タビュー記事を紹介した。インタビューした獨立媒體の駐韓特派員で台湾人ジャーナリストの楊虔
豪氏は引き続いて「時代力量」主席で、立法委員に当選した黄國昌氏にインタビューしている。
黄國昌氏は今回の選挙結果を冷静に分析し、選挙で示された民意とはなにか、中国国民党党に再
起はあるか、周子瑜事件の本質、ひまわり学生運動の影響などについて話している。また、時代力
量がめざす「新政治」と民進党との関係や台湾のTPP加盟問題に言及し、さらには法学者として
憲法改正の問題点の指摘は説得力に富む。
黄國昌氏はまた「われわれが持つ権力は国民から生じている。国民の声を代表して国会で政府を
理想的に監督することこそ、われわれの使命だ」と断言し、「今後の民進党政権が国民の期待に反
したり、権力濫用を行えば、時代力量は必ず国民側に立つ」とも明言している。
林飛帆氏に続き読み応えのあるインタビューだ。やはり長いインタビューだが、全文を紹介した
い。
なお、原題は「台湾政界の風雲児『時代力量』トップを直撃─『民進党とはケースバイケースの
関係に』」だったが、「黄國昌主席が語る台湾の民意と『時代力量』の使命」と改めて掲載するこ
とをお断りする。
台湾政界の風雲児「時代力量」トップを直撃─「民進党とはケースバイケースの関係に」
楊 虔豪(台湾人ジャーナリスト)
【東洋経済ONLINE:2016年1月29日】
http://toyokeizai.net/articles/-/102530
1月16日に実施された台湾総統・立法院(国会)選挙では、最大野党の民主進歩党(民進党)が
与党の中国国民党(国民党)を破り、政権交代を果たした。同時に、今回の選挙戦ではかつてない
動きが見られた。新興政党の活躍である。特に、「時代力量」「緑党社会民主党」といった設立し
て1年も満たない政党が影響力を高め、時代力量は立法院で5議席を獲得、緑党社会民主党連盟は議
席獲得はならなかったが、得票率では善戦、今後に希望を残した。
2月1日から始まる立法院では、この時代力量の動きが最も注目されている。同党の主席である黄
国昌氏(42)は、自らも選挙区選挙に出馬し国民党候補を破って当選。黄氏は台湾の最高学術機関
である中央研究院法律研究所の研究員を務め、2014年3月の「ひまわり学生運動」のリーダーたち
と関係が深く、ブレーン的役割を果たした人物だ。それ以前からも、市民たちの政治的行動に携
わってきた人物でもある。いま台湾政界で最も注目されている政治家が、今回の選挙や今後の台湾
政治についてどう考えているのか。
―― 今回の総統選挙と立法院選挙について、どう評価していますか。
全体的に見ると、有権者は投票によっていくつかのメッセージを送ったと思う。まず、馬英九政
権8年間の政治に対する不信任票だ。馬英九政権の動き、そして行政における権力濫用と失政に対
してだ。さらに、経済面での親中路線と政治面での中国との統一推進という動きに対しても、台湾
の有権者が投票によって強い不信感を示し、このような路線には反対だとはっきりと意思表明をし
たのだと思う。
◆今回の選挙は民主政治の深化、政治への希望だ
民進党の蔡英文候補が総統に当選したことはとても重要だ。しかし、立法院選挙において国民党
が多くの議席を失ったことは、国民党自身が立法院で行ってきたことと強い関連がある。行政部門
での権力濫用や違法行為に対し、立法院が本来持つべきである牽制と監督という役割を果たさず、
多くの重要な改革的な法案を過半数という力でボイコットした。国民がそんな国民党に教訓を与え
たと分析できる。
われわれ時代力量のような新興政党にとっては、今回の選挙結果は事前に予測、あるいは希望し
ていたレベルからすれば多少低かった。時代力量は5議席を得た。そのうち比例代表は2議席。世論
調査の結果を見ながら出した予測では、比例代表の部分では4〜5議席は取れると見ていたが及ばな
かった。それは、選挙期間中の最後になって民進党がわれわれ新興政党の勢いの拡大を恐れて「緊
急事態」を発表し、「政党票を民進党へ集中させてほしい」と有権者に訴えたことが理由だ。
また、「周子瑜事件」と呼ばれている、韓国で活躍する台湾人出身の歌手が「中国人か、台湾人
か」をめぐって謝罪に追い込まれた事件の影響もある。まだ16歳の女の子である周さんが、中国で
も活躍しているにもかかわらず中華民国の国旗を手にしていたことに中国人が反発、投票日直前に
なって「私は中国人」と述べ謝罪した事件は、台湾人のアイデンティティをひどく傷つけた。そん
な感情が、票を民進党に回してしまった部分もあるだろう。
とは言え、今回の選挙結果を全体的に見れば、台湾の民主政治の深化、そして政権交代による今
後の政治に対する希望、新たな国会の構成など有権者が政治に対して強い期待感を示したと思う。
―― 国民党は今回の選挙で大敗しましたが、再起するでしょうか。
現状は、国民党に属する保守(守旧)勢力は権力を握り続けようとしている。党内では一部の若
い世代が改革を望み、問題となっている党の資産(党産)の清算を主張している。また若者たちは
中国との関係を再整理し、「一つの中国」の路線を受け入れていない。国民党が再起するのか、あ
るいは崩壊するのかは、この両勢力の綱引きの結果によるだろう。
保守勢力が権力を握り、改革を要求する若い世代を無視して中国と再び接近したり、党産問題を
解決しようとしなければ、国民党の未来はないと思う。
(編集部注:「党産」とは、日本が植民地支配を終えて台湾に残した資産を国民党が次々と没収
し、それを元に巨額の富を得てきたとされる問題。民進党は「不正取得が含まれている」と指摘し
ているが、かつてはその党産のおかげで「世界一のカネ持ち政党」と言われた国民党の力の弱体化
をも狙っている)
◆中国は普遍的な人間の価値を侵害している
―― 「周子瑜事件」について、この事件の本質をどう見ていますか。もしあなたが総統だとすれ
ば、この事件をどう解決しようと思いましたか。
海外で自国の国民がこのような状況に直面したら、政府はその立場を明確な態度で保護、応援す
べきであり、同時に中国政府に対して強いメッセージを送るべきだと思う。中国政府や国民がこの
事件に対して示した行動、すなわち「台湾も中国の一部」と言わせるようことは、中国側がつねに
訴える「両岸関係(中国と台湾の関係)を改善すべき」という主張とは裏腹なものだ。かえって、
台湾国民が中国から遠ざかることになるだろう。
われわれ時代力量はこれまで、台湾と中国間の往来や交流に反対していない。しかし、中国とは
交流すべきだという国民党時代からの流れとそれが産みだした結果が何だったかについて、われわ
れはもっと神経を使うべきだろう。
この事件を通じて台湾と中国の交流は、中国共産党が覇権主義(ヘゲモニー)を目指している中
にあることをはっきりと示すことになった。国際社会において台湾国民が当然受けられるべき尊厳
をなくした。この事件は誤った両岸政策による被害者だと考える。ただ「平和」を叫ぶだけでな
く、台湾政府は中国とともに台湾人の尊厳と国際社会における国家としての地位が維持される交流
関係をつくりだせるかどうか。われわれが今後、一所懸命に開拓すべきことだ。
われわれからも、友好国と国際社会にメッセージを一つ送りたい。国際社会の一員として、われ
われはつねに平和的だ。世界で重大な異変や緊急事態が発生すれば、台湾人は救援の手を差し伸べ
ることを惜しまない。このことを、日本の友人たちはすぐに理解してくれると思う。
第二次世界大戦が終わった後に作られた国連と国連憲章、そして世界人権宣言を重視するなら
ば、中国の動きは人類の文明的な社会が建設したい普遍的な人間の価値を侵害しているということ
を、われわれはもっと知るべきだ。彼らは、中国の市場経済が産み出す利益だけを追求し、重要で
ある普遍的価値を犠牲にしている。これは、国際社会のすべての国にとって、よいことではない。
―― 黄主席はこれまで、2012年のメディア独占反対運動(親中的な資本が台湾メディアを買収し
ようとしたことに反対した運動)から2014年のひまわり学生運動に至るまで、若者たちとともに参
加してきました。このような若者たちの運動が、台湾の政治や経済に与える影響をどう見ています
か。
この4年間、これほどの大規模な市民運動がなかったなら、民進党が圧勝した2014年11月の地方
選挙、そして今回の総統選・立法院選のような結果は出なかっただろうと思う。市民運動のトレン
ド、特に若い世代が参加したことで生じた「市民覚醒」の熱風が、公的な問題に若者たちがより積
極的に参加する動機になり、投票所へ足を向ける力となった。地方選挙と今回の選挙では、彼らは
間違いなく主要な役割を果たした。
この現実は、政治や経済情勢の多くの部分は「世代正義」の問題と関係している。大人たちが現
在生じている問題に対して責任を取らず、すべて適当なその場しのぎで済ませ、解決は下の世代に
転嫁する。これに対して若者たちは怒り、「自分たちも政治に参加しよう」と声を上げた。自分た
ちの未来を変え、自分たちの手で決めたいという思いから、「自分たちの国は自分たちがつくって
いく」というスローガンを叫ぶようになった。これはまさに肯定的な力だ。
◆市民たちの政治意識に政党は戦々恐々
このような動きが国民党に与えた教訓、そしてそれ以外の政党にも共通する教訓として最も重要
なのは、社会の期待に反したことを行い、それに対し若い世代が立ち上がって政党に反対する動き
を見せると、その政党は淘汰されるということだ。
これにより、現在の台湾は既存の大政党と発展途上の小規模政党、ともに戦々恐々としている。
そして彼らは、自党の政策と行動、国民の意見、特に若い世代の未来に対する答えを出してこそ次
の選挙まで生き残ることができると考えるようになった。これは、台湾における民主主義の深化や
市民と社会の交流にとってプラスになっていくだろう。
―― 今回の選挙で「第3勢力」と呼ばれた政党、これには黄主席の時代力量や緑党社会民主党連
盟などが含まれますが、すべて「新政治」を打ち出しました。黄主席にとって「新政治」とは具体
的にどういうことですか。
これまでの利益重視の政治や特定個人の人脈による政治、そして利権をやりとりするような政治
はすべて嫌いだ。われわれが望む「新政治」とは、密室での交渉による政治ではなく、透明性のあ
る政治だ。「エリート」と呼ばれる人たちが国民をつねに被害者にしてしまう政策決定体制ではな
く、国民に向かって開かれており、すべてが参加できる政治ということだ。
また、この新政治は行動力が伴うものであるべきだろう。過去、陳腐な官僚システムは社会の不
公平や不正義な問題を回避してきたが、このような問題に積極的な行動で解決すべきだと考える。
これまで、いびつだった国土開発問題など、台湾に巣くってきた不公平さという問題に対し、国
民党が消極的な姿勢や問題先送り、官僚的な態度で臨んだ時には、必ず社会から大きな反発が生じ
た。時代力量は透明、開放、参加、行動を基本価値としている。われわれ自らにも、これらの価値
を課している。
―― そのような基本的価値を、具体的にどのような行動で実践しますか。
立法院(国会)改革だ。立法院で各立法委員(国会議員)の行動と決定は透明化され、有権者が
検証できるようにしたい。これによって民主主義による「責任ある政治」を実質的に行えるように
なる。われわれは、過去の密室交渉のような政治に反対し、かつて存在した院内交渉を中心として
運営される国会に変えようとしている。
議員たちはそれぞれの小委員会で専門的に審査し、もし立場が一致しなければ、本会議で実質的
な討論を行えるようにしたい。最終決定においては、各党の議員の立場、賛成と反対理由はすべて
公開され、有権者が今後の判断材料になりうる。
われわれも自らに次のように要求を課している。今後、立法院でかなりの論争を伴うような重大
法案が提出された場合、われわれがどのような立場にいるのかを責任を持って有権者に報告し、わ
れわれの行動の意味を有権者に伝えるようにすることだ。
◆92年コンセンサスには「各自解釈」がない
―― 民進党との関係は今後、どうなりますか。
ケースバイケースだ。蔡英文政権が推進していく重要な改革法案が当初の理念から離れなけれ
ば、時代力量はこれを全力で支持する。2000〜08年の国民党と親民党のように、「反対のための反
対」は消耗的な争いを招く。そんなことはしない。
われわれが持つ権力は国民から生じている。国民の声を代表して国会で政府を理想的に監督する
ことこそ、われわれの使命だ。今後の民進党政権が国民の期待に反したり、権力濫用を行えば、時
代力量は必ず国民側に立つ。
―― 馬英九政権がその存在を認めてきた「92年コンセンサス」(九二共識)、すなわち「一つの
中国、各自解釈」(中国は一つだが、その中味については中国、台湾がそれぞれ解釈するというこ
と)を認めますか。
資料を振り返ってみると、「92年の中台間での会談」は確実に存在するが、「92年コンセンサ
ス」はない。これは、国民党と中国共産党の両党だけがつくった概念だ。台湾の民主憲政からすれ
ば、ある政党が台湾を代表してわれわれに敵対意識を持つ中国共産党政権といっしょにコンセンサ
スをつくる資格はない。ある政党が一方的にこんなことをしてしまえば、すでに超えてはいけない
線を越えたことになる。
国民党はこれまで、台湾国内では「一つの中国、各自解釈」をひとえに強調してきたが、国際社
会や国際的な場面における「92年コンセンサス」が意味するものは、今も昔も「一つの中国」だけ
が存在し、「各自解釈」が見えてこない。2015年11月の馬英九・習近平首脳会談を見ても、このこ
とがはっきりとわかる。
―― 次期総統の蔡英文氏の両岸政策について、「曖昧模糊」と強く批判してきました。「92年コ
ンセンサス」に賛成はしないが、公には否定しない」態度を蔡氏がとり続けるという観測もありま
す。2月1日から始まる新国会の後、蔡氏には92年コンセンサスを否定せよと要求しますか。
蔡次期総統が「92年コンセンサス」についてどう考えているのか、われわれは推し量ることがで
きない。時代力量は、国際社会における台湾の国家的地位の正常化を要求している。国家としての
条件を台湾はすべて保有しているが、国際社会においては正常な国ではない。われわれは今、中国
とは対等ではなく不公平な関係にある。国家的地位の正常化は、われわれが今後努力していく目標
だ。
台湾は今後、ひまわり学生運動によって決定された「両岸協議監督システム」の制定や全市民の
政治への直接参加を可能とする憲政改革運動など、社会の内外を問わず、改革を通じて国際社会で
より多くの支持を受けられるようにしたい。
◆自由貿易よりも「公平な貿易」こそ大事
―― 「ひまわり学生運動」を契機に、自由貿易をどうすべきかという問題がつねに問われ続けて
います。現在の台湾の経済構造を考えると、自由貿易は必須であり、中国との関係も重要だという
声も多い。
グローバル化を合い言葉に、自由貿易時代はすでに20年を超えた。このグローバル化がもたらし
た最大の教訓は、自由貿易によって国の貿易量は確実に増加し、GDP(国内総生産)も増えた
が、同時に所得格差や失業者の増加、環境、生態系、労働者の権益などには否定的な影響を招くよ
うになったことだ。
だからと言って、貿易は重要ではないということではない。台湾は依然として対外貿易によって
生存できる。ただ、貿易においては、誤った目標を設定してはならない、ということだ。経済と貿
易活動を含めた政府の制度、そして国民がより幸福になり、尊厳ある生活を過ごせるようにするの
が最終目標だ。これは、すべての制度における根幹だ。
今後も規制緩和を行えば、大企業の利益がさらに増え、政治への影響力が強まる。一方では、
ワーキングクラスの生活はかえって厳しくなり、政治への影響力も弱まってしまう。こうなると、
こんな事態を招いてしまったことを反省して、自由貿易に対する概念を修正すべきだろう。われわ
れにとっては、自由貿易よりも「公平な貿易」こそ、よりよい概念だと考える。単純な規制緩和を
行った後に生じうる悪影響は何かを、改めて検討する必要がある。
―― では、台湾でも加盟が議論されているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)については
どうですか。
これまで、台湾が犯した過ちは、中国依存を高めたことだ。経済的に行きすぎた依存は台湾をよ
り弱体化させ、政治面でも独立性を喪失させた。台湾の対外貿易はほかの市場、特にわれわれが
持っているような核心的な価値を共有する市場へと分散させるべきだ。未来の貿易パートナーとし
てはこれからも日本と米国であり、両国との経済・貿易関係を強化すると同時に、東南アジアと欧
州の市場まで開拓すべきだと思う。
TPPに加盟すべきかどうかは台湾固有の問題ではなく、グローバルな経済体制における問題だ
と思う。労働者権益や環境、食糧、食の安全や健康など、米国ではTPPに対する反対の動きも高
まっている。日本でも同じだ。しかし、このような反対運動を見ると、TPPの内容が悪いから参
加を全面的に放棄すべきかどうか、一方でTPPの内容をよりよいものに変え、自らの利益を得ら
れるようにするのか、というものだ。
◆TPPは加盟・不加盟の選択だけの問題ではない
TPPによって、たとえば国の内部構造を変えたり、さらには労働者の権益保障や環境、健康な
どの問題の解決の一助にできるだろうか。加盟する、しないという選択の問題ではなく、台湾は他
国が決めた内容をそのまま受け入れるのではなく、その中味をどうするかという点で積極的な役割
をきちんと果たすべきだ。TPPはまだ発展途上であり、ただ入る、入らないという問題として見
ると、それは台湾にとって有利な戦略ではないと思う。
―― 時代力量は、まずは「両岸協議監督条例」を制定した後でようやく、中国との自由貿易協定
を締結できると主張しています。これは、中国との交渉や協定締結の前には必ず立法院の牽制と監
視を受けて、検証と透明化を図ることが目的です。5月に民進党政権が始まった後、この条例の制
定への動きはどうなるでしょうか。
ひまわり学生運動当時、民進党は「(両岸協議監督条例の)制定を先に行い、(協定などの)審
査は後で行う」という主張を100%支持してきた。選挙後の民進党も、おそらくこの姿勢に変化は
ないと思うが、もし変われば、それは有権者にとって背信行為になるだろう。
―― 時代力量が推進する目標の一つに「憲政改革運動」があります。具体的に、どのような内容
ですか。本格的な憲法改正によって、中華民国憲法ではない、現実の台湾に則した憲法改正が必要
だという考えも表明されています。
台湾の国民は今でも、実質的に憲法改正に参加できない。これには、日本の友人たちも驚くだろ
う。1991年から前はまったく機会がなく、2001〜2005年にかけて行われた7回の憲法改正は、すべ
て当時の憲法に追加すべき問題を解決するためだけに行われており、憲法本文や全体をどうするか
ということは計画になかった。そのため、改正してもなお、憲法には多くの問題が残されたまま
だ。
そして、これまでの憲法改正はすべて「エリート的」な改正だった。少数の政党には参加への道
を閉ざしたままだった。また、現在は国民投票という形はあるけれども、国民全体が実質的に直接
参加できるシステムがなかった。この2つのために、国民は憲法に対して関心がなく、また国民に
憲法意識を育てることがとても難しくなっている。
そのため、台湾国民に憲法改正への権利と機会を付与されるようにし、自らの意見表明と参加に
よって、未来の台湾にとってどのような憲法が必要なのか、また基本的人権の保護を拡大するには
どうしたらよいか、権力間の監督と牽制機能をどう構築すればよいか、台湾の国家的地位の問題を
どう処理していくかなど、国民が参加できる権利があるべきであり、政府も積極的な役割を果たす
べきだと考える。
◆真の憲法改正が時代力量の目標
―― 現行憲法の最大の欠陥は何だと考えますか。
基本的に、一国の憲法は基本的人権の保障、中央政府体制の規定、特に行政・立法権間の監督と
牽制、そして国家の基本精神と地位などに区分できる。
現行の台湾(中華民国)憲法は、1945年に国民党政府が大陸で決めたものを台湾まで適用させた
ものだ。その際に、消極的な自由権保障、勤労の自由、労働権益には言及されているが、社会権や
人権などは憲法では明確に保護されていない。
権力に対する監督と牽制は、より深刻だ。日本は英国のように内閣制の国であり、米国は大統領
制だ。台湾は「半大統領制」の国家だと言える。だが、総統は直接選挙によって選ばれ、相当な権
力を持つ。総統が持つ権力と比べると、立法院(国会)が持つ権限は制限されている。行政権に対
し立法権が効果的に監督と牽制を行使できず、行政部門の権力や責任がはっきりとしない。
現在の民主憲政の秩序において、われわれが重視しているのは権力がどのように明確に区分され
ているか、互いに監督・牽制されているかという点だ。台湾の憲法にはまた、考試権(公務員や専
門家の資格についての試験や任用といった人事権)と監察権がある。日本の場合、人事は行政権に
含まれ、監察は立法権に含まれている。これが台湾のように分かれていると、立法権と監督権の機
能が実質的に発揮させられないことになり、民主憲政による秩序も混乱しやすい。
最後は、国家の地位を決定する問題だ。現在の中華民国憲法増修条文第11条には、中華民国を自
由地区(台湾)と大陸地区に区分するとされている。これはもともと、中国で選出された初代国民
大会(中華民国憲法における最高機関であり、2005年に廃止された)代表が1991年につくったもの
だ。彼らは、「1国2区」への改正を宣言した。「万年議員」と呼ばれ、民意を反映しない形で選出
された議員たちが改正したことは、現段階では民主主義の正当性を弱めている。
国際政治の現実からすれば、中華人民共和国は確かに存在する。しかし、現行憲法の条文は、台
湾国民に「中華人民共和国は存在せず、中華民国大陸地区だけがある」と述べている。憲法の規定
は現実から乖離した状況で、憲法の条文は無意味だ。このような憲法を台湾国民が尊敬し、またそ
の重要性を考えられるだろうか。こんな現実に反している条文は、必ず修正しなければならない。
◆日本には国家・社会改革の情熱が薄い
―― 日本についてはどんな考えを持っていますか。
私は1年間、日本で生活したことがある。2000〜2001年、米国の大学の博士課程にいるとき、論
文を書くために東京大学で1年間研究した。当時は東京・吉祥寺(武蔵野市)の学生寮に住んだ。
この時の経験は、私の人生に影響を与えた。
日本人はとても思いやりがあって、優しい。当時留学生だった私は懐が寂しく、いつも松屋で
390円の牛丼とみそ汁を食べていた。日本の友人たちは、ほぼ弁護士や商社など大企業の法務部に
在籍し、経済力がとてもあった。彼らは週末になると私に「同窓会をしよう」という名目で声をか
け、「ご飯を食べよう」と言う。「まだ勉強中の学生がカネを出す必要はない、社会人が出すもの
だ」という意味だったのだろう。同窓会というのは、留学生の私に経済的負担をかけさせないため
の言い訳だったと思うし、こんな行動は日本人が持つ優しさの一面だと思う。
ただ、日本には大きな“外患”がなく、経済力ではアジアでトップクラスに発展しているため、
日本の若い世代が次に追求する目標、そして自分たちの社会と国家の関係が何なのかをわかってい
ないのではないか。日本の若者たちには、国家と社会を改革したいという情熱が現れていないので
はと感じている。
学校で遅くまで研究して、地下鉄に乗って帰宅するたびに、電車の中は酒の臭いで充満してい
た。サラリーマンたちが帰宅する前に飲み屋に寄っていたようだった。私が見た日本のサラリーマ
ンは搾取されている感じがして、幸せそうに見えなかった。東京は幸福な街なのか、あるいは東京
に住んでいる人たちは幸福なのかと考えることがあった。
とはいえ、日本人の緻密さや労働への態度、日本の文官中心の体系、その専門性は、台湾がまだ
まだ学ぶべきものだと考えている。