【産経正論】「開かれた海」かけて尖閣守ろう

【産経正論】「開かれた海」かけて尖閣守ろう

2012.10.30 産経新聞[正論]

東洋学園大学教授・櫻田淳 

 英誌エコノミスト(2012年9月22日号)は、「アジアは本当に『これ』で戦争を始めるのか?」と題された記事を掲載した。「これ」とは、尖閣諸島のことである。尖閣諸島のような狭小な島々のために、日中両国は本当に干戈(かんか)を交えるのかという懸念が、この記事には反映されている。ただし、この記事は、日中摩擦の本質を理解できていない。

 ≪中国の海は排他的、恣意的に≫

 そもそも、中国の海洋進出の論理とは、「第一列島線」や「第二列島線」の概念が暗示するように、グアム以西を自らにとっての「われわれの海」にすることである。「中国の海」は、中国共産党政府の統治の実態を踏まえる限りは、他国に対する姿勢における「排他性」と「恣意(しい)性」とが優越する空間となろう。こうした中国の論理は、当然のことながら、太平洋全域が実質上、米国にとっての「われわれの海」である現状に対する挑戦を意味する。そして、太平洋が米国にとっての「われわれの海」であることは、それが「開放性」と「法の支配」を旨とする空間であることを意味している。

 日本は第二次大戦後、そうした現状を承認し、そして半ば乗じながら、経済発展を実現したのである。故に、尖閣諸島は、日本や米国が奉じる「開放性」や「法の支配」の論理と中国共産党政府が体現する「排他性」と「恣意性」の論理が衝突する最前線である。日本にとっては、尖閣諸島に絡む政策対応は、ただ単に領土や眼前の海洋権益を護持することだけではなく、日米両国を含む大勢の国々の常識としての「開放性」と「法の支配」の価値を尊重することへの考慮に結び付いている。そうした説明は、内外に対して熱心に示されるべきなのではないか。

 ≪南西諸島に対中防衛線を敷け≫

 故に、尖閣諸島を含む南西諸島全域の護持は、日米同盟の枠組みというよりは、日本の責任において手掛けられなければなるまい。たとえば、先刻、陸上自衛隊と米海兵隊との「離島奪還」を想定した演習が、11月に予定されながら、諸々の事情により中止されると報じられたけれども、何よりも意を用いるべきは、「島々を絶対に奪われないようにする」ための態勢の構築であろう。南西諸島は、「開放性」と「法の支配」の防衛線なのである。

 振り返れば、日米開戦前、井上成美(当時、海軍中将)は、「対米戦争では、日本は、勝てないけれども、仕方によっては負けないことは可能だ」という認識の下、一つの国防構想を練った。井上の構想は、「西太平洋上にある日本統治下の島々を徹底して堅牢(けんろう)な『要塞』にした上で、そこを拠点に配備された航空兵力を主軸にする」というものであった。要するに、対米開戦後、米海軍太平洋艦隊が西太平洋に進出してきたら、その都度、基地所属の航空兵力で叩くという仕方である。

 こうした仕方で戦況を膠着(こうちゃく)させれば、米国の戦争継続の意志は次第に萎えてくるから、その局面を見計らって対米講和に持ち込む。それが井上の構想の「肝」であった。この構想に従えば、海上兵力の主軸と考えられた戦艦や巡洋艦のごときは不要の存在になる。「不沈空母」としての島々を維持することが、対米戦略の基本であるからである。だが、井上の構想は、結局は採用されなかった。往時の海軍部内では、「戦艦同士の決戦で片を付ける」という発想が依然、根強かったからである。

 ≪中国に「外洋海軍」持たすな≫

 井上の構想を現下の対中戦略に援用するならば、次のような議論になるであろう。第一に、南西諸島の島々が占領される事態を防ぐという考慮の下、南西諸島の然(しか)るべき島々に先々には「12式地対艦誘導弾」を含む装備を持つ陸上自衛隊部隊を配置することによって、この辺りの海域を徘徊(はいかい)する中国海軍部隊を牽制(けんせい)する。第二に、戦闘機を軸にした航空優勢を維持しつつ、空対艦誘導弾を備えた航空部隊も相応の規模で配置する。日本の海上防衛戦略が「外に進出する」性格を持たない防御的なものである限りは、井上の構想は現在でも充分に参考に値するのではないか。

 要するに、日本の対中戦略の基調は、中国海軍を「外洋海軍」ではなく「沿岸海軍」のままにさせておくということである。これに関していえば、陸上自衛隊部隊を与那国島に配置する方針は、実現に向けて、どの程度まで進捗(しんちょく)しているのか。この方針を表明したのは、鳩山由紀夫内閣時の北沢俊美防衛大臣であった。それは、民主党主導内閣下の安全保障政策対応では、数少ない「首肯できる対応」であったのであるから、進捗の度合を速めるべきであろう。

 早晩、現下の日中「摩擦」は、緩和に向けた模索が始まるのであろうけれども、こうした対中戦略の要請に沿った施策は、着実に進めなければなるまい。その施策の色合いが強硬であろうと柔軟であろうと、「一つの方向で物事を考える」姿勢ぐらい、実際の安全保障政策で有害なものはない。(さくらだ じゅん)


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