8月8日、NHK「JAPANデビュー」訴訟控訴審の第3回口頭弁論が東京高裁101号法
廷で開かれ、須藤典明裁判長は審理の終了を告げ、11月28日(木)午後4時に判決を言い渡すと宣した。
第3回口頭弁論を前に、東京高裁からの求めに応じ、小田村四郎・本会会長をはじめとす
る42名の控訴人の訴訟代理人である高池勝彦弁護団長らは高許月妹さんの人権侵害につい
て法的に説明した「準備書面」を8月1日付で提出している。
一方のNHK側も、番組の編集は放送事業者の自律的判断に委ねられていて「番組で使
用する言葉を、取材対象者に逐一説明することは不可能」だから「説明義務が課されるも
のではない」とする「準備書面」を8月1日付で提出している。
第3回口頭弁論では、尾崎幸廣弁護士が「準備書面」の内容を10分ほどで説明、ほぼ満席
となった傍聴席は静まり返って聞き入っていた。
尾崎弁護士は高許月妹さんの人権侵害について、憲法第13条が新しい権利としてプライ
バシーの権利を認め、近年では自己の情報をコントロールする権利として位置づけること
が通説となっていると述べ、次のように続けた。
<この自己情報コントロール権の権利内容の中に、自己の情報を全く異なる場面や趣旨の
ものとして公表されない権利が存在します。例えば自己の写真を何の関わりもない犯罪者
の写真として公表されるような場合です。これを本件に即して考えれば、「かなしい」と
の発言は、単に父親を懐かしんで哀惜する気持の表現に過ぎず「人間動物園」とは無関係
であるにもかかわらず、これについての発言として放送されたのが本件であります。控訴
人高許月妹は、取材を受けたときの映像や発言などの自己情報をコントロールする権利が
根底から否定されたのであり、人格的利益を侵害されたことは明らかなのであります。>
また、「人間動物園」と「見せ物」が全く次元の異なる概念であることも、次のように
舌鋒鋭く述べた。
<被控訴人は、「見せ物」と「人間動物園」は同じ範疇の概念であるかのように強弁して
いますが、それならパイワン族集合写真の字幕を「見せ物」とすればよかったのでありま
す。「見せ物」では平凡過ぎて番組の衝撃度が少ないから敢えて「人間動物園」としたと
ころに被控訴人の主張の破綻があります。>
<被控訴人は、控訴人高許月妹が父親の写真を見て笑いながら「かなしい」と述べたこと
を被控訴人は、一般視聴者が、控訴人高許月妹が父親が動物扱いされたことが「悲しい」
と述べたと理解するように狡猾な編集をしたのであります。……その趣旨を歪曲して一般
視聴者に伝えられたことを意味し、控訴人高許月妹に精神的打撃を与えるもので、すなわ
ち、控訴人高許月妹の自己情報コントロール権を侵害するものであります。>
これに対して須藤裁判長はNHK側に反論の意志を確認するも、NHK側は「これまで
述べてきたとおりですから」と、その意思がない旨を述べた。
そこで須藤裁判長は、高許月妹さんからは陳述書も出ていることだからわざわざ呼ぶ必
要がない旨を述べ、審理終了を促すような発言を行った。
すると、すかさず高池弁護団長は「高許月妹さんの日本語の能力の問題が一番重要で、
本人は『見せ物という説明はなかった』と言っていて、仮にNHK側が『見せ物』と言っ
ていたとしても、どの程度理解していたのかについて裁判所には本人に聞いていただきた
い」と要望した。
これに対して須藤裁判長は「合議もしましたが、戦後、日本語を使うこともなかったよ
うだし、それほど流暢にしゃべれないことは分かっている。NHKも流暢だったと主張し
ているわけではなく、『見せ物』の意味を分かったのかどうかについては、わざわざお出
でいただかなくても、その点の立証であれば裁判所はその必要性はそう高くないと考えて
いる。主張が尽きているのであれば、これで弁論を集結して判決期日を指定したい」と述
べ、高許月妹さんの証人申請を却下した。
この裁判長の発言に対して、今度は控訴人の一人である水島総(みずしま・さとる)日
本文化チャンネル桜代表が食いつき「本当に日本語ができるかどうかが一番大事で、私た
ちの取材で明らかなように、高許月妹さんはぜんぜん日本語がしゃべれない。もう一度、
取材テープを見てください」と改めて要望した。
これに対しても須藤裁判長は、「裁判所も(高許月妹さんの日本語が)自由でないこと
は分かっています。必要性の判断は裁判所の判断と申し上げたとおりです」と、やはり取
り合わなかった。取材テープを見たかどうかにも言及しない。
須藤裁判長は他に意見がないかを促すと、今度は荒木田修(あらきだ・おさむ)弁護士
が濱崎憲一ディレクターなどを証人申請していることを尋ねる。すると、これに対しても
「裁判所の一番の関心事は高許さんで、他の方たちは必要ないと考えています」と述べ、
明らかにこれ以上の審理は必要ないと言いたげな話しぶりだった。
やはり、これで審理は尽きたということで、須藤裁判長は弁論の終結を告げ、「11月28
日木曜日午後4時、この法廷で判決文の言い渡しをします」と宣したのだった。
その直後だった。荒木田弁護士はどうしても確認しておきたいという感じで「裁判長、
お尋ねしたいのですが、裁判官の方々は本件番組をご覧になっていますか」と質した。す
ると須藤裁判長は言下に「見てます」と答えた。ただし、リアルタイムではなく、提出さ
れた資料で見たという。
東京高裁における控訴審は3回の口頭弁論をもって終了した。やはり、裁判所の関心は高
許月妹さんの取材内容にあり、それが人権を侵害したかどうかに絞られたようだ。裁判所
は高許月妹さんの自己情報コントロール権についてどのように判断するのか、11月28日の
判決が楽しみだ。