【宮崎正弘の国際ニュース・早読み:平成24(2012)年12月28日】
「台湾に美しい日本語を残そう」と30年ほど前から有志集まり、毎月勉強会を開催、季
刊誌『友愛』は中味もぎっしり、ファンが多く、ページ数も『文学界』並みでした。
俳句の会、和歌の会も生まれました。この「友愛グループ」の創始者のひとり、陳絢輝
さんが12月21日に逝去されました。
ここに謹んで哀悼の意を表します。
個人的には昭和48(1973)年に知り合って以来40年、何百回とお目にかかり、また勉強
会にも参加させていただいたり、活動の模様は、『正論』と『諸君』に拙文を書いて紹介
したこともありました。
日本文学に通暁されておられ、日本に来ることも十数回、拙宅に泊まったこともありま
した。作家の中村彰彦氏の書斎を見学したり、多くの人と交流しました。日本人より日本
の作家の作品を知っておられました。端正な日本語を駆使され、往々舌を巻かされたので
した。最後にお目にかかったのは淡水の奥にあったケアセンターを見舞ったときでした。