【夢こそが戦略だ】宇宙・日本の新成長戦略かくあるべし

【夢こそが戦略だ】宇宙・日本の新成長戦略かくあるべし
【夢こそが戦略だ】宇宙・日本の新成長戦略かくあるべし
                              菊地 英宏

    菊地 英宏 山口多聞記念国際戦略研究所代表・首席上級研究員 工学博士

今年も8月15日がやってくる。1945年8月15日、日本は夢を失った。
その後の日本は経済的な夢は持ったかもしれない。しかし、経済的な夢と本当の夢は違う。
私は、自分にもし子供がいて、「金持ちになる」と夢を書いてきたら悲しく思う。とがめはしないが、
これが、自分の背中を見た子供の夢かと思うと悲しく思う。そしてそれは、ごく普通の事だと思う。
私たちが大先輩たちに突き付けたのはそういうことなのだ。所得倍増と言えば聞こえは良いが、短冊に
「金持ちになる」
と夢を書かれた親の背中は泣いていたはずだ。

民族は、国家は夢を持たねばならない。それがなければ生きていけない。しかし、それは、
「金持ちになる」
といった次元の低い夢であってはならない。

「独立する。」「自由と民主主義の旗手となる。」「アジア解放を実現する。」「人種差別を一掃する。」

勿論、夢だけではご飯は食べられない。このため、どんな夢も、実利とセット販売である。例えば、
「自由と民主主義の旗手となる」も、基軸通貨を握るという裏の夢とセット販売である。

しかし、大事なことがある。歴史上成功したどんな国家や民族の夢も、
「民族の物語に組み入れられる高尚さ」と「国民が命を懸ける崇高さ」に満ち溢れているということだ。

「金持ちになる」という夢はどうか。

論評するまでもない。日本は短冊に親を悲しませる夢を書いてしまった。では、
今から日本はどうすればよいのか。夢はどこにあるのか。

夢はいつでもフロンティアにある。

これは、不変の真理である。未開拓の地には夢が眠っている。どんな時も不変の真理や基本に立ち返れば、
我々は答えを得ることができる。
今の、世界で、フロンティアはどこか。
宇宙である。巨大な海軍機動部隊も、原潜部隊も、ステルス機部隊も全て宇宙からの信号で駆動される。

これから、大国が雌雄を決する舞台は宇宙となる。衛星を、宇宙基地を速やかにおさえ、
情報の流れをおさえた国が勝利を手にする。

だから日本は宇宙に行かなければならない。大義名分はある。食糧問題、資源問題、エネルギー問題、
地球観測、全ての解決策が宇宙にある。

宇宙空間こそが人類に、日本に残された巨大なフロンティアであり、夢なのだ。

私たちは今こそ夢を持ち立ち上がらなければならない。明治期の日本が独立と、
アジア解放を旗印に立ち上がったように、人類の課題に立ち向かうために日本は宇宙に行く。

それこそが国家としての夢であり、国家としての物語であり、日本の生きる道なのだ。

これからは、

「金持ちになる」

ではなく、

「宇宙に行き真の世界平和を実現する」

を夢にしよう。そうすれば、日本人の夢は世界の夢となる。ナンバーワンとしての日本が
帰ってくるとは言わないが、世界から応援される夢を持つことができれば、日本は強くなる。

宇宙空間の巨大なソーラーパネルは昼夜を問わず発電を可能とし、将来的には水素が核融合の材料として
注目されるだろう。レアメタルの月での採掘が可能となりと夢は尽きない。
地球規模の問題に対するアクセスは宇宙に対するアクセスが不可欠である。

そして、重要なことは、大義名分だけでなく、宇宙は、日本に巨大な軍事情報ネットワークを与えてくれる。

宇宙というフロンティアで勝利すれば、日本は再び列強となることができるのだ。

そうすれば、我々のやり方を貫けばよい。
「搾取ではなく、共生を、対立ではなく和解を、分割ではなく、統一を」
日本は過去そうやって生きてきた。不幸なことに、その正しさが、逆手にとられた時期がある。

しかし、今や、宇宙から、強い日本は帰ってくるのだ。

日本は過去の歴史から学んだプラグマティズムを、もともと内包する強く正しき日本と融合することによって
逞しく復活できるのだ。

指導者よ。今こそ、強く、理想を語れ、夢を語れ、そしてそれは、戦略的で民衆を鼓舞するものであり、
同時に不変の真理でなければならない。

日本は正しく生きてきたではないか。搾取ではなく、共生を目指し、対立ではなく和解を目指し、
分割ではなく統一を目指して流れた多くの血を、命を今こそ振り返ろう。

彼らに応えるためにも、日本は
「金持ちになる」
等という悪徳ではなく
「宇宙に行き、真の世界平和を守る」
という崇高な理想に生きなければならない。

日本は命をかけるに値する国家であったし、これからもそうあらねばならない。

ここで、日本が如何に偉大で夢の為に命を懸けるに値する国家であるか書く。
1910年4月15日は、第六潜水艇がガソリン航行試験中に沈没し、佐久間艇長以下14名全員が
殉職した日である。
殉職した乗組員は、一部を除いて持ち場で任務を全うし、殉職しており、残る一部の乗組員も
パイプの破断箇所の修繕に最後まで力を振り絞って息絶えていた。

ガスが充満する艇内で佐久間艇長は明治天皇に艇の喪失と部下の死を謝罪し、
この事故が潜水艇発展の妨げにならないことを願い、事故原因の分析までしている。

技術とは左様なものなのだ。夢とは左様なものなのだ。国家とは左様なものなのだ。

いかなる犠牲を払おうとも、夢の実現のために、技術の実現のために国家は鳴動し進んでいく。

この佐久間艇長以下、14名の思いを、歴史上に連なる、日本に命を捧げたすべての先人達の思いを知ってなお、
「夢は金持ちになることだ」
と言えるだろうか。

この世の中、自分の命より大切なものはあるか。

もちろんある。それは愛する人の命であり、それを育んだ国家の命であり、その国家を支える夢である。

その不変の真理を、知っていたからこそ、多くの荒鷲達が、若人達が、その命をアジア解放のために散らした。

彼らは、愛する人の命のために、それを育んだ国家の命の為に、それを支える国家の夢の為に殉じていったのだ。

1945年の8月15日をもって国家が断絶したわけではない。我々はその日を境に夢を見ることを忘れ、
国家の価値を忘れたのだ。

それでも、国家に殉じた人々はいる。

平成11年11月22日、T33練習機に乗った二人の優秀な空自パイロットが逝った。彼らは、
最後までエンジントラブルを抱えた機を操縦して、住宅地に被害のない位置まで誘導した後、
2度目のベイルアウト宣言して逝った。二度目のベイルアウト宣言は、そしてベイルアウトは、
射出シートの整備員に対して、自分たちの死が決して、その整備不良にあるのではないことを
示すために行ったと言われている。最後まで仲間を気遣った、立派で誇りある死である。

彼らにとっては今の日本も十分に誇りある、夢のある日本なのだ。

私はそんな彼らを誇りに思う。

同志諸兄、彼らの尊き背中を追おう。夢を追おう。そこには日本がある。

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