2010.8.23 産経新聞
台北支局長・山本勲
アジア・太平洋地域における米中の覇権争いが一段と激化してきた。急軍拡を背景に周辺海域の内海化を狙う中国に対し、米国は、日韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国、インドとの関係強化を通じて対中包囲網の形成に動き始めたようだ。日米にとってその成否のカギを握るのが台湾だ。馬英九政権発足以来の中国の強力な台湾取り込み作戦に対して、日米韓台の連携を再強化することが今ほど重要な時はない。
この半年余りのアジア・太平洋情勢の急変ぶりは多言を要すまい。過去20年の急軍拡で海・空軍力を飛躍的に高めた中国が、黄海から東シナ海、台湾海峡、南シナ海に及ぶ海域の内海化を進める動きをあらわにし始めた。
中国はかねてチベット、新疆ウイグルの両自治区と台湾を自国の領土保全にかかわる「核心的利益」と主張してきた。しかし、3月には南シナ海もその対象だと米国に通告。日本海と黄海にまたがる米韓合同軍事演習への激しい反発からみて、黄海や東シナ海についてそう主張してくるのも、時間の問題だろう。
米国が韓国、ベトナムとの合同軍事演習を急いだのもこうした危機感からとみられる。しかし、もし中国が海岸線の真ん中に位置する台湾を併呑(へいどん)したなら、その対外膨張に歯止めをかけることは不可能になる。
台湾を拠点に太平洋への進出が自由になるし、黄海、東シナ海と南シナ海の内海化に拍車をかけられる。日本にとって尖閣諸島はもちろん、沖縄の主権維持すら危うくなる恐れがある。韓国、北朝鮮は昔の朝貢国に転落しかねない。
折しも、中国の硬軟両様の台湾取り込み攻勢が活発化している。中台自由貿易協定に相当する経済協力枠組み協定(ECFA)の6月末締結と相前後して、中国は台湾各界に対し政治・軍事安全保障分野での交流や対話を活発に働きかけている。
4月には台湾軍の許歴農・元上将(大将)率いる23人の元将軍が北京を訪れ、王毅・国務院台湾弁公室主任ら党・政府幹部や退役軍幹部と会談。双方は軍事的相互信頼メカニズムの構築で一致した。
退役将官の相互往来やフォーラム開催は昨年から、目立って増えている。退役組とはいえ、上下関係の厳しい軍の中国上層部接近が、現役組に及ぼす影響は小さくあるまい。
先月末には中国国防省スポークスマンが、「台湾が『一つの中国』の原則を受け入れるならミサイル撤去も話し合える」と発言。
今月中旬には羅援・中国軍事科学学会副秘書長(少将)が「南シナ海や東シナ海、釣魚島(尖閣諸島)問題で、両岸(中台)軍人は祖国の権利を守るため協力しよう」と、対日米共同戦線の形成を呼びかけた。
中国はその一方で台湾への攻撃力を着々と高めている。台湾照準のミサイルは1400基以上で、「年末には1960基に達する」(台湾国防部の内部報告)との情報もある。
すでに中台の軍事バランスは中国優勢に大きく傾いたうえ、台湾は中国の強い妨害で諸外国からの新鋭兵器購入もままならない。これでは台湾軍の士気低下は避けられまい。
レーニンは「帝国主義の鎖の最も弱い環(わ)」ロシアから世界革命の烽火(ほうか)をあげた。中国共産党政権は、対中包囲網の「弱い環」台湾から突破口を開き、東アジアの覇権を握ろうとしているのだろうか。