【台湾紀行】台湾の富士山

【台湾紀行】台湾の富士山
【台湾紀行】台湾の富士山

                             西 豊穣

このゴールデン・ウィーク中、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)が、富士山を世界文化遺産に登録するよう勧告したとのニュースが日本中を駆け巡った。来月6月にプノンペンに於いて開催される世界遺産委員会にて、世界遺産一覧表への記載の可否が決定される。多くの日本人が希な吉事として喜んだことは想像に難くない。

このニュースを聴いた時に即座に思い出したのは、富士山ウォッチャーの第一人者とも謂うべき田代博氏が昨年上梓なされた『世界の「富士山」』(新日本出版社、2012年6月26日発行)である。と云うのも、田代氏が当該書の執筆時に、筆者自身台湾の富士山に関する写真等の情報を同氏に提供する機会に恵まれたからだ。

日本国内であろうが、海外であろうが、ご当地富士山は、「郷土富士」と総称される。『台湾の声』読者の中には若い方も多いはずで、郷土富士と言われてもピンと来ない方がいらっしゃるかもしれない。手前味噌で申し訳ないが、筆者の郷土、鹿児島は薩摩半島南端にある開門岳、二重火山(基部コニーデ型成層火山、上部トロイデ型溶岩ドーム)の秀麗な山容から薩摩富士と呼ばれる。大東亜戦争末期、陸軍特別攻撃隊知覧基地から飛び立った戦闘機がまず機首を開門岳に向け日本本土に別れを告げた場所だというのは良く知られている。判り易いご当地富士山の例である。

田代氏の『世界の「富士山」』は海外の郷土富士に特化したものだ。収録されている富士山は合計54座、これらの富士山の名付け親は、戦前、所謂「外地」に生活した日本人が中心である。戦前の狭義の外地とは、台湾を始め、樺太、関東州、朝鮮、南洋群島を指すが、広義には、満州、ハワイ、北・中・南米も含め、当時日本人社会が形成されていた地域を指していた。田代氏の収録は更に広く、中近東、ヨーロッパまでカバーなさっている。

『世界の「富士山」』では、台湾の富士山は7座が紹介されているが、この数は同書に収録された地域別では最も数が多い。それでも田代氏収録以外の富士山が存在しないものかどうか?調べてみた。するとまだまだ出て来て合計18座になったので驚いた。以下がこれまで筆者自身が調査した台湾富士山リストである。リストの順番は、台湾で通常用いられる、北から西海岸を南下した後東海岸を北上し台湾を一周する順番とした。

筆者はこのリストを一瞥した時、自身の余りの迂闊さに愕然としたものだ。実際はこれまで目にして来た台湾の富士山は多いはずだが、『世界の「富士山」』に出遭うまでそう意識して台湾の山々を登ったり愛(め)でたりして来なかったという方が正しい。

その好例が、台湾の最高峰、新高山(にいたかやま)=玉山主峰、当時「台湾富士」とも呼ばれていたことを『世界の「富士山」』で確認するまで知見が無かったという間抜け振り。新高山は見る角度により山容が大きく変化する山で、富士山とは異なり、山容そのものを固定したイメージで描き難い。日本には「富士山に二度登る馬鹿」という言葉がある。筆者は日本の富士山には二回登り、台湾のそれは三回、ウルトラ馬鹿の部類に入ろう。

[日本時代富士山名]、[現代台湾山名]、[標高(メートル)]、[行政区画] (1)小富士山、大尖山・陽明小富士、839 、新北市万里区
(2)淡水富士、占山・尖山、382 、新北市五股区
(3)平渓富士、薯榔尖、617 、新北市平渓区
(4)茄苳富士、(茄苳富士山)、279 、苗栗県三湾郷+南庄郷
(5)苗栗富士、双峰山、538 、苗栗県銅鑼郷
(6)台湾富士、加里山、2,220 、苗栗県南庄郷+泰安郷
(7)魚池富士、魚池尖・魚池富山、815 、南投県魚池郷
(8)荷戈(ホーゴー)富士、花岡山・花岡富士山、1,349 、南投県仁愛郷
(9)馬海僕(マヘボ)富士、麻平暮山、2,617 、南投県仁愛郷
(10)富士山、母安(ボアルン)山、1,528 、南投県仁愛郷
(11)礁渓富士、鵲子山・鴻子山・帽子山、679、宜蘭県礁渓郷
(12)台湾富士=新高山(にいたかやま)、玉山主峰、3,952、高雄市桃源区+嘉義県阿里山郷+南投県信義郷
(13)大分(ダーフン)富士、(大分富士山)、3,056 、高雄市桃源区+花蓮県卓渓郷
(14)牡丹富士、(牡丹富士山)、518 、屏東県獅子郷
(15)阿猴富士、井歩山、2,066 、屏東県霧台郷
(16)台東富士、都蘭山、1,190 、台東県東河郷
(17)猫公富士、八里湾山、924 、花蓮県豊浜郷
(18)富士岳、南崖山、2,810 、花蓮県万栄郷

以下、幾つかの台湾富士山をピックアップし若干の解説を加える:

(1)大台北の裏庭、陽明山国家公園内には夥しい古道が存在し、それらはよく整備されハイカーの便宜に供されている。そのような中の一本に、同公園内東端に「富士古道」があり、この古道を辿り大尖山に至る。同古道途中の大草原の平原も「富士坪」と称されている。

(3)台北市内から淡水河口左岸方面を望むと、正に観音様の上半身が仰臥している様を彷彿させる非常に目立つ山塊が起立しており、観音山として台北市民に親しまれているが、淡水富士はその山塊の一部である。

(4)「茄苳」の和名は「アカギ」、又は「カトウ」、南方系の常緑高木で、日本では小笠原諸島、南西諸島に分布、成長が恐ろしく速いのが特徴、短期間で巨木になる。台湾原生林中で普通に目撃出来る。

(6)加里山は、台湾有数の一葉蘭の自生地で、四月の開花の時期は登山者で賑わう。本来、一葉蘭は台湾特産と看做され(今でもそう解説している台湾サイトあり)、自生地としては阿里山が有名だったが、現在は両者とも賛同し辛い状況になりつつある。筆者自身、中国安徽省の山中で野生の一葉蘭を目撃したことがあるし、逆に阿里山では移植したものしか出遭えていない。

(7)日月潭北岸に標高800メートル程度の小さな山塊が南北に三つ並んでいるが、魚池富士は一番北側の山塊で、北側山麓が魚池市街地になる。当該山は魚池郷郷公所の裏側に控え、同役所脇から整備された登山道が付いている。健脚であれば半時間程度で登頂可能、恐らく台湾で最も簡便に登頂出来る富士山である。特記すべきは、それらのことではない。その三角錐状の山の底辺中央部に合わせ、郷公所正面が開いているが、その奥に古い階段が覗いており、そこを登れば、福寿宮と呼ばれる廟がある。その正門の両脇には日本時代の灯篭が金網で保護されている。つまり日本時代、日本人はこの富士山の正面真下に神社を作っていたのだ。

(8)(9)(10)ホーゴー、マヘボ、ボアルンは霧社事件に関連したセデック族集落名である。花岡富士は同地で自決した花岡一郎・二郎に因む。マヘボ富士はモーナ・ルダオの自決地。同山はその霧社と「台湾のスイス」清境農場を結ぶ中横(中央横貫公路霧社支線)沿線から良く見え、日本人なら一発で特定出来る山容を擁する。ボアルン社は日本時代は「富士社」と呼ばれていた。現在は、盧山と改名、同社に属する渓谷底は台湾有数の温泉街を形成している。日本時代の「富士温泉」が引き継がれたものだ。母安山の頂上には通信施設がある為、登山不要。花岡富士には立派な登山道が整備され往復2時間程度で登頂可能、マヘボ富士も登山対象だが一日掛り。尚、以前『台湾の声』に寄稿した「能高山越嶺古道」沿線上に、「富士見駐在所」跡を現在でも確認出来る。この場合の富士はマヘボ富士のことである。

(11)礁渓富士は、前回寄稿した『淡蘭古道(下)』の中で紹介した「跑馬古道」沿線に控え、この山への登頂と古道歩きを組み合わせるハイカーも多い。

(13)ダーフンは「大分」以外にも「塔芬」、「達芬」等の漢音訳あり。最後の帰順蕃と称されたブヌン族ラホアレの出身集落名。ダーフン富士は、台湾山岳開拓のパイオニアの一人である沼井鉄太郎の命名。同氏は他にも、台湾第二の高峰「次高山(つぎたかやま)」(現雪山、標高3,886メートル)を含む雪山山脈主脈を「聖稜線」と命名、恐らく聖稜線の名は台湾岳人の間では永遠に引き継がれる。

(15)「阿猴」は「屏東」の古名、1920年(大正9年)、屏東に変更。井歩山は、マヘボ富士と同じく日本人なら誰でも即座に富士山を想起出来る山容、しかも天気に恵まれれば高雄市街から望める。南から南大武山、北大武山、霧頭山、井歩山と並び台湾中央山脈最南端三千メートル稜線を形成している。筆者自身は同山に登ったことがあるにも拘わらず、又、何時も本当に富士山に似ているなあと思いつつ、つい最近まで阿猴富士の異名を持つことを知らなかった。同山東側山麓にはルカイ族の伝統居住地。

(16)只でさえ狭隘な台湾東海岸平野部を更に狭隘なものにしているのは、花蓮市と台東市の間を結ぶ海岸山脈である。都蘭山はその海岸山脈の最南端に位置する。台東市を貫く卑南渓両岸の平野部から急激に立ち上がるので誰でも識別出来る。但し、富士山を想起出来るかどうか?は別な話。プユマ族の聖山、頂上往復約4時間の極めて快適な登山道が整備されている。

最後に。。。直に日清戦争・下関条約から百二十年、大東亜戦後も七十年になろうとしているが、今回紹介した台湾の富士山の由来を台湾のネット上で確認すると、山行記録を始め種々の情報に容易に行き当たる。今後とも両国の関係が良好な限りは、これらの富士の異名を冠した山名は百年でも二百年でも台湾で生き残りそうだ。台湾富士山を巡る旅を企図されるような読者が出てこられれば幸いである。(終り)

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