作者: 青山 登
9月9日台南市で王育徳先生の紀念館が開館されたとのこと。関係者のご努力を含め本当に素晴らしい成果だと思う。
開館式には行けなかったが、今年のうちには行くつもりだ。35年いっていない台湾の往時からの変貌ぶりもみたい。
以下私事を申し上げるが、王先生には謝らなければならないことがある。
47年前になるが、台湾独立運動のシンパとして王先生に台湾語を教えていただきながら、しばらくして何の挨拶せず無断で王先生のもとを去ったことがある。
申し訳なく大変失礼なことをしたのだが、王先生はすでに逝去されて今では謝罪の機会はない。
私は若いころ、三国志の世界などにあこがれ、中国語をマスターしてゆくゆくは中国で活躍したい…と遅れてきた大陸浪人のようなことを思っていた。
いまから思えばとても的外れな話で、諸葛孔明や劉備玄徳をきどってはみても、実際に三国時代に放り込まれれば、私などは食うや食わずの農民で、戦乱の中で飢え死にするか、せいぜい世渡を間違えてすぐに失脚する下級官僚になれるくらいがいいところだったろう。あの世界で1週間と生きてはいられないだろう。とても憧れるような世界ではない。
そんな私であるが、1971(昭和46年)年の冬、中国語を勉強しようと台湾旅行に出かけた。台湾の方には申し訳なかったが中国に雄飛する夢を見、踏み台にと思って台湾に出かけたのである。
しかし、行く先々で台湾の方々の人情に触れ日本に対する思いを知ることで台湾に対する思いが変わった。
実際に台湾の街を歩くと私を日本人と見て話しかけてこられ、「国民党が来てから今の台湾はひどい状態だからあなたも気をつけなさい」と何人もの人にいわれた。
またあるときは、ホテルに泊まるとき、納得がいく値段をはじめから提示してもらえたので、そのことを従業員の方に言ったところ、「私たちは日本精神があるから」といわれて驚いたこともある。
台湾訪問の前に王先生の著書『台湾―苦悶するその歴史』(弘文堂)を読んでいたのでその事情はなんとなく理解でき、こういうことなんだなと思った。
文通をする友人もできて、台湾派になった(台湾派といってもまだかなりの部分蒋介石派だったが…)。
台湾独立を支持しようと思った動機はもう一つある。
1970年つまり昭和40年代前半までは、日本の思想界は左翼が猖獗を極めており、もしかすると社会主義の方が正しいのではという気持ちを拭いきれなかったころである。民族派の私などは「右翼は頭が悪い」と無視されていた。
しかし、彼らは台湾人の民族自決を支持しないという明らかな間違いをしている。左翼の大いなる欺瞞であり、今も続いている。
その当時、台湾独立を支持することは、民族派の私にとって左翼思想に対抗する大きな心のよりどころであったのだ。
1度目の台湾訪問から帰国し、早速、初めて王先生に連絡を取り池袋の喫茶店でお会いし、いろいろと話をお聞きした。王先生は当時、明治大学の教授であったが、東京外国語大学でも台湾語を教えておられたので、当時巣鴨に住んでいた私は東京外語でもぐりの学生として台湾語の勉強をさせてただくことにした(東京外国語大学は2000年までは北区西ヶ原にあった)。王先生に教えていただいた時間は半年くらいだったかと思う。
その頃、毎日新聞の読者欄に「中国、中国と中国熱に浮かされているが台湾のことを忘れてはならない」という趣旨の投稿をしたところ掲載された(当時、林三郎という硬派の方が論説委員をしておられ、その限りで毎日新聞はまともであった)。これを見られた王先生から、「投書ありがとうございます。ついては今度デモを計画しているので是非参加してほしい。」といわれ「えっ」とびびってしまった。
左翼活動ではなくてもデモはデモ、「それは就職活動に響くので、でられない」と思ったが、なにせ当時の私の年齢は20代前半、断るだけの度胸も知恵もない。それで台湾語の授業にいくのを無断でやめ、王先生の下を去ってしまった。
今思えば断ることはしても王先生の下を去る必要はなかった。バツが悪いのは我慢し、「デモには行けませんが他のできることはします」とお伝えすればよかったのだ。
就職をし、地方や外国にいっていたが、東京に戻ったとき、王先生が亡くなられたことを知った。無断で王先生の下を去ったことを詫びる機会はもうなくなってしまっていた。
米華、日華国交断絶で台湾の命運は尽きるかと思われたが、台湾は頑張っている。いまこそ台湾独立に向けて微力ながら行動すべきで、これからはできることはすると決意し、「台湾研究フォーラム」に入会させていただいたり、デモに参加したりもしてきた。
そしていろいろな方と知り合い、王先生のご家族ともご縁ができ、ご家族の皆様には謝罪ができた。
この度、王育徳先生紀念館が開館したことは、私にとって王先生へのお詫びと、台湾独立を祈り続ける私の気持ちの報告をする機会があらためてできたことを意味する。今から記念館を訪問するのが楽しみである。
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