迫田 勝敏(ジャーナリスト)
「我們贏了(ウォーメンインラ=私たちは勝ったわ)!」。1月17日朝、いつもの店に新聞を買
いに行くとおばさんがそう言って右手を挙げた。いつもより盛り上がりに欠ける総統選だったが、
台湾初の女性総統の誕生はやはり台湾の多くの庶民を喜ばせた。加えて民進党は立法院でも初めて
第一党になった。逆に言えば戦後70年、台湾を統制してきた国民党がボロボロになり、崩壊の危機
とさえ言われるまさに新しい歴史の幕開けだ。
◆民進党・勝利の女神は周子瑜
民進党の最大の勝因は台湾人意識の拡大だろう。馬英九政権8年の傾中政策に対する不満、つま
り、多くの台湾人が中国に対して「ノー」を突き付けた結果が総統も立法院(国会)も民進党とい
う完全執政を生んだ。それを象徴するのが「周子瑜事件」だ。
韓国の芸能プロダクションに所属する台湾人の16歳の女性アイドル、周子瑜が、テレビ番組で中
華民国の小旗を振ったため「台独(台湾独立)主義だ」と中国のネットで批判され、芸能プロは中
国の出演予定がキャンセルされる大損害。そこで周子瑜が「私は中国人です。中国は一つです」
と、謝罪する画像を芸能プロが投票前夜、流した。
これを見た台湾の若者たちが怒り出した。「国旗を振っただけで台独とはなぜだ!」、「中国の
圧力だ!」。最後の選挙集会の演説で蔡英文がこのことに触れ、「台湾人の心を傷つけた」と発
言。圧勝するから投票するまでもないと思っていた若者たちが急遽、深夜バスで帰省し投票した。
その数50万人ともいわれる。若者は一般的には民進党支持が多いが、投票率は低い。だが今回は民
間のシンクタンクの調査では平均を上回った。周子瑜は結果的には蔡英文支持ムードを盛り上げ、
勝利の女神になった。
◆閉門羹(門前払い)
蔡英文と国民党の朱立倫の票差は300万票にもなる。「蔡英文狂勝」と見出しをつけた台湾紙も
あったが、一昨年の統一地方選挙と同様、民進党が勝ったというよりは国民党が自滅したという側
面も大きい。蔡英文は「準備は早いほうがいい」と昨年2月には党内予備選を実施し、公認候補に
なったが、国民党は「負け戦」とみて実力者は誰も出馬せず、「主力候補を引き出すため」と立候
補した洪秀柱を公認候補とせざるを得なかった。
その洪秀柱が中国との統一志向の「急統派」で、同日選挙の立法委員候補たちから「いっしょに
戦えない」とブーイング。10月に臨時党大会を開いて朱立倫に候補差し替えという荒療治。その朱
立倫は新北市長を休職しての参選で「本気度」に疑問符。しかも総統の馬英九とは不仲が囁かれ、
その馬英九は立法院長の王金平とも対立。世論調査で朱立倫の支持率は投票日直前まで蔡英文の半
分以下だった。長老の●伯村は公開の席で「政党票は新党へ。新党こそ正当な国民党だ」と呼びか
ける始末。馬英九は投票一週間前の国民党のデモの時に初めて朱立倫と並んで歩いただけ。党内が
四分五裂の状態で投票日を迎えた。
●=都の者が赤(カク)
これでは勝てるはずがない。選挙後の党主席選びも主力候補は出馬せず。立法院長の王金平の名
も挙がったが、汚職で側近が逮捕され消えた。これも誰かが仕掛けたとの噂が消えない。結局、ま
たぞろ洪秀柱が出て、対抗馬に本土派の黄敏恵が出馬、事実上、女の戦いになりそう。
敗戦の責任を取って行政院長が辞任したが、慰留のため院長宅に赴いた馬英九は門前払いを食
らった。立法委員の選挙看板に誰かが「馬英九全力支持」と書いたステッカーを貼り、その立法委
員候補が怒って、警察に犯人を捕まえろと訴えた。党内でそこまで馬英九は敬遠というか、嫌われ
ている。野党側からは国民党の辺縁化(泡沫化)を言う声さえ出ており、国民党最大の敗因は馬英
九という指摘もある。
◆「天然独」の現状維持
選挙結果を見て、一つ注目すべきことがある。台湾は中国との関係で中国と統一志向の国民党な
どは藍、独立志向の民進党などは緑に色分けしている。はっきり統一を言う新党は深藍、独立をい
う台湾団結連盟(台連)は深緑。その深緑、深藍がともに議席を得られず、台連は解散説も流れ
た。両極端が衰え、明確な統一でも、明確な独立でもない中道化。つまり両岸関係(中台関係)は
現状維持が大勢を占めた。
しかし選挙戦で民進党も国民党もともに「現状維持」を主張。違いは国民党が中台ともに「一つ
の中国」の下にあるという「九二共識」を基盤としているのに対し、民進党は九二共識を認めな
い。その民進党が立法委員選挙で大勝し、ヒマワリ学生運動から生まれた時代力量が第三党に躍り
出た。一つの中国を認めるかどうかで議席に大きな差ができたことになる。九二共識に「ノー」、
つまり中国に「ノー」という勢力が大幅に拡大したのである。
こうした時代力量支持の若者や周子瑜事件で帰省投票した若者たちの多くは「天然独」と呼ばれ
る。ほとんどの日本人が日本は独立国家で、自分が日本人であることに何の疑問も持たないよう
に、彼らも台湾が独立主権国家で、自分が台湾人であることに疑問を持たない。 こういう天然独
の現状維持が台湾の主流になりつつあるだけに民進党政権も九二共識を受け入れ、一つの中国の下
に入ることはありえない。それだけに完全執政になっても蔡英文は中国との対応にはかなりの覚悟
が必要だろう。(敬称略)
【「透視台湾」(Econo Taiwan 速報掲載)