【正論】中国国内政治に使われた総統選

【正論】中国国内政治に使われた総統選

2012.1.17 産経新聞

         中国現代史研究家・鳥居民 

 台湾の総統選挙が終わった。民主進歩党(民進党)の蔡英文氏が台湾のサッチャーになれるかどうかは、4年先に持ち越された。

 前回2008年総統選では、中国の口車に乗せられた米国が中国国民党の馬英九氏に肩入れして、彼の当選となった。今回は専ら、中国が馬氏を支援した。例えば、台湾の大企業はすべてが中国に進出していることから、人質に取られたのも同じで、いずれも馬氏支持を表明せざるを得なかった。

 ≪台湾の生徒、学生89%が嫌中≫

 さて、馬氏が再選されたからといって、台湾の多くの人が中国に好感を持っていないことは言うまでもない。昨年、台湾の教育関係団体が高校生から大学生、専門学校生までを対象に調査した結果、89%が最も非友好的な国として嫌ったのが中国だった。台湾を国際的孤立に追い込もうとしてきた中国を好きだと言う人はいない。

 選挙運動中、中国との「和平協定締結」の可能性を馬氏が口にした途端、反対が巻き起こり、馬氏は慌てて、交渉前に住民投票で民意を問うと約束せざるを得なくなった。馬氏は2期目4年間に台湾の存在を否定するような取り決めを中国と結ぶことはできまい。

 中国政府はそもそも、台湾に対しては、時に、軍事的な恫喝(どうかつ)を行ってきた。振り返ってみよう。

 1958年8月、台湾支配下の金門島に対する中国軍の大々的砲撃は、同島を奪おうとしたのが毛沢東の最初の狙いだったという解釈を、誰もが口にした。だが、毛の真の意図は全く違っていた。

 ≪金門島砲撃した毛の真の意図≫

 砲撃開始前、毛が部下に宛てた私信には、金門島に対し大規模な砲撃をする、米海軍がこれに報復して福建沿岸のいくつかの港町を砲撃することを望む、と書かれていた。米軍が大陸に攻め込んでくる、地主のために土地を取り戻しにやって来るのだと宣伝し、民兵隊をつくらせ、それを建設中の人民公社の大黒柱にしようとしたのが毛の金門砲撃の真意だった。

 96年の台湾総統選挙の前、中国軍は福建沿岸で上陸演習を続け、さらに台湾近海にミサイルを撃ち込むということまでやった。李登輝候補を落選させる狙いだった、と現在まで語られてきている。

 本当の目的はそうではなく、台湾を不安に陥れることにあった。株価は下落し、銀行の窓口に台湾元を米ドルに替えようとする小金持ちが行列をつくった。北京の狙いは、当時の指導者の李登輝氏をして台湾に再び戒厳令を敷かせ、総統選挙を中止させることにあった。

 台湾で選挙が行われ、総統が選ばれるといった民主的な制度が根付くことが自国民に与える影響を恐れたのである。台湾を中国と同じ政体にとどめさせようとしての軍事脅迫だった。金門砲撃と同様、これまた国内政策だった。 2004年3月に民進党の陳水扁氏が台湾総統に再選された後のこと、中国軍は毎年続けていた福建沿岸の東山島での上陸演習を大規模に実施し、江沢民氏の秘密演説をわざと漏らして、香港紙に掲載させた。台湾との戦いは避けられない、米国との核戦争も覚悟の上だ、と大見えを切っていた。

 ワシントンはすぐに江氏の意図に気付いた。戦争だ、戦争だと騒ぎ、若い者にはとても任せられないと言い、党と国家の指導者はすでに辞めていたものの党中央軍事委員会主席の椅子には座り続けたいとの願いがあっての、台湾を利用したお芝居だった。だが、江氏の思い通りにはならなかった。

 ≪半島と海峡に冷戦構造を維持≫

 最後の軍事的な恫喝は、6カ国協議が延々と続いていた03年から08年までの期間に、中国政府が行ったものである。本欄で前に論じたことがあるが、中国は北朝鮮の核武装を放棄させるといった素振りを見せ、交換条件として米国に台湾の総統だった陳水扁氏と民進党への支持を断たせようとした。米国と陳水扁政権との関係は、米側が危険視し、愛想づかしした面が大きいにせよ、そうなった。

 中国政府は北朝鮮の核爆弾の製造をやめさせる、さらなる交換条件として、米国に台湾への武器供与を停止させるという提案ができたはずだった。ところが、台湾への米兵器売却など、中国政府にはどうでもよかった。北朝鮮の核武装を阻止するつもりが全くなかったことでも明らかなように、朝鮮半島と台湾海峡に冷戦構造が存在する形にしておきたいというのが、中国、とりわけ軍事費を毎年二桁にすることが必要だと説く中国軍部の本音だといっていい。

 米政府もさすがに、中国政府の身勝手なやり口に我慢できず、オバマ大統領は1月初め、中国を名指ししてその脅威を指摘し、アジア太平洋地域の戦力配備に重点を置くと発表した。米政府の戦略転換は、中国軍部にとっては、警戒しなければならないというよりも歓迎すべきことだったはずだ。

 中国の軍部と党の指導部は、自らの既得権益の保持を最大の念願としてきた。そのために折々に台湾を使ってきたことは、以上、見てきた通りである。中国にとり、その意味での台湾の利用価値は、これからも変わらないだろう。(とりい たみ)


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