【読者反響】台湾人が経験した苦渋の歴史

【読者反響】台湾人が経験した苦渋の歴史
【読者反響】台湾人が経験した苦渋の歴史

                  好田良弘

先日、テレビ朝日系列で月曜夜9時から放映している「TVタックル」に出演してい
た漫画家のやくみつる氏は、「国なんてものは施政者のために存在するものであり、
自分はそんなものを守るための犠牲になるのは真っ平御免で、仮に日本が中国領とな
るのならば、そこで生きて行きたい」という趣旨の発言をしていました。彼は、日本
が中国の植民地化されても、自分の日常生活に大きな変化は無い、と考えているので
しょう。

中国における言論統制並びに弾圧の事実が、広く周知されているにも関わらず、その
影響を大きく受けるあろう漫画家として生計を立てている「やく」氏がこの発言をし
ているのですから、中国人の政府による異民族への迫害、対日蔑視などの事実を全く
認識していないか、あるいは、聞いたことはあっても、意識の片隅にも残っていない
のでしょう。

こうした馬鹿げた発言が公共の電波に乗り、拡散してしまっているのが、我が国の恐
るべき現状ですが、私としては、そうした馬鹿げた考え方が拡散し、その犠牲になる
ことの方が真っ平御免です。残念ながら、言論の自由の尊重には、こうした馬鹿げた
発言の拡散という危険性が伴うことを認めざるを得ず、これに対抗するためには、情
報の受け手がその真贋を見極める眼力を養う必要があります。そのためにも、「何や
ら見当がつかない中に、中国人になっていた」、そして今でも、中国人扱いされるこ
とが少なくない、台湾人が経験した苦渋の歴史と、現代においても、現実に被ってい
る不利益について学び、これを拡散することは、非常に有益であると考えます。

以下原文

【日本語世代の台湾人】私の少女時代

 メルマガ「遥かなり台湾」より転載

昭和20年(1945年)8月15日までの50年間台湾は日本の植民地でした。台湾では日治時代と呼ばれていますが、この間台湾の人たちはどんな日本教育をうけていたのでしょうか。ある台日会の年配者は会誌に「私の少女時代」のタイトルで次のように投稿してくれていました。

日本教育を受けた年配者の方からなかなこのような体験を聞く機会はないのじゃないかと思い、皆さんに敢えて紹介する次第です。

●私の少女時代 林 翠華

 私の少女時代は、国民学校時代でした。
当時、台湾は日本の植民地で、台湾の子供たちは、日本側の厳格の中にも、十分愛のこもった教育を受けていました。

 私は昭和9年の台湾生まれで、7歳の時に、台湾人の通う国民学校に入学しました。
 登校後校庭に集合して朝会。先ず、宮城遥拝、ラジオ体操と校長訓話。
 最後に、一斉声を張り上げて、

一つ、私共は大日本帝国の臣民であります。
一つ、私共は御国の為に尽くします。
一つ、私共はどんな苦しい事でも成し遂げます。と、青少年奉條を唱えます。

済むと教室に戻り、修身時間です。修身は礼儀作法や身だしなみを習います。
天皇陛下御製の習得もこの時間です。御製の「新高の、山の麓の民草も、茂りまさると聞くぞ嬉しき」が印象的でした。

 昭和18年、10歳の私は4年生になりました。
 ちょうど世界二次戦争たけなわで、作文時間は、殆どが前線の兵隊さんに送る慰問文作りでした。
「身体に気をつけて、にくい英米をやっつけて下さい。」とか、
「山奥へ逃げた蒋介石、宋美齢を生捕りして下さい。」云々の、すさましい文句が主な内容でした。

 工作時間には、男の子はグライダー造り、女の子は千人針を縫います。そして、体育時間は防空演習でした。

 昭和19年、5年になった私は登下校の途中で、時々アメリカのB29に襲われました。

敵機来襲空襲警報のサイレンが鳴ったかと思うと、頭上にB29機が現れ、急直下して来たと、

見た途端、ダダダ・・・と機関銃で掃射。弾丸は頭や耳脇を通りぬけ、目の前の家壁や地面に吸い落ちます。命からがらです。授業時間は、空襲退避の仕方と防空演習になり、間もなく休校となりました。

 昭和20年は防空壕生活になり、8月に私は天皇陛下の無条件降伏宣言をラジオで聞きました。

ずっと長い間、生死を共にして来た日本人が間もなく日本国へ引き揚げて行きました。
なまなましい突如としてやって来た生き別れでした。

 翌年の昭和21年春、私は彰化高等女学校の入学試験に合格して、台湾人としての初めての中国属中学の第一期生になりましたが、学校の上級生がみんな日本語教育の日本語使いで、

日本教育伝統気質の中で、中国式中学時代を迎え、7月に中学側から暇をもらって、7月卒業の中国式に合う為に、卒業を半年延ばした国民学校の卒業式に出席したのです。そして、幼い私は何が何やら見当がつかない中に、中国人になっていて、いつの間にか日本人時代に休止符を打っていたのです。

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