【産経正論】日豪の「結束」を切り崩す中国

【産経正論】日豪の「結束」を切り崩す中国 アジア太平洋の安保協力を揺るがすな 

2016.5.26産経新聞

             ジャーナリスト・井上和彦

 ≪ターンブル首相の“パートナー”≫

 4月26日、オーストラリアのターンブル首相は、次期潜水艦に、フランスとの共同開発案を採用すると発表した。

 この受注競争は、日本、フランス、ドイツの間で争われた。日本が提案した「そうりゅう」型潜水艦は、運用実績を持つ通常型潜水艦では世界一の性能を誇り、海上自衛隊の最新鋭艦として高い信頼性と実績がある。技術面だけでなく軍拡著しい中国を念頭に結束してきた日米豪の防衛協力の側面からも、日本製の潜水艦が選定されるものと考えられていた。

 少なくとも安倍晋三首相と緊密な関係にあった親日派アボット氏の前政権下ではそうであった。

 だが、昨年9月にターンブル氏が首相の座に就くや、豪州の“表情”がみるみる変わっていった。ターンブル氏は大富豪であると同時に豪政界きっての親中派としても知られてきた。自身も実業家として中国ビジネスの経験があり、また身内に中国共産党に関わりのある人物がいる。

 そんなターンブル氏にとって中国は、経済立て直しの絶好の“パートナー”と位置付けられている。いまや豪州の輸出額にみる対中依存度は30%を超えるほどだ。

 新政権誕生の翌月10月、豪州北部のダーウィンの港を、中国人民解放軍と関わりの深いとみられる中国企業「嵐橋集団」に99年間貸与する契約が結ばれた。これに対してオバマ米大統領はターンブル首相に不満を表明した。ダーウィンには米海軍艦艇も寄港するうえ、米海兵隊が駐留し、中国の海洋進出ににらみをきかせる重要な戦略拠点だからだ。

 なによりダーウィンは中国の戦略目標である第二列島線の延長線上にある。その意味で今回のダーウィン港借用は、明らかに中国の海洋戦略の一環だといえる。

 ≪最大の狙いは防衛強化の阻止≫

 また日本の潜水艦をめぐって、今年2月に訪中したビショップ豪外相に王毅外相が日本の「軍事的輸出の野心」をとりあげ、アジアの国々の感情を考慮するよう警告したと伝えられた(米紙ウォールストリート・ジャーナル)。

 ターンブル首相は4月14日から1000人を超える経済人を引き連れて訪中しているが、この直後に、日本の期待を裏切って仏案の共同開発を採用したのだった。

 そもそも外国製兵器の導入については運用実績が最も重要な選定基準となるはずだ。ところが豪州軍高官は「選定の決め手は長大な航続力だった」と答えている。しかしこれから設計するのだから、期待通りの性能が出せるかどうかは未知数だ。採用の背景には、豪国内での潜水艦建造で雇用の確保につながるとも説明されているが、説得力に乏しい。

 いずれにせよ日本の防衛技術の移転を阻止した中国の思惑は叶(かな)ったといえる。豪州が日本の潜水艦を採用すれば、必然的に防衛協力は強化され結束がさらに強まる。中国はどうしてもこれを阻止したかったのである。

 もはやターンブル首相の最大の関心は、中国との関係強化にあるようだ。これに呼応するように、中国からの移民が最近、急増し、各地で不動産購入が行われている。新築アパートに中国人の申し込みが殺到し、1週間で完売することもあるという。

 シドニー郊外に人口4万人のストラスフィールド市がある。約1万人が中国・韓国からの移民で占められているが、そんな静かな郊外の町で2014年、慰安婦像を建てる計画が持ち上がった。建立計画は、中国人から韓国人に働きかけられたものだったというが、日本人社会の抗議活動と、地元住民の判断によってその計画は幸い頓挫した。インド系のダッタ市議は「公平に判断し、像はふさわしくないと判断した」と語った。

 ≪安保協力に揺らぎを生むな≫

 興味深いのは、同年の安倍首相の訪問に際し、首都キャンベラで中国人らがデモを行い、首相をヒトラーに見立てたポスターや靖国神社参拝に抗議する横断幕に加えて、「日本は武器輸出をやめろ!」と書いた日本語の横断幕まで掲げていたことだ。まさに慰安婦から潜水艦まで、中国政府の意向に沿ったような反対運動が展開されていたのである。

 米国に次いで「2プラス2」を開催し防衛交流を重ねる日豪両国は、共通の同盟国・米国と連携して中国の軍拡に対抗する強固な関係を構築してきた。中国はさまざまな手を用いて、この結束にくさびを打ち込もうとしているのは明白だ。

 今月、台湾には日米との関係を重視する蔡英文政権が誕生した。オバマ大統領は初のベトナム訪問で武器輸出全面解禁で合意した。日米豪に加え東南アジア諸国、インドとの多国間連携によって、海洋の安全保障を維持する動きが進んでいるが、中国は巧みに豪州の切り崩しをはかっている。

 7月にはターンブル首相政権下での総選挙が実施される。親中路線を民意がどう判断するかが注目されるが、アジア太平洋の安保協力に揺らぎがあってはならない。(ジャーナリスト・井上和彦 いのうえ かずひこ)


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