【湯浅博の世界読解】第1列島線の真ん中に「嫌中台湾」が帰ってきた!

【湯浅博の世界読解】第1列島線の真ん中に「嫌中台湾」が帰ってきた!

産経新聞2016.1.28より転載

 中国が米軍の接近を阻止する第1列島線の真ん中に、「嫌中台湾」が帰ってきた。この列島線はかつての最高実力者、トウ小平の懐刀、劉華清上将の戦略に沿った仮想ラインだ。2つの列島線のうち、第1列島線が日本列島の南端から台湾を経由してフィリピンあたりまで伸びている。

 ここで米海軍の接近を阻み、台湾の防衛を弱体化させるという戦略である。その要の台湾で、民主進歩党の蔡英文主席が総統選挙に勝ち、党は一気に立法院の過半数を制した。台湾政治で初めてみる地滑り的な大勝利だった。

 中国の習近平国家主席は、核心的利益の“序列第2位”の南シナ海で、人工島を埋め立てているうちに、肝心の“第1位”たる台湾を失った。思うに、脅しのパワーは使いこなせても、民意をくみ取るセンスに欠けていた。

 台湾の意識調査では「自分は中国人である」と答える人が数%しかいないのに、習主席は中国国民党の馬英九総統に首脳会談なみの外交サービスをした。“国共合作”の中台関係をアピールしたつもりが、かえって台湾の人々からそっぽを向かれてしまった。

 手練れの政治家である蔡主席は「台湾独立」も「一つの中国」もいわずに、現状維持の曖昧戦略で押し通した。ふつうの台湾人の皮膚感覚は、中国に飲み込まれるのは御免という「嫌中」なのだ。同時に、彼らのホンネは、蔡主席の勝利演説に唱和した「われわれは台湾人だ」という強烈な自己認識にある。

 蔡主席としては当面、「独立」を封印して、「独立なら武力行使」と脅す中国の拳を避ける構えだ。彼女の勝利会見は「一つの中国」という踏み絵を避けつつも、「国際法を守る」と国際社会との協調を十分に意識させた。

 中国は、台湾の行政府も議会も民進党にさらわれ、民主主義のボディーブローを受けて、痛みを広げていよう。

 今後、習政権は、これまでの中台のビジネス面で揺さぶりをかけ、蔡新政権もまた中国経済への依存度を下げてくる。その分、日米は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や自由貿易協定(FTA)などで、台湾の受け皿を用意することが迫られる。

 仮にも中国が台湾を飲み込めば、核ミサイル基地が大陸から移動し、台湾沿岸は原潜の出撃拠点になる。日米にとって台湾は安全保障に直結するだけに、経済、安全保障の両面から支える必然性が高くなった。

 米紙ウォールストリート・ジャーナルのデビッド・ファイス論説委員がいうように、米国が台湾を見捨てれば「米国のアジアにおける同盟が砕け散る」ことになる。だから、中国が台湾に圧力をかければ、米国は動かざるを得なくなる。

 オバマ米大統領は2月15、16両日にカリフォルニア州サニーランズで東南アジア諸国連合(ASEAN)と初の首脳会議をもつ計画だ。東南アジアはオバマ政権の「リバランス」政策の要の一つであり、南シナ海は第1列島線とつながる「九段線」に囲まれている。中国とASEAN沿岸国との係争海域である。

 東シナ海と南シナ海は「中国の海」にされかねないという共通項があり、米国の関心が集まれば、大統領選の争点に浮上することになる。(東京特派員)