【林昶佐氏インタビュー】ヘビメタのボーカルから台湾・立法委員に華麗な転身

【林昶佐氏インタビュー】ヘビメタのボーカルから台湾・立法委員に華麗な転身 

         「日台の友情を政治にも反映したい」

産経新聞2016.6.20

 台湾発の世界的ヘビーメタルバンド「ChthoniC(ソニック)」のボーカルで、今年1月には若者の熱烈な支持により台湾の立法委員(国会議員に相当)に当選した林昶佐(りん・ちょうさ)氏。6月11日、日本における台湾文化の発信拠点「台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター」の開設1周年記念イベントで来日した。“世界初のヘビーメタルバンド出身議員”として、また台湾の若者の声の代弁者として注目される林氏に、日本と台湾の音楽交流や台湾で5月にスタートした新政権下での日台関係、台湾の若い世代の政治意識などについて聞いた。(金谷かおり)

 –ヘビーメタルバンド「ソニック」として日本公演を行い、大規模な音楽フェスティバル「FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)」や「SUMMER SONIC(サマーソニック)」にも出演してきたが、日本の印象は

 「日本は一緒にイベントをつくる音楽関係者がとても精力的で、カナダや欧州などと並んで、安心して公演を行うことができる。日本と台湾は歴史的にも縁が深いため、日本のファンは時間をかけて私たちの音楽の背景を理解してくれていると感じる」

 –林氏は台湾の2大野外音楽イベントの1つ、台湾南部の都市・高雄で2006年から開催される「Megaport Festival(メガポートフェスティバル)の発起人。どのような特徴があるのか

 「一般にこうしたイベントは国外の大物アーティストをいかに呼んでくるかとなりがちだが、メガポートフェスティバルでは台湾の上の世代のアーティストも重視しているのが特徴といえる。台湾の今の音楽に影響を与えた自分たちの土地のアーティストと交流する機会にもしたい」

 –日台間ではそれぞれのアーティストが互いの音楽イベントに出演するなど交流が進んでいるが

 「台湾と日本は特にここ数年、民間交流がより深まっている。台湾と日本では創作概念が異なるところがあると思うが、私が知っている台湾、日本のアーティストは互いにそうした違いを新しい概念として吸収し、相互にとても楽しんでいる」

 –1996年、ヘビーメタルバンド「ソニック」を結成した。ヘビーメタルは反逆精神のイメージがあるが、どのような強い感情から生まれたのか

 「当時は政治的な関心というわけではなかったが、私たちが表現したい感情の多くは『憤怒』と『悲傷』。あまり多くの人には知られることのない台湾の歴史(※)に関する資料には多くの憤怒と悲傷があり、私たちはそれを歌にしている」

 –「ソニック」はデビュー後、米国や欧州など海外での人気を高めていった。台湾は外交を結ぶ国が少なく国際的に複雑な立場ともいえるが、音楽の世界で台湾特有の障壁はあったか

 「私たちの歌には政治的な理念が含まれている。アメリカ公演の際は、中国の留学生を名乗る人から『公演を取りやめろ』、『ステージに上がったら殺す』といった脅迫を受けたことがある。議員になった今はもっとひどい。ファクスや手紙などで私の母親を殺すと脅迫してくることもある」

 –2015年、新しい政党「時代力量」の旗揚げに参画し、今年1月の立法委員選挙で初当選した。台湾では2014年、当時の中国国民党政権の政策に反発する学生らが立法院(国会に相当)を占拠する「ヒマワリ学生運動」が海外でも大きく報道されたが、林氏も同運動に関わっていた。政界入りを志した理由は

 「この数年、台湾の政治に関しては、多くの若い世代が(国民党政権の対中国政策などに反発する)社会運動に参加するようになった。彼らの力は台湾にとって重要なパワーで、彼らの情熱は台湾の政治改革を推し進めることができるはず。彼らと共に政党を組織し、政治参加しなければならないと思った。現在も、私たちの支持者の多くは若い世代。以前は(現与党の)民主進歩党や国民党の支持者だった人もいる」

 –台湾の若者の政治意識、自身のアイデンティティーはどのようなものか

 「最近の若い世代の多くは『天然独』と呼ばれている。天然独とは生まれたときから自由民主の環境にあり、中国にアイデンティティーを感じず、台湾は中国の一部分ではないと感じていること。若い世代全員ではないが、大多数が天然独ではないだろうか。(彼らの支持を得る)私たちは、台湾を正常な国家にしたい。現実に合わない憲法を改正し、国際的な活動に普通に参加できる一つの国に」

 –台湾では今年5月、政権交代により民進党・蔡英文政権がスタートした。時代力量は現在、立法院で5議席を有する第3党だが、新政権下での役割は

 「野党として与党を監視していくのが最大の使命。私たち(の主張)は国民党に比べれば民進党に近いが、民進党も内部はさまざまな考えがある。推し進めなければならないことも推し進められなくなるようなことになれば、警鐘をならしていかないといけない。すでに先週、私たちは憲法改正案を立法院に提出している」

 –新政権下での日台関係は

「日本政府の考えは分からないが、私は蔡政権は日本との関係強化を進めていくと信じている。台日間の民間交流はとても盛んで、互いの政治に希望するのはこうした民間の友情を政治にも反映すること。互いに友好的なのに政治が冷淡だったらおかしいでしょう。中国の圧力などがあるのは知っており、何かを超越してほしいわけではなく、ただ民意を反映してもらえればと考えている」

 –林氏は台湾の李登輝元総統が設立した若者向け政治スクールの第1期生で、立法委員当選後も李氏を訪問している

 「李氏は総統を辞して以来、台湾の更なる民主化をずっと気にかけており、私たちがそれを完成させることを期待している」

 –「ソニック」の人気アルバム「Timeless Sentence」はタイトルや収録曲に「台湾の運命」といった意味が込められている。李登輝元総統はかつて「台湾人に生まれた悲哀」と語ったが、林氏もこうした感情を抱いているのか

 「台湾は長い間、多くの自分たちの運命を自分たちでコントロールすることができなかった。私はこのことが李氏のいう『台湾人に生まれた悲哀』だと考えている。ただ私は、『自分の家のごみを他人に来てもらって掃除することはできない』と考えていて、自分たちの問題は米国をはじめ他国に手伝ってもらうのではなく、自分たちで解決していかなければならないと考えている」

 –やや失礼な質問で申し訳ないが、政治家として活動する上で、バンドボーカル時代から変わらない長髪、入れ墨に周囲の反応は

 「当選前は(当時の与党)国民党からさんざん批判された。でも私の支持者はそんなことは気にしておらず、民意を得て当選した後は、立法院においてもそれなりに尊重してもらっている(笑)」

 –「ChthoniC(ソニック)」としての今後の活動は

 「海外ツアーなど長く台湾を離れなければいけないものは難しいが、声をかけてもらえたらメンバーの意見も聞いて少しでも参加できればと思う」

林昶佐(りん・ちょうさ)氏

1976年生まれ、台北市出身。1996年ヘビーメタルバンド「ChthoniC(ソニック)」を結成し、ボーカルを務める傍ら作詞作曲を手がける。同バンドは台湾のほか欧米、アジアなど海外各地でもツアーを行い、台湾内外で各種の音楽賞を受賞している。2015年、新党「時代力量」の結党に参画。2016年1月立法委員(国会議員)に当選。

※台湾は17世紀以降、オランダや清朝に支配され、1895〜1945年は日本の統治下に置かれた。第2次世界大戦後、中国国民党による支配が始まる。1947年、同党支配に反発する地元住民を当局が弾圧する「二・二八事件」が勃発し、その後約40年に渡り戒厳令が敷かれた。1996年に総統直接選挙が導入され、初の民選総統は李登輝氏。台湾の2大政党は国民党と台湾本土派の民進党で、現在の総統は民進党の蔡英文氏。