【浅野和生】習近平独裁はどこまで行くのか―その構造と行方―

【浅野和生】習近平独裁はどこまで行くのか―その構造と行方―

月刊評論紙『時事評論』より転載

              平成国際大学教授 浅野和生

 習近平の中国では、去る3月11日、全国人民代表大会で憲法改正を賛成2958、反対2、棄権3の圧倒的多数で可決し、国家主席の任期制限を撤廃した。これで江沢民以来続いてきた、5年の任期を2期、つまり10年で国家主席が交代するという、国家指導者がルールに従う時代は、2代20年で終焉を迎えたことになる。習近平は、自らルールを変更して任期の制限を取り払うことで、ルールの上に立つ独裁者であることを天下に示した。

「汚職摘発」は党員外にも及ぶか

ここに至るまでに、習近平は、盟友の王岐山が主導する汚職摘発を通して、徹底的に政敵を排除してきた。「反腐敗」の旗印の下、進められた摘発の成果は、3月9日の中国最高人民検察院の曹建明検察長の活動報告で示された。それによると、習近平指導部発足後の2013年から2017年の5年間に汚職事件で立件された公務員は25万4419人で、直前5年間より16.4%増加した。そのうち閣僚級以上の幹部だけで120人、うち105人が起訴された。その中には、習近平の後継者候補と言われていた前重慶市共産党委員会書記の孫政才のほか、周永康政治局常務委員、前遼寧省党委員会書記の王珉、前天津市長の黄興国などが含まれる。今年になってからも副首相級の楊晶国務委員が公職免除処分となっている。
「虎もハエも叩く」と言われた腐敗撲滅の中核を担った王岐山は、昨年秋で政治局中央常務委員の座を離れたが、このたび国家副主席に就任した。また、新たに「国家監察委員会」が設立され、同委員会のトップには、習近平と王岐山がともに信頼を置く子飼いの部下、楊暁渡が決まった。
従来の反腐敗闘争が原則として共産党員を摘発対象としていたのに対して、同委員会は、「あらゆる公権力を行使する公職者」を監督の対象としている。つまり、政府機関の職員の他、経済団体職員や国有企業幹部のほか教育、医療、文化関係者などにも監視の目が及ぶことになり、党外の異論分子をも抑え込むことができる。しかも、調査対象に対して最長6カ月間の身柄拘束の権限が付与されているから、今後は、「逮捕状なき強制捜査」が党員以外にも適用される恐れがある。
一方、粛清の手は軍部にも及び、この5年間に胡錦濤前政権で征服組のツートップを務めた郭伯雄、徐才厚を失脚させた。そして昨年には前統合参謀部参謀長の房峰輝と中央軍事委員会政治工作部主任の張陽、前海軍司令官の呉勝利が拘束され、後に張陽は自殺した。さらに空軍司令の馬暁天も更迭され、統合参謀部参謀長、空軍司令には習近平に近いとされる人物が据えられた。こうして人民解放軍の習の私兵化が進められている。
また、本年1月1日から、軍令上は中央軍事委の指揮下にありつつ行政上は国務院公安省(警察庁)に属していた人民武装警察の指揮系統が、習近平が主席を務める中央軍事委員会に一本化された。この組織替えは、武装部隊に対する共産党の絶対的な指導の強化である。
さらに、3月20日に閉幕となった全人代後の政府の機構改革で、尖閣海域など、東シナ海での監視活動も行う中国海警局が、人民武装警察に編入され、中央軍事委員会の指揮下に置かれることが決まった。これによって、「中央軍事委員会―武警―海警」という指揮系統が明確になった。
そもそも尖閣諸島海域に遊弋する中国公船の多くは海警局の巡視船であるが、その数は2012年以降にほぼ倍増しており、しかも新たに配属された船は、軽護衛艦をモデルにした船や、退役した駆逐艦やフリゲート艦を改造したもので、「準軍艦」というべきものである。
つまり、日本の海上保安庁の巡視船が尖閣海域などで対峙する海警の艦船は、その装備からも指揮系統からも、ほぼ「軍艦」なのである。

国内外企業にも共産党が介入へ

さらに、中国共産党は、上場企業を含む大企業の経営への介入を進めている。すなわち昨年8月、大企業およそ3200社に対して「党組織を設置し、経営判断は組織の見解を優先する」という項目を、年内に株主総会などの手続きを経て定款に盛り込むように要求した。実は、これら大企業のうち大半の会社が、外国企業との合弁事業を手掛けているから、この要求により外国企業の経営に、中国共産党が影響力を行使することになりかねない。昨年11月には、在中国ドイツ商工会議所が、「政党を含む第三者からの干渉を受けない経営がイノベーションや成長の強固な基礎だ」として、中国共産党による事実上の介入方針を強くけん制し、「中国市場からの撤退や戦略転換を図る企業が出る恐れがある」と警告を発する事態となっている。
対外的な影響は、「一帯一路」政策も大きい。国家発展改革委員会が全人代に提出した報告書によると、これまでに86の国と国際機関が一帯一路の協力文書に調印している。これによって、中国と欧州を結ぶ国際貨物列車が、昨年だけで3673本運行したという。
さらに、一帯一路の一環として、関係国には35の海外中国文化センターが設置され、140の孔子学院が設立された。欧州へ、南アジアその他へ、習近平独裁体制の影響は、決して中国国内にとどまるものではない。

前例超越には実績が必要

ところで、中国共産党トップの総書記の任期については、明文の規定はないが、「68歳定年」という党の慣例がある。来る2022年の党大会で69歳となる習近平は、慣例を無視するか、「党主席」を復活させて毛沢東のように終身主席となるか、予断を許さない。
しかし、全人代の開会を前にした3月1日、周恩来元首相生誕120周年の記念会で習近平は「近代以降、苦難に耐えてきた中華民族は立ち上がる段階、豊かになる段階から、強くなる段階への偉大な飛躍を迎えている」と述べた。これは、昨年の党大会で「新時代」を強調したように、毛沢東、鄧小平から胡錦濤までの時代が終わったこと、そして現在は習近平の時代だという宣言である。そうであれば、過去の「慣例」に縛られる必然性がない。そして、しばしば指摘されている中国経済の「紅いバブル」を乗り切るには、自由主義市場経済の国々の常識に沿う手段では不可能であり、さらに今世紀半ばまでに中国を米国に匹敵する「社会主義現代化強国」にするという大目標の実現のためには、胡錦濤前政権のような集団指導体制では無理だと考えても不思議ではない。
つまり、現状への危機感と将来の目標実現のために、党内外に習近平独裁体制の確立が支持される環境はあるということだ。
こうして今回の憲法改正では、国家主席の任期が撤廃されるとともに、前文に「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想(习近平新时代中国特色社会主义思想)」が書き込まれた。つまり、形の上では、習近平は「毛沢東思想」「鄧小平理論」としてその名前が憲法に明記された毛沢東や鄧小平と同格になった。しかし、実績やカリスマ性では、その二人と比べるべくもない。
習近平にとっては、自ら掲げた「中華民族の偉大な復興」を実現するため、アメリカと匹敵する社会主義強国としての中国に一歩一歩近づいているという実績を国民の前に不断に示すことが、長期政権実現のための必須の課題である。実績によって、中国共産党内外の国民の圧倒的な支持を維持することで、従来の慣例を打ち破り、憲法その他の法令を書き換え、長期政権が可能となるとともに、毛沢東や鄧小平と並び立つことができるのである。
昨年10月18日の共産党大会冒頭の政治報告において、習近平は、「中華民族の偉大な復興」のタイムテーブルを、2020年から2035年が「都市と農村の生活水準の差を大幅に縮小するなど豊かさを底上げする」第一段階であり、そこから2050年までの第二段階で「総合的な国力と国際影響力において世界の先頭に立つ国家になる」と宣言したが、2035年に81歳となる習近平は、その第一段階の全てを自ら主導することが十分に可能である。そして、「新中国建国一〇〇年」の2049年10月を、96歳の習近平が天安門広場の壇上で迎えることも、ないとは言えない。


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