【傳田晴久の臺灣通信】「馬祖の旅」(2):媽祖様

【傳田晴久の臺灣通信】「馬祖の旅」(2):媽祖様
【傳田晴久の臺灣通信】「馬祖の旅」(2):媽祖様

                  傳田晴久

1. はじめに

「馬祖の旅」報告の第二弾は媽祖様のお話です。

前回、媽祖様が海難の父と兄を救うために海に身を投じ亡くなり、その遺体が馬祖の澳

口に漂着し、村民が手厚く葬ったという話を紹介しました。媽祖様を祀る廟が中華圏を中心

に全世界に5,000か所あると言われ、その中の2,000は台湾にあると言います(読売新聞)。

人口2,300萬人、広さは九州程の地域に全世界の媽祖廟の40%があるということは大変なこ

とです。台湾と媽祖様は切っても切れないご縁があるということでしょう。

2.馬祖島での言い伝え

馬祖列島の南竿島には馬祖境天后宮(馬祖にある

媽祖廟)があり、そのパンフレットには次のような伝説が

紹介されています。

媽祖は宋の太祖建隆元年(西暦960年)農暦3月

23日に生まれ、宋の太祖雍煕4年(西暦987年)に亡くな

った。祖先は唐代の林牧まで遡ることが出来、父の林愿

は都の巡検に任じたことがある。父は王氏を娶り、人

々のために優しくし、徳を積んだ。ある夜、王氏は南海

の観音様の夢を見、優鉢花(注:3000年に一度咲く花

で、その時如来様が世に現れるという)を賜り、間もなく

子を宿した。身籠って14か月して子を産んだが、満

1ヶ月になるまで泣き声を聞いたことがないので、「黙」と

名付けた。十歳になると「観音経」を諳(そら)んじ、神仏

との縁が出来た。13歳の時、道行く道士の教えを受け、

玄微妙法を授けられ、道教の経典に精通するようにな

った。16歳の時、井の中から神仙の「銅符」を得た。これ

により道理に通じ、人の禍福を予知でき、村の災難をな

くし、厄払いをし、災難に遭った人々に慈悲を与えた。

しかる後、全ての運搬船が風波に遭い、天に向かって

祈ると、時々紅い衣を翻しながら船の舳先に立ち、あるいは神燈をともし、あるいは紅の光

を現わし、蝶雀を遣わして航海を護り、険しい状況を安全にしないことはない。人々は尊敬

の念を持って「媽祖」と呼んだ。

この伝説で媽祖様が尊敬されていることは分かりますが、もう一つの伝説をご覧くださ

3. もう一つの媽祖様のお話

数年前、中国語を勉強していた時、副教科書に「海上的女神―媽祖」というのがありまし

た。改めて読むと次のように書かれています。少々長いのですが・・・・。

「媽祖(まそ)」は中国東南沿海一帯の伝説上の、海を守る女神で、俗に「媽祖婆」と言

う。旧暦3月23日は媽祖の誕生日で、各地にある媽祖廟では盛大なお祭りが開催される。

人々は皆、媽祖は船の航行の安全を守ってくれる女神であると信じており、この種の信仰

は特に台湾では普遍的である。媽祖は、もともとはひとりの親孝行な娘であったが、後に神

様になったのである。

1,000年以上昔、福建省の莆田近くの海辺に海を生業とする林と言う商人がいた。3月

23日一家の人々が大部屋に集まり、子供が生まれるのを今か今かと待っていた。突然一条

の赤い光線が窓口から差し込み、部屋を赤く照らすと、引き続いて不思議な良い匂いが立

ち込め、皆は大いに驚き、訝しく思った。この時、産婆がにこにこと笑いながら飛び出してき

て、「おめでとうございます、旦那さま、奥様がまるまるとした女の子を生みましたよ」、赤子

が生れ落ちる時のあの泣き声を、耳をそばだてて待ちわびていた旦那様は大急ぎで部屋

に入りながら、「しかし、どうして赤ん坊の産声が聞こえないのだろうか?」と聞きました。

この色白のまるまるとした女の赤ちゃんは、普通の赤ちゃんが生まれてすぐ泣くのに、

1日中口元をゆがめて人を見ると笑いかけるので、林家の人々は皆その子をかわいがりま

した。生後の1か月間、この女の赤ちゃんの泣き声を聞いたものがなく、林旦那様は「この子

には『黙娘』(モーニアン)と名付けよう」と言った。

黙娘は8歳の時私塾に行き学んだ。この子は大変親孝行で、気立てが優しく、大変聡明

だった。彼女はまた線香を上げ、仏様を拝むのが好きで、何時も家の仏像に向かって手を

合わせ、礼儀正しく跪いて祈りました。

黙娘の父と兄は常々船に乗り、外地に商売に出かけていた。海上の波風は極めて凶悪

で、毎回彼らが海へ出る時家人は暴風に遭わないように、一日も早く無事に帰ってほしいと

願っていました。このような時には、黙娘は何時も静かに仏前に跪き父と兄の無事を祈るの

林家の両隣の家は黙娘の父兄と同様何時も海上を航行している。ある日天候が悪化

し、海は大荒れになったことがあったが、その時黙娘は密かに提灯を持って外に出た。彼

女は海辺の小高い丘に立ち、海上の船のために提灯を高く掲げて明かりとした。それは仄

かなきらきらとした明かりであったが、暗闇の空模様の中、はるか遠くの船もそれを見ること

が出来た。大風の中翻弄される船はこの明かりを見ると直ちにはっきりと方向がわかり、心

に平安と温かみを感じ、安全に危難から逃れることが出来た。

或る長雨の続く日、父と兄は再び航海に出た。黙娘は彼らの安全を気遣っていたが、突

然外で人々が大声で叫ぶのを聞いた。「ダメだ、海は大時化で、船が沈んだ!」

黙娘はそれを聞くと大いに気をもみ、「父と兄はきっと危険な目に会っているに違いな

い、如何しよう?」と思った。彼女は急いで、仏像の前に跪き、頭を垂れて祈った。「父と兄

を救うことが出来るなら、私の命は犠牲になっても構いません。お願いします!」

お祈りをしている正にその時、突然黙娘は地面に倒れ込み、微動だにしなくなった。母

親はあわてて駆け寄り、彼女の体を擦ったが、すぐに大声で叫んだ。「あぁ、冷たくなってい

る、駄目だ、黙娘は死んでしまった!」母親はこらえきれずに泣きながら「黙娘や、死んでは

だめ、生き返って!」と大声をあげながら、彼女の冷たくなった体を揺り動かした。

黙娘の母親は声が出なくなるほど泣いた。突然黙娘のぴったりと閉じた口がなんと「あ

ぁ」と一声あげて開いた。「気が付いた!気が付いた!」と黙娘の母親は驚き、喜んだ。し

ばらくすると、黙娘は永い眠りから目覚め、目を開き、手足もまた冷たくなくなっていた。「あ

ぁ嬉しや!黙娘、お前は母を驚かして!」母親は喜び、泣き、また笑った。しかし、黙娘は

頭を垂れて涙を流し、一言も話さなかった。

この時、黙娘の兄は全身びしょ濡れになって帰って来た。彼は目を真っ赤にし、息を弾

ませて言った。「お母さん、父は海の波にのまれてしまった。」話し終わらないうちに母親は

大声で泣きだした。兄はまた「自分と父は海で大時化に遭い、船はひっくり返り、我々は皆

海に投げ出されたが、突然一人の女の子が現れ、彼女は両手で私をしっかりとつかみ、口

で父親の腰帯を咬み、舞い上がった。しかし、途中でどういう訳か父は再び海に落ちてしま

った。自分は父が海に落ちるのを見たが、すぐに気を失ってしまった。気が付くと自分は岸

辺に横たわっていたが、父親は見つけられなかった。」

黙娘はこの時になって初めて弱々しく母親に言った。「お母さん、あの父と兄を救った女

の子は自分です。私はもともと父の腰帯をしっかり咬んでいたが、あなたが私の名前をず

っと呼ぶので、あなたが私を心配しているのに耐えられず、思わず口を開いて一声答えて

しまいました。そして父は海に落ちてしまいました。」母親と兄はそれを聞いて非常に驚き、

彼らは黙娘の髪、手足、衣服を擦るとやはり風雨の中を戻ってきた兄と同様びっしょりと濡

果たして黙娘の親孝行の心はお釈迦様を感動させ、彼女に神の力を与え、彼女の霊魂

を体から抜け出させ、大海原を飛び、父と兄の命を救いに行かせた。彼女の為したことは素

早く近隣の村々に伝わり、人々は皆彼女が海神の化身であることを悟った。

黙娘は成長してから、後家を通す母親に付き添う肉親が

居らず、生活が非常にさびしいので、彼女はずっと嫁ごうとは

しなかった。彼女は小さい時から喜んで香をたき、仏を拝ん

でいるので、母親に付き添う傍ら仏法の研究にも勤しんだ。

彼女が28歳になった時、天に召された。ある人は彼女が紅い

服を着て、ゆっくりと天空を舞っていくのを見たという。

その後、数多の船が海上で大風大波に遭遇した時、人

々は直ぐに一人の紅い衣服をまとった女神が現れ、揺れ動く

船の舳先に立ち、船を導くのを見たと言います。人々は、皆

それは黙娘が密かに保護して呉れていると言い、彼女を海

の守護神として崇め、廟を立てて彼女を祀り、彼女を敬意を

こめて「媽祖」、あるいは「天后」と呼びました。

4. 媽祖様とは・・・・

長々と引用しましたのは、黙娘がなぜ神様になり、多くの

人々に尊敬、敬愛されるかを考えてみたかったからです。

この伝説から、黙娘は生まれた時から普通の子ではなか

ったこと、子供の時から信仰心篤かったこと、大変な体験をしていることが分かります。彼女

は肉親を救うために自らの命を神仏に捧げました。お釈迦様の力を借りて霊魂は大海に飛

び、父と兄を救います。その時彼女は抜け殻、死んだようになり、母はそれを見て嘆き悲し

み、必死に黙娘を呼び戻そうとした。黙娘は母の叫び声に応えようとして、思わず口を開い

てしまいました。口にくわえていた父の腰ひもを放してしまい、父を助けることが出来なか

った。肉親を失った遺族は誰しも、助けられなかったことを悔やみ、自分を責めるものでは

ないでしょうか。母親はその後後家を通したとありますが、娘黙娘を生き返らせようとして呼

びかけた結果、ご主人を死なせてしまったという自責の念があったことでしょう。良かれと思

ってやったことが裏目に出てしまうという誠につらい体験です。悔やんでも悔やみきれない

体験です。その辛い、理不尽な体験から黙娘は母親から離れることなく、仏法の研究に勤

しみ、やがて天に召されていきました。

このような伝説は長い時間かかって、人々に語り継がれ、いろいろ脚色されながら広が

っていくのでしょう。媽祖様は、最初は航海の神様でしたが、やがて万能になり、あらゆる願

いを叶えて下さる神様になられたと言います。

5. おわりに

実は今回馬祖の南竿島にある「媽祖巨神像」について書くつもりでしたが、スペースが足り

なくなり、次回に回すことにしました。媽祖については今までに色々な機会に話を聞き、媽

祖廟をお参りし、媽祖像を拝観してきましたが、正直言ってそれほどの感慨を持ちませんで

したが、この度初めて「馬祖巨神像」を、拝むというより見上げると言った方がしっくりきます

が、見上げて電気に打たれるようなショックを受けました。その感慨については次回の「台

湾通信」で報告させていただきます。

改めて中文授業の教材「海上的女神―媽祖」を読み返し、授業の時には感じなかった想い

を記述し、次回の「媽祖巨神像」の前ふりといたします。

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