【浅野和生】「武漢肺炎」封じ込めに成功した台湾

【浅野和生】「武漢肺炎」封じ込めに成功した台湾

―感染者ゼロの段階で指揮系統を一元化―

―政治的配慮抜きの政治決断が奏功―

平成                     国際大学教授 浅野和生

 「武漢肺炎」と呼ばれる新型コロナウィルスの、台湾での感染第一例は武漢で働いていた55歳の女性で、発熱と咳の症状から帰国後病院に直行し、1月21日に感染が確認された。一方、日本ではその5日前の1月16日、武漢訪問歴のある中国人男性が第一例だった。

 中国が、武漢で「原因不明」の肺炎発生をWHOに通報したのは昨年12月31日だが、台湾はただちに武漢からの直行便の検疫を開始した。1月9日には、衛生福利部疾病管制署から、武漢肺炎を法定伝染病にするとの発表があり、15日に第5類法定伝染病に指定した。これにより、武漢から台湾への入境後14日以内に症状があり肺炎の診断が出た場合、24時間以内の届け出が義務付けられ、違反した医療機関には最高200万元(およそ700万円)の罰金を科すとされた。

1月9日といえば、総統選挙投票まであと2日、台湾全土で熱い選挙戦が繰り広げられ、数十万人規模の大集会が各地で開催されていた時期である。蔡英文政権は、懸命の選挙戦を展開しながら、感染症との戦いを準備していたのである。ちなみに中国湖北省ではこの日、武漢肺炎最初の犠牲者として、華南海鮮市場の61歳男性の死亡が発表されている。

一方、日本での感染が確認された16日、厚生労働省は記者会見で「人から人に感染した明確な証拠はない。感染が拡大することは考えにくいが、ゼロではないので、確認を急ぎたい」と呑気な発言をしていた。台湾と日本の危機感には雲泥の差がある。
1月20日、台湾での感染確認者は未だゼロだったが、蔡英文政権は、指揮系統を一元化し、各省庁の連携強化のため、中央流行疫情指揮センターを設置した。同センターは、当初、衛生福利部疾病管制署の周志浩署長を指揮官とする三級行政機関だったが、台湾初の感染例が確認されると、1月23日に同センターは二級行政機関に格上げされ、陳時中衛生福利部長(閣僚級)が指揮官となった。その後の陳時中部長の指揮ぶりは、国民が平均して84.16点と評価する見事なものだった(2月24日、台湾民意基金会発表)。

 1月28日、初の国内感染が確認されると、この日から、感染者の濃厚接触者と湖北省に訪問歴がある入境者を14日間自宅待機にした。この時点の感染者は7人だったが、隔離対象者2000人以上という徹底ぶりである。そして国内感染が16例となった2月27日、蘇貞昌行政院長は、同センターを内閣直轄の一級行政機関に格上げしたが、指揮官は陳時中部長のままとした。

 一方、日本では新型コロナウィルスの「指定感染症」決定が迷走した。1月28日の閣議で2月7日施行を決定したが、その後の感染者が8人増えると、1月31日になって2月1日施行に前倒しした。

 かように、台湾の対応が先手必勝だとすると、日本の対応は後手に回った。
 1月26日、台湾は湖北省からの中国人入境を全面的に禁止し、2月1日にはその対象を広東省に、2日には浙江省温州市に広げた。同時に、同地の台湾人の帰国の際は14日間隔離と決めた。そして遂に、2月7日、その対象を中国全土に拡大した。事実上の中国シャットアウトである。日本政府が中国からの入国者の2週間隔離と、発給していた入国ビザの効力停止を開始したのは、それから1か月遅れの3月9日である。

さて、2月7日から3月8日の一か月に、台湾の感染者数は34人増加したが、その内28人は国内感染者だった。この間、域外感染者は6人だけ、17日間はゼロだった。つまりこの一か月間、台湾は、域外感染者の流入阻止に概ね成功したのである。

一方、日本では同じ一か月間の感染確認者は、台湾の12倍超の430人だった。実は、2月一か月で、日本に入国した中国人は10万9114人(香港を除く)だったから、感染検査や隔離規制がまともにできる筈がなかった。ダイヤモンド・プリンセス号の感染者696人と合わせれば、この時点で日本の医療機関は感染者1000人以上への対応を迫られる、ひっ迫した状況にあった。同時に、感染経路を特定できないケースが急増した。
この一か月の違いが、台湾と日本の明暗を分けた。

台湾では、その後3月14日から4月13日までの一か月、海外旅行、留学からの帰国者315人の感染が確認された一方、国内感染者は28人にとどまった。一日あたりの国内感染者は1人未満で、感染経路特定が可能だった。

こうして、4月中旬以後、欧米等から入境者16人の感染が確認されているが、4月13日以来、台湾では国内感染者ゼロの日が3週間以上続いている。もはや台湾内部で武漢肺炎に感染する可能性は低くなった。だから小学校から大学まで、学校はすべて通常授業を行っており、無観客試合で始まったプロ野球は、5月8日から1試合1000人の観客の入場を認めるようになった。
台湾の感染者は通算440人、うち死者は6人である。4月9日を最後に、一カ月間死者はない。要するに、4月中旬からは、感染抑止に成功しているのである。

他方、5月8日現在、日本の感染者は16,374人、うち619人が死亡した。日台のこの差は、初動の一か月の違いによることは明白だ。日本も、2月初旬から対中国で徹底した水際対策をとっていれば、感染者ははるかに少なかったはずだ。
振り返ってみれば、今春に中国の習近平国家主席を国賓として迎えたいという安倍政権の愚かな願いが、中国シャットアウトの決断を遅らせたことは明らかだ。無論、手段を択ばぬ安倍政権攻撃のために、「桜を見る会」や森友学園問題を振り回し、中国シャットアウトを国会で求めなかった野党も同罪である。

武漢肺炎の蔓延は、中国による隠蔽工作が根本原因であるにしても、12月末の中国公表後の各国政府の対応も決定的要因となった。総統選挙のピークにあった台湾が即座に対応できたのに、日本は手を拱いていた。「死児の齢を数える」ことはしたくないが、日本では、政治の決断の失敗が、失われなくてもよい命を失わせてしまった。

日ごろから中国で経済活動を行う台湾人は100万人を超えている。中国との関係の緊密度において、台湾は日本をはるかに上回る。それでも、蔡英文総統は、国民の生命を守るために中国との人的往来を断ち、完全管理下に置いた。常日頃からの情報収集と、政治的野心に曇らされない冷静な判断、蔡英文政権の決断と実行力が成果を挙げたのである。
日本は、感染症対策を台湾に学ばなければならない。


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