【片倉佳史】小さな小さな日台秘話─離ればなれになった父と娘

片倉佳史の台湾便りより転載

 以下の文章は私がツイッターのほうでアップした記事です。1回あたりの投稿が140文字と制限が
あるので、文章が細切れになっている印象を受けるかもしれませんが、ご了承ください。歴史に
よって離ればなれになってしまった父親と娘のストーリーです。このフユコおばさんは伝説・伝承
に詳しい方で、私もいろいろなお話をうかがっています。

*転載に当たって見出しは編集部で付したことをお断りします。(編集部)

               ☆    ☆    ☆

 プユマ族(卑南族・八社族)の暮らすウリブリブク(漢字表記は初鹿)集落。今回は部族の伝承
に詳しい「フユコ」おばさんを取材しました。お父様は青森出身の方で、引き揚げ時、娘を日本に
連れ帰ることを望んだそうです。

 しかし、フユコおばさんは集落内の名家の血筋。部族の長老たちに反対され、フユコおばさんは
台湾に留まることになりました。

 離ればなれになった父と娘は手紙のやりとりを続けていましたが、国民党独裁政権下、人々に出
国の自由はなく、フユコおばさんの日本行きはなかなか叶いませんでした。

 フユコおばさんがようやく日本行きの機会を手に入れた時、お父様はすでに天国に旅立たれた後
でした。この頃、フユコおばさんは何度も何度も手紙を書いていたそうですが、お父様からの手紙
は時々送られてくるだけ。それでもフユコおばさんは父からの手紙を待ち続けていたそうです。

 お父様は台湾から引き揚げ後、身寄りもなく、青森で極貧の生活を送っていたそうです。生涯独
身を貫き、台湾時代の話をすることも皆無だったそうです。その後、老人ホームに入り、病に罹っ
たと言います。

 お父様が台湾を訪れることは一度もありませんでしたが、病床ではフユコおばさんからの手紙を
何度も読み返していたそうです。そして、しわくちゃになった手紙を握りしめ、孤独な死を遂げた
そうです。

「フユコは漢字で書けば冬子。暖かい台湾で冬子なんておかしいでしょう? これはお父さんが青
森の雪景色を思って付けてくれた名前なの。大切な名前よ」

 今、フユコおばさんは「お父さんが寂しくないように」と部族伝統の花を用いた帽子の中に遺影
を置き、毎朝、話しかけているそうです。知られざる、小さな小さな日台秘話。

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