菊地英宏(山口多聞記念国際戦略研究所代表・首席上級研究員 工学博士)
ミッドウェーで一人の海軍少将が艦と運命をともにした。
その名は山口多聞。米国で最も恐れられた提督である。
早くから航空主兵、機動部隊輪形陣を提唱し、航空戦を知り尽くした提督であった。
彼は、拙速を尊ぶ空母航空戦を理解しており、敵空母出現の報に接して、南雲司令部に、爆装のままの全機発進を進言して拒絶されている。
彼の懸念は的中して、敵空母を発艦したドーントレス急降下爆撃機の爆弾が命中して、南雲機動部隊の三隻の空母は被弾炎上した。残るは山口多聞座乗の飛龍ただ一隻。
対するはスプルーアンス率いる無傷の米国空母三隻。
ここで山口多聞は、司令部に打電している。
我、今より航空戦の指揮を執る
山口は直ちに被弾炎上中の三隻の空母を後方に回し、付随艦隊に援護するように命じている。
同時に、直掩機を収容し、これを含めた攻撃隊を空母ヨークタウンにぶつけた。
攻撃は二度に渡り、苛烈を極め、ついにヨークタウンを撃破した。
しかし、戦闘配食にした直後、ドーントレス急降下爆撃機に襲われ、飛龍は被弾炎上、提督自ら、決死の消火活動の指揮を執ったものの最終的に、加来艦長とともに艦と運命をともにしている。
諸説あるが、山口は責任を取るのは自分と決めていたと思う。
それは負傷したパイロットに二度目の出撃を命じた時、俺も後から行くと言ったことから推察できる。
想うに山口には分かっていたのだ。少なくとも空母三隻を失うこの戦、この上第一機動部隊司令官の南雲の首まで与えれば、帝国海軍が終わることを。
その上で、山口は米国空母を撃破する数少ない可能性に賭けた。死中に活を見出した。結果彼は逝ったが、彼の凄まじい護国の精神は、今でも神州日本を護っている。
前任者の判断ミスによるダメージを引き継いだことは安倍首相と良く似ている。
だが、彼ならば、憲法改正も、TPP阻止も、再軍備も、核武装も始めからできないとは言わなかったと思う。
何があろうとも決死の覚悟で挑みかかったに違いない。
米国が恐れたのは、そんな彼なのだ。
山本五十六元帥が倒れたとき、米国では、こんなことが言われたと言う。
これで日本海軍は終わった。山本の後を継ぐべき山口は既に死んでいる。
米国から見たとき、戦機を敏に見て決死の覚悟で臨む山口程恐ろしい相手はいなかったと思う。
山口は米国にとって決して物分かりの良い相手ではなかった。
安倍首相はどうか、物分かりの良いお客さんになっていないか。
政治の世界には毒饅頭と言う言葉がある。これを食べたものは生きながら腐っていく。
安倍首相は参院選で大勝した選挙区のほとんどで自民党がTPPに反対していることも、支持の大半が、特亜への屈辱外交への反対票だと言うことを重く受け止めるべきである。
でなければ、安倍首相は生きながら腐る。
俗な話し、農協と医者の合わせ技で第一次安倍内閣は潰れた。
農協と医者は現政権の敵ではない。敵は、憲法九条とその支持者である。
間違えて対立軸を定めるほど自滅的なことはない。
グローバリズムは本当に日本の成長戦略なのか。本筋からそれるので、簡単に述べるが、ゼロや、無限大といった極端な値が最適値を採るシステムはあまり存在しない。経済はどうか。
関税が無限大なのもゼロなのも両極端である。好ましくない。参入障壁は適度にあった方が良い。参入障壁を極端に削ったEUが今成功しているか、安倍首相は是非参考にしてもらいたい。
極端な供給過多とデフレを招かないためにも是非高度な判断をお願いしたい。
政府は過度な規制緩和ではなく、国家の夢を造り、そのために注力分野を強力にアシストし、成果を挙げることを目指すべきである。
重ねて書くが本当の敵を見誤ってはならない。農協も医者も日本の本当の癌ではない。
日本の本当の癌は日本人でありながら、もしくは日本に住みながら、弱い日本を利益とする連中である。第2次安倍内閣は、このような魑魅魍魎との対決に神経を使うべきである。
不用意に、農協と医者を敵に回せば、第一次安倍内閣と同じことが起きる。
かつて、マキャベリは言った。
分割して統治せよ。
敵は分断し、大きくしてはならないとの戒めである。安倍首相は、主敵以外との対決を極力避けるべきである。
今、全力を挙げるべきは、ミッドウェー島の攻略に非ず。スプルーアンス率いる米機動部隊の殲滅である。そこを間違えてはならない。
敵の機動部隊、主力は憲法九条とその取り巻きである。
さらに言う、オバマ大統領は本当に安倍総理の味方なのか。毒饅頭を食わせようとはしていないか。靖国神社を参拝することにストップをかけたり、TPPに巻き込んだり、オバマ大統領は安倍首相が支持者を失う政策がお好きなようである。
安倍首相は矛盾するようだがオバマ大統領を「疑う」必要はない。適宜、抵抗勢力の力を言い訳にして、彼の要求を通さなければいいだけである。
読者の中には、結果として相手が抜き身を見せたらどうするかと心配する人がいるかもしれない。しかし、同盟国に抜き身を見せたことが公になれば、オバマの政治生命も支持者の政治生命も終わる。
何も安倍総理は自身で何かする必要はない。親米派を目障りと思う連中に獲物を与えれば良いだけである。抜き身を見せたオバマは三流紙の餌食になるだろう。
日本がアメリカの要求通りに日英同盟を4か国条約にしてしまった失敗から学ぶならば、怪しげな相手の言うことはのらりくらりとかわすことである。
山口提督の御子息宗敏氏の父・山口多聞から、山口提督の妻への手紙を引用する。
「前略
僕は貴女が恋しくてなりませんが、決して公務は欠かす事なく、全力を尽くして、奮闘して居ます。
中略
貴女もどうぞ如何に心を尽くして呉れても、武士の妻ですから毅然たる処を中に蔵して、体も気も病まないように切望する次第です。
昭和九年十一月二十九日夜 孝子さんの好きな人より
私の一番好きな人へ」
おそらく、山口提督が死を覚悟したとき脳裏を過ったのは、この最愛の妻と子供たちの事であるに違いない。山口提督は家族を愛するがゆえに、その家族を育んでくれた日本という国家に殉じた。
安倍首相は、本当の味方と、そうでないものを見分け、日本国の為に左様に生きてもらいたい。
同志諸兄、最愛の人を愛するように国を愛そう。そこには永遠がある。