高許月妹さんは「見せ物」という日本語を分からなかった! 柚原 正敬

先に述べたように、NHK「JAPANデビュー」裁判の原告側弁護団(高池勝彦団
長)が東京地方裁判所に提出した柚原事務局長の「陳述書」(11月7日)をご紹介します。

 なお、陳述書には見出しがないため、本誌掲載に当たっては「高許月妹さんは『見せ
物』という日本語を分からなかった!」と付したことをお断りします。


陳 述 書

                      日本李登輝友の会 事務局長 柚原 正敬

1 被告日本放送協会から提出された「陳述書」(乙第30号証)において島田雄介・日
 本放送協会放送総局ディレクター(以下、島田ディレクター)は、原告高許月妹さんの
 日本語の理解力と会話の能力について、取材の経緯などとともに、下記のように述べて
 います。

 ≪ハマ子さんには、日本語で取材することができ、自分の家族構成を順序立てて説明し
 てくれました。≫(6ページ)

 ≪その中でハマ子さんは、遺骨が家に戻らなかったことを語り、その際日本語で何度も
 「悲しい」と述べました。≫(7ページ)

 ≪やりとりは、基本的に日本語で行いました。陳清福さんはもちろん、ハマ子さんも日
 本語で会話する能力が十分あることが分かったからです。≫(8ページ)

 ≪私の日本語の質問や説明は、すべて日本語のままでハマ子さんたちに伝わりました。≫
 (8ページ)
 ≪ハマ子さんは、写真に目を落としたり、私の顔を見たりしながら、私の説明を、真剣
 に、また冷静に聞いていました。聞いて、ふん、ふんと小さくうなずいていました。そ
 の様子から、私の説明を理解していることが分かりました。≫(9ページ)

 ≪これらのやりとりから、ハマ子さんは、陳清福さんを交えずとも、一人で日本語で会
 話する能力が十分あると、あらためて分かりました。≫(12ページ)

2 しかし、実際、高許月妹さんにお会いしてNHK取材時のお話をお聞きしたことを踏
 まえますと、島田ディレクターの説明には疑問を覚えます。

  すでに原告訴訟代理人の尾崎幸廣弁護士が提出した「陳述書」(甲第52号証)で述
 べているように、私は尾崎弁護士らとともに「平成23年5月25日午前11時30分
 から午後4時50分まで、台湾高士村において、弁護士高池勝彦、柚原正敬、永山英樹、
 北村隆、黄敏慧、館量子とともに、原告高許月妹、原告陳清福、華阿財、高士村村民多
 数から事情聴取」しました。

  これは、原告華阿財氏らの案内で高士村に赴き、特に高許月妹さんと通訳にあたった
 陳清福氏に実地聞き取りをするためで、実際にNHKが放送した「NHKスペシャル シ
 リーズ JAPANデビュー・第1回アジアの一等国」の中の高許月妹さんが出てくる場
 面を見ていただいてから、お二人に質問しました。

  その場面とは、高許月妹さんが「かなしい」と言った後で「ウッフフフ」と含み笑い
 をもらし、そしてパイワン語で話すと、字幕に「悲しいね この出来事の重さ語りきれ
 ない」と表示され、陳清福さんが日本語で「話しきれないそうだ。かなしいね、この話
 の重さね、話しきれないそうだ。言い切れない」と通訳する声が流れた場面のことです。

3 高許月妹さんに、まず「『かなしいね』とおっしゃいましたけれども、何が『かなし
 い』とおっしゃったんですか」と質問しました。

  すると華阿財氏がパイワン語で通訳し、それを聞いた後で、高許月妹さんは日本語で
 話し始め「かなしいとは、お父さん一個も話もないだから。お父さんすぐいった。こん
 な……こういうこと私わからない。そしてね写真も見せてね、これがチャバイバイプリ
 ャルヤンか、ああ私のお父さん、私、涙が出るの、なつかしいの」と答えました。

  また、NHKが取材したとき「お父さんがイギリスで人間動物園として見せ物になっ
 たとか、そういう話は一切聞いていないのですか」という質問に対しては、首を振って
 「ない、ない、ない…ない」と答えています。

  さらに、「見せ物という言葉の意味はわかりますか」という質問に対しては、首を振
 りつつ、聞き取れないほどの日本語で「わからない」と答えたように聞こえました。口
 の開き方が「わからない」と言っていたように見えました。

  続いて、NHK側から父親の写真を見せられたことについて、「お父さんの写真を見
 て、お父さんだとわかりましたか」という質問をしましたところ、以下のようなやり取
 りがありました。

 「うん」
 「わかった? あの写真見てお父さんだってわかった?」
 「そうそうそう、チャバイバイプリャルヤン、私のお父さん」
 「NHKが説明する前にわかりましたか」
 「違う違う、私で……」
  (華阿財さんがパイワン語で通訳)
 「写真見て、これが私のお父さん」
 「NHKが言ったんですか」
 「(首を振って)いやいや」

  このようなやり取りの後、華阿財氏が日本語で「そして団体の方は見てわかるの」と
 聞きますと、日本語の質問の意味がわからなかったようで、華氏がパイワン語で説明す
 ると華氏と高許月妹さんのパイワン語での会話が続き、その途中で高許月妹さんの「わ
 からん」という日本語が聞こえ、華氏が高許月妹さんは「団体の中ではわからんと言っ
 ている」という日本語での補足説明がありました。

4 さらに、「NHKの人がきたときに、はま子さんの名前を自分で言いましたか、高許
 月妹さん」と質問すると、高許月妹さんは「うん」と答えたものの、どうも日本語によ
 る質問の意味がわからなかったようで、華氏からパイワン語で説明を受け、パイワン語
 でのやり取りとなってしまいました。結局のところ、この質問に対する高許月妹さんの
 返答は聞き出せませんでした。

  その後の質問でも、高許月妹さんの返答を聞いていますと、大まかな意味はわかって
 いるような印象を受けましたが、日本語での細かなやり取りはできず、島田ディレクタ
 ーが述べるように「日本語で会話する能力が十分ある」とはとても言えないという印象
 を強く持ちました。

5 私は該当番組を見て以来、父親が日英博覧会で見せ物にされたという説明にもかかわ
 らず、高許月妹さんは「かなしい」と日本語で言った後で、なぜ「ウッフフフ」と含み
 笑いをもらしたのだろうかと疑問に思っていました。

  それが高許月妹さんへの聞き取りでようやく判明しました。

  島田ディレクターは高許月妹さんらに対して「博覧会で日常の様子をお客さんへの見
 せ物にしました」(8ページ)と説明したと述べ、また「『見せ物』という言葉を使っ
 たことを記憶しています」(9ページ)と述べています。

  しかし、私どもの聞き取りで明らかになったように、高許月妹さんは日本語の「見せ
 物」の意味を知らなかったのです。ですから、NHKの取材に当たって「いやな話は一
 つもなかった」と話し、「これがチャバイバイプリャルヤンか、ああ私のお父さん、私、
 涙が出るの、なつかしいの」「お父さんの写真を見て、かなしいね、なつかしいね、あ
 れだけ、ほかにない」と話していたことを、もっともだと納得したのです。

  父親が見せ物にされたということは「いやな話」ですが、高許月妹さんは「いやな話
 は一つもなかった」と話しているのです。

6 高許月妹さんが番組で話していたパイワン語をカナカナ表記すれば「アマヤイチュン
  ヌカチャキンラガン カニナ チュモマリ アマ チャヌチュン サクチョアチャバ
 ルン サマヤ」となり、華阿財氏の日本語の直訳によれば「何と言ったらいいか、私は
 わからない。お父さんは私達に何も伝えなかったから、わかっていることはないので、
 ここでは言い切れない。ただ心が痛い(なつかしい)だけ」となります。

  それをさらに意訳しますと、陳清福氏が当該番組で述べたように「話しきれないそう
 だ。かなしいね、この話の重さね、話しきれないそうだ。言い切れない」となります。

  つまり、高許月妹さんは「見せ物」という意味を知らず、取材でいやな話は一つもな
 かったと言っているのですから、久しぶりに父親の写真を見たので、「ウッフフフ」と
 含み笑いをもらし、「何といったらいいか」と話し始めたことと辻褄が合うのです。言
 い出しにくいことを切り出すときに含み笑いすることは、よくあることです。

7 ですから、島田ディレクターが「父親が日英博覧会で見せ物にされたこと、そのこと
 について何も語らずなくなっていった父親に対する思いを含めて、『悲しい』……と言
 ったのだと受け止めました」と述べていることは、その受け止め方に大きな問題がある
 ことになります。問題があるというよりも、高許月妹さんの意図した内容ではなく、自
 分の意図する内容で受け止めたと言った方が正確かもしれません。島田ディレクターの
 誤解だったと言えます。あるいは、誤解ではなく、高許月妹さんの意図した内容をわか
 っていて、番組づくりのため、番組の意図する内容で受け止めたことにしたとも言える
 かもしれません。

  しかし、高許月妹さんご自身が「お父さんの写真を見て、かなしいね、なつかしいね、
 あれだけ、ほかにない」と話していたように、「かなしい」はあくまでも「なつかしい」
 の意味で話していたとしか受け取りようがないのです。

  従いまして、やはりNHKは、自分たちの撮影意図にそった高許月妹さんからのリア
 クション(反応)を求めていたのではないかという疑いを払拭することはできず、恣意
 的編集をしていたのではないかという疑いもまた拭い去ることができないのです。

  ですから、高許月妹さんたちが当該番組放送直後、NHKに対して「高士村の人々が
 共有する博覧会の美しい記憶として後世に語り継がれてきたものを、なぜ突然『人間動
 物園』という見方に変えてしまったのか。大変理解に苦しみます」と抗議したことに得
 心するのです。

8 以上の高許月妹さんの発言は、私たちがとったビデオとテープレコーダーを私が聞き
 直してできるだけ忠実に反訳したものです。私たちは、そのテープを提出することもで
 きます。NHKもそのような取材テープがあればすみやかに提出されれば、NHKの主
 張の真偽はおのずから明らかになると思います。
                                      以上


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