【産経正論】習氏は米「格差」に示唆を得たか

【産経正論】習氏は米「格差」に示唆を得たか
【産経正論】習氏は米「格差」に示唆を得たか

      中国現代史研究家・鳥居民 

2012.2.20 産経新聞

 中国の次期指導者となる習近平国家副主席が、アメリカを正式訪問した。オバマ大統領、バイデン副大統領、パネッタ国防長官は習副主席に向かって、人権問題から不公正な経済慣行、大国の責任の問題までを問うた。習副主席の答えは、お定まりのものだった。

 ≪胡氏と比べ指導力の強さは?≫

 ほぼ1年前の昨年1月に、胡錦濤国家主席がアメリカを公式訪問している。その際、オバマ大統領は公式行事とは別に内輪の夕食会を催し、胡主席の本音を聞こうとした。ところが、何を尋ねても、胡主席からは、それこそ、共産党機関紙、人民日報の社説と変わりない答えが返ってきて、大統領をひどく失望させたのだという。

 胡主席はうかつなことが言えなかった。アメリカにおもねった、アメリカの言いなりになった、とソーシャルメディアで批判、非難され、党指導部内の強硬派につけ込まれる隙を与えてはならなかった。詰まるところ、胡主席は党内の国粋主義を錦の御旗にする強硬派を抑えることができるだけの強い指導力を持っていないのだ。

 習副主席はどうであろう。胡氏の後任の党総書記に選ばれる秋の共産党大会を前にして、習氏もまた、アメリカ政府首脳に妥協、譲歩したと非難されるようなことをしゃべれようはずがなかった。それはともかく、習氏もまた、胡氏のように、党指導部内では力の弱い指導者となるのであろうか。

 習氏は、アメリカ滞在中に評判となっている本を、誰からか贈呈されなかったのであろうか。「カミング・アパート」(ばらばらになってしまって)という本だ。

 この数十年間に、アメリカは、「豊かなアメリカ」と「貧しいアメリカ」に分断されてしまったと論述した研究書である。教育も、結婚も、職場も、住む場所も似通った、超エリートの僅かな一群がいる。その一方に、数多くの貧困な人々がいる。彼らは人間同士の繋(つな)がりの基本である家族、仕事、コミュニティー、信仰を失ってしまった人々なのだ、と保守系シンクタンクの研究員である著者のチャールズ・マレー氏は述べる。

 ≪中国の「貧富分化」は米以上≫

 誰もが知る通り、国民の99%と1%の間の大きな格差の問題はすでにアメリカの政治課題となっており、そこへ一石を投じた「カミング・アパート」は多くの人に取り上げられた。この重大な問題をいかに解決するか、その道筋を示すことは、アメリカのこの秋の大統領選挙の大きな主題になる。

 もし習氏がこの本を広げたのであれば、うなずいたはずだ。「貧富分化」がアメリカよりも大きいのは中国である。断裂社会となって、一方に金持ちを憎む「仇富」の強い感情があれば、もう一方の側に「嫌貧」の感情がある。そして、習副主席は、中国の大金持ちのその一団を現在は「既得利益集団」と呼ぶのだと独語しよう。昨日までは、ずばり「権貴集団」と陰で呼ばれてきた集団である。

 この1月初めに、「既得利益集団」を批判する主張が党機関紙の一つに掲載された。政治改革に背を向け、治安維持の予算を増やせばよいと高をくくってきた「既得利益集団」を指弾した論文だ。

 習氏が「カミング・アパート」を手にしたかどうかはともかく、彼は、自分が直接に管轄する機関の部下がその「既得利益集団」批判の主唱に参加していることを、先刻承知しているはずである。

 ここで、私が思い出すのは、5年前の2007年の前回、第17回の党大会が開かれた年のことである。その前年の06年秋、中国の党機関紙の一つに、「民主(主義)はよいものである」という呼びかけが登場し、評論家や学者による政治体制改革の論議が始まった。そして、少なからぬ人々が2期目の胡錦濤党総書記(国家主席と兼務)に改革への期待をかけた。

 ≪既得利益集団と対決できるか≫

 だが、胡氏は何もしなかった。党の権力を弱めることになる政治改革を行う力は、前にも記した通り、胡氏にはなかった。政治改革を唱えた温家宝首相は党内で孤立した。そして、党中央常務委員の1人が複数政党や三権分立など許しはしないと大見えを切った。

 そこで、前に戻る。第18回党大会を前にして、「既得利益集団」が政治改革を阻害してきたのだ、と正面切って批判する論文が現れた。「民主はよいものである」という上っ調子は消えている。「既得利益集団」とは、どんな連中なのか。論文が筆頭に挙げたのは、国有の独占企業の幹部であり、地方党・政府機関の幹部である。

 「民主はよいものである」と説かれた06〜07年を思い起こせば、アメリカとヨーロッパは好景気に酔い、どこよりも中国が潤った時代だった。だが、それから5年たち、「成長こそがすべてを解決する」と高唱した中国の夢のような時代は完全に終わった。さらに、中国全土で都市化に狂奔した地方政府の膨大な債務に立ち向かわなければならなくなるのは、習近平次期党総書記、その人である。

 習氏が「既得権益集団」と対決する勇気を持ち続けるよう期待するのは私ひとりではあるまい。(とりい たみ)

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