を植民地にして経営した。やがて大陸の内戦に敗れた中華民国の政府も移ってきて支配を建てた。そして今、中国が虎視眈々(たんたん)と台湾をのみ込もうとねらっている。
「ほかの国を植民地にするのは、何よりも他民族の自尊心という背景をくだくことで、国家悪の最たるものだ」と司馬さんはいう。「同じ中国」だとか、「同様な中華民族」だとか、実体のない「紛らわしい言葉」を使って、台湾を併呑(へいどん)しようと中国は攻めている。
台湾から中国を眺めると、私の故郷内モンゴルと似ている。日本の敗退後に入ってきた中共の八路軍は規律が悪く、暴虐を尽くした。国民党軍が台湾人を殺戮(さつりく)した「二・二八事件」と性質は同じだ。1960年代になると、過去に「対日協力した罪」を口実にモンゴル人は大量虐殺されたが、台湾では圧政が敷かれた。どちらも外来国家がもたらした悲劇だ。
中国が「内蒙古を国土にしているのも、住民の側からみれば実におかしい。毛沢東さんの初期の少数民族対策は理念としてよかったが、実際には内蒙古もチベットも、住民は大変苦痛なようですね。それをもう一度台湾でやるなら世界史の上で、人類史の惨禍になりそうですね」。これは司馬さんと李登輝さんの結論である。
「中国のえらい人は、台湾とは何ぞやということを根源的に世界史的に考えたこともない」と、司馬さんは論破する。司馬さんにならって、「少数民族とは何ぞや」ということをぜひ中国の人たちに世界史的に思考してほしい。
【プロフィル】楊海英<よう・かいえい> 1964(昭和39)年、中国・内モンゴル自治区オルドス生まれ。北京第二外国語学院大学日本語学科卒。平成元年に来日し、国立民族学博物館総合研究大学院大学博士課程修了。現在、静岡大人文学部教授。中国によるモンゴル人迫害を描く『墓標なき草原』(岩波書店)で第14回司馬遼太郎賞。
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『街道をゆく 40 台湾紀行』は、作家の司馬遼太郎(1923〜96年)が急速に民主化が進む台湾を描いた紀行文。