【書評】ピーター・ナヴァロ著 『米中もし戦わば』

【書評】ピーター・ナヴァロ著 『米中もし戦わば』

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」より転載

 トランプのブレーンが解説する野放図な中国の野心
  トランプのぶれない中国批判の源泉は、この本にあった

ピーター・ナヴァロ著 赤根洋子訳『米中もし戦わば』(文藝春秋)

 中国脅威論の決定版のひとつが本書である。

 オバマ大統領は誰にそそのかされたのか、軍事的知識に乏しく聯略的判断が不得手のため、敵と味方を取り違えている。ロシアを敵視して、ハッカー攻撃の犯人だと証拠を挙げずに断定し在米のロシア人外交官35名を追放した。
プーチンはこの措置に報復せず「次期政権の出方を待つ」と余裕を見せた。

 フランスの戦略思想家レイモン・アロンに有名な箴言がある。「正義が統治する社会を定義するより、状況を不適切と非難することは易しい」

 そのトランプは『ツィッター大統領』と呼ばれ、記者会見を滅多に開かず、逐一のメッセージを自らが書き込むツィッターで、政策のヒントを繰り出してきた。既存のメディアを無視する遣り方に米国のジャーナリズムは慌てた。

 政治に必要な即効性の武器がネット社会では変革していた。トランプは時代を先取りしていた。

 そしてトランプは「オバマやヒラリーに比べたらプーチンのほうが賢い。馬が合いそうだ」と強烈なメッセージを発信した。

 トランプはしかし、中国に対しては強硬である。
 その発言の数々をフォローすると、どうやらトランプの情報と分析の源泉が、この本にあると判断されるのである。

 ナヴァロはまず、中国の軍事戦略を緻密に検証してこう言う。

 「中国はソ連とはまったく異なるタイプの軍事的競合国である」

 「このままではアメリカは中国に(少なくともアジア地域で)『降参』と言わざるを得なくなるかも知れない」(50p)という危機感を抱いている。

 最大の脅威とは核戦力や、ミサイルの数や、艦船、空母の員数や能力ではなくハッカー攻撃力である。

 「平和にとっては不都合なことに、中国ほどアグレッシブにサイバー戦争能力の増強を図ってきた国はない。また、平和で貿易の盛んな時代にあって、中国ほど積極的にサイバー戦争能力(の少なくとも一部)を展開してきた国もない」(121p)

 ロシアのハッカー能力より、中国のほうサイバー攻撃で勝っているのに、オバマはなぜロシアだけを問題にしたのかが問題だと、この行間が示唆している。

 中国にはアルバイトを含めて200万のサイバー部隊がある。
 「もっとも悪名高きサイバー部隊はおそらく、上海・浦東地区にある十二階建てのビルを拠点とするAPT1部隊であろう。APTとはアドバンスド・パーシスタント・スレット(高度で執拗な脅威)の略語で、コンピュータネットワークを長期間攻撃することを意味する。(中略)。中国人ハッカー達がこうした産業戦線で盗もうとしているのは、大小の外国企業の設計図や研究開発の成果、特許製法といったおきまりのものだけではない。彼等は電子メールから契約リスト、検査結果、価格設定情報、組合規約にいたるまでありとあらゆるものを傍受している」(123p)

 そのうえ、中国のサイバー部隊には第三の戦線があることをナヴァロ教授は指摘している。

 「配電網、浄水場、航空管制、地下鉄システム、電気通信など、敵国の重要なインフラへの攻撃である。これには、民衆を混乱させるとともに経済を壊滅させるというふたつの目的がある」(124p)。

 ともかくアメリカは「中国製品を買うたびに中国の軍事力増強に手を貸している」というあたり、まるでトランプのツィッターから放たれたメッセージと読める。

 まさに中国と商いを拡大するごとに日本企業も中国の軍拡に手を貸してきたのだ。永田町や霞ヶ関の人たちよりも、この本は大手町あたりに本社を置く日本企業幹部に読んでほしいと思った。


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