メルマガ版「台湾は日本の生命線!」より転載
ブログ「台湾は日本の生命線」で。ブログでは関連写真も↓
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■李登輝氏は日本を「祖国」と呼んでいない
すでに本ブログでも取り上げてきたように、台湾では李登輝元総統の「日本祖国論」なるものが問題になっている。つまり李登輝氏が「日本が祖国だ」と論じたと、馬英九総統率いる国民党勢力の轟々たる非難を浴びているところだ。
日本の月刊誌「Voice」九月号での李登輝氏の寄稿「日台新時代の幕開け」との一文でそれが書かれているというのだが、もちろんそうは書かれていない。
そしてそのことを、国民党も知らないはずがない。
しかし同党は、嘘も百回言えば事実になるといわんばかりで、馬英九氏までもが「十二年間も総統を務めながら、台湾を売り飛ばし、人民を辱め、自分自身をも卑しめる媚日言論を見せるとは。直ちに撤回して謝罪すべきだ」などと、激越極まりない批判を展開している。
まるで悪事を見抜かれて狼狽する者が見せるようなヒステリックさだ。
もし国民党が李登輝氏に「悪事」を見抜かれて慌てているのだとすれば、いったいいかなる悪事を働いたのだろうか。
■国民党の悪質な李登輝発言の「歪曲」宣伝
李登輝氏の寄稿の中で、特に国民党に問題視するのが、その歴史観だ。同党の中国中心史観とは相容れない、台湾人ならではの歴史経験の回顧である。
中共と同様、今年を「抗日戦争勝利七十周年」と位置付け、その宣伝に忙しい馬英九政権に対し、同氏は次のように論じ、そして国民党の怒りを買ったのだ。
―――去る七月四日、台湾の新竹県湖口郷で国防部(国防省)主催の抗日戦争勝利七十年の記念イベントが実施された。馬英九総統の差配によるものである。もっとも一般の台湾人の関心はほとんどなく、私も人に教えられるまで知らなかったくらいである。
―――そもそも「抗日」というが、七十年前まで日本と台湾は「同じ国」だったのである。「同じ国」だったのだから、台湾が日本と戦った(抗日)という事実もない。
―――私は陸軍に志願し、兄・李登欽は海軍に志願した。当時われわれ兄弟は、紛れもなく「日本人」として、祖国のために戦ったのである。
このように李登輝氏は「七十年前まで日本は祖国だった」と語ったわけだ。しかし国民党はそれを加工し、「李登輝は日本を祖国と呼んだ」と大騒ぎしているのだから、悪質だ。
■李登輝氏の影響力を恐れる中華民族主義者達
馬英九政権が「抗日戦争勝利七十周年」を記念する行事の目的は、中華民族主義の高揚にある。
しかし「一般の台湾人」がそうしたプロパガンダに無関心なのは、台湾人には国民党の中国人とは異なる独自の歴史の歩みがあるためだ。国民党がいかに中華民族主義を唱えようと、人々の台湾人意識はそれを受け付けようとしない。
そこで国民党は、そうした台湾人の歴史を揉み消そうと必死になっているところだが(最近の歴史教科書の書き換えの動きを見よ)、その歴史を李登輝氏が公の場で強調してしまったわけだ。
そのため国民党は、この歴史の生き証人たる李登輝氏の影響力とともに、歴史自体を否定、抹殺してしまおうとの衝動にかられている。
ヒステリックになるのも当然だろう。
■李登輝氏の発言を矮小化した産経の報道
――― 一連の馬総統の動きは、日本に対する嫌がらせといってよい。終戦七十周年を機に、中国の「抗日」と同調することで、中国側の歓心を買おうとしているのだろう。
寄稿で李登輝氏は、このようにも馬英九政権を批判しているのだが、この指摘に対し、総統府は反論を行っている。
“台湾総統府が李登輝氏を批判 抗日行事「嫌がらせでない」” と題する共同通信の記事を、産経新聞が二十二日に配信しているので見てみよう。
「台湾総統府の陳以信報道官は20日、李登輝元総統が日本の月刊誌で、7月に台湾で実施された『抗日戦争勝利70年』記念イベントなどついて「日本に対する嫌がらせ」と馬英九総統を非難したことに対し『「戦争は残酷で平和は尊い」と指摘するためだ』と反論して李氏を批判した」
「李元総統は月刊誌で、イベントなどの狙いについて『中国側の歓心を買おうとしているのだろう』と指摘。総統府が発表した文書の中で陳氏は『第2次大戦に参戦した主要国はそれぞれのやり方で(戦争終結を)記念している』と述べ『これらの国々も日本や、もしくはドイツに対して嫌がらせをしているのだろうか』と異議を唱えた」
記事の内容は以上だ。結果的に李登輝氏の批判から馬英九氏を擁護している。
日頃から国民党の主張を好意的に報じる産経だが、馬英九政権の抗日行事を「日本に対する嫌がらせ」で「中国側の歓心を買う」ものであるとの李登輝氏の指摘を、矮小化ないし否定するような記事を載せてよかっただろうか。
■馬英九政権には触れられたくない事実を指摘
記事は触れていないが、総統府報道官はその日、李登輝氏の「中国側の歓心を買おうとしている」との批判にも反論している。
「抗日戦争は国府が指導したものだ。中共の歓心を買う必要があろうか」と。
頓珍漢な反論である。
中共は現在、「平和統一」の準備段階として、中華民族主義での国共の連携を馬英九政権に呼び掛け、馬英九氏もそれに呼応する動きを数々見せており、抗日行事もまたその一環であると、李登輝氏は指摘したのだが、報道官は敢えてこのように的外れの反論をしたのだ。
それは李登輝氏の指摘を正面から受け止めたくなかったからだろう。それが馬英九政権にとり、触れられたくない事実だからだ。
■国民党に騙されるなー李登輝報道はもっと慎重に
そこで自由時報が二十六日に掲載のコラムを見てみたい。そこにも次のようにある。
「李登輝元総統が心置きなく自身の歴史経験や台日関係について語ったことに対し、馬英九総統を首領とする国民党陣営は二十二日以来、猛烈な攻撃を仕掛けている。表面上は李登輝氏に対する『媚日』のレッテル貼りだが、実際には李登輝氏の中国と一線を画す発言は、ひたすら台湾を日米陣営から切り離そうとする馬英九氏の謀略を打ち破ったのである。
「馬英九氏の対中政策はもはや台湾人民の信任を受けることはないが、李登輝氏の発言は馬英九氏がこれまで台湾を日米陣営から切り離し、中国へ差し出そうとの謀略を打ち破るものだった。そのため国民党から全面的な包囲を受けているのだ」
こうした分析は独り自由時報だけでなく、台湾では一般的に見られるものなのである。総統府報道官の反論も、しょせんは「悪事」がばれた者の開き直りの弁明に過ぎないように思えてくる。
李登輝氏は日本の雑誌を通じ、日本にとっても重要な台湾の国内事情を、日本人のためにわかりやすく解説したのだから、共同通信も産経新聞も、国民党のプロパガンダを無批判に受け入れるようなことをせず、もう少し慎重な報道をやってくれないものか。