2012.12.12産経新聞
湯浅博の世界読解
何げなく聞き流した中国の習近平総書記が発したスローガンと、その後の行動がどうも気にかかる。
習氏は総書記就任時の11月15日、復古調の「中華民族の復興」を掲げた。かの中華帝国の伝統理念は「華夷秩序」であり、帝国は外縁に向かって序列の低くなる異民族を統治していく。さらに先月29日、政治局常務委員を引き連れ、北京の国家博物館で列強帝国主義の展示を視察した。この時に習氏は「中華民族復興の目標に近づいている」と巻き返しを宣言した。
その威勢をかって、軍上層部の発言が強硬になってきた。尖閣諸島も日本の総選挙後に危険度が増してこよう。選挙中は自重して、日本の反中勢力を有利にさせないためだ。
習氏の「中華民族の復興」発言は、楊潔●外相が9月の国連総会で述べた異様な罵(ののし)りの演説に通じる。外相は日本による尖閣国有化に関連し、日清戦争末期に「日本が中国から盗んだ歴史的事実は変えられない」と述べた。しかし、日本が無主の尖閣諸島を領有したのは1895年4月の下関条約より前のことで、清国が日本に割譲した「台湾および澎湖列島」にも尖閣は含まれない。
この時、中国側が歴史カードを使ったのは、国連そのものが日独を封じる戦勝国クラブとして発足したことに関係する。国連憲章には日本を敵国と見なす「敵国条項」が残されたままである。この時の楊外相発言は、主要国に日本が「戦犯国家」だったことを思い出させ、日本たたきの舞台とみていたのではないか。
ところが、京都大学名誉教授の中西輝政氏はさらに踏み込んで、中国がこの敵国条項を「日米安保を無効化する“必殺兵器”と考えている可能性が高い」と見る。国連憲章の53条と107条は、日独など旧敵国が侵略行動や国際秩序の現状を破壊する行動に出たとき、加盟国は安保理の許可なく独自の軍事行動ができることを容認している。
日本の尖閣国有化を憲章の「旧敵国による侵略政策の再現」と見なされるなら、中国の対日武力行使が正当化されてしまう。中国はこの敵国条項を援用して、日米安保条約を発動しようとする米国を上位の法的権威で封じ込めようとする策謀だ。
この敵国条項については1995年12月の国連総会決議で、日独が提出して憲章から削除を求める決議が採択されている。憲章の改定には3分の2以上の賛成が必要なために、決議によって条項を死文化することにした。確かに、この決議はいつの日か憲章を改定するときがあれば「敵国条項を削除すべきだと決意された」のであって、厳密にはいまも残っている。
問題は中国が同床異夢のまま国際法や国連憲章を勝手に解釈していることである。楊外相は9月の国連総会に続く11月6日のアジア欧州会議(ASEM)首脳会議でも「反ファシズム戦争の成果を日本が否定することは許されず、日本は戦後の国際秩序を否定してはならない」と布石を打つ。
中国は国際法上、尖閣が日本の領土であることを覆すことが困難とみたか、国連憲章の盲点を突いて武力行使を正当化しようとする。恐ろしいほど冷徹な権謀術数ではないか。習新体制が日本に「華夷秩序」を強要しようとするなら、日本は同盟国と結束して中国を断固抑止する決意を固めたい。(東京特派員)
●=簾の广を厂に、兼を虎に