文藝春秋のオピニオン誌「諸君!」4月号(3月1日発売)に、台湾在住ジャーナリスト
の酒井亨氏による「李登輝は『転向』したのか」と題する論考が掲載されたことで、本
誌やメールマガジン「台湾の声」を中心に数多くの批判が巻き起こった。
すでに2カ月を経過したので、これまでの日本李登輝友の会としての対応について、
特に「諸君!」編集部との遣り取りを中心に報告しておきたい。
すでに本誌でも書いたことだが、一読してこの論考は、李登輝前総統の影響力低下を
狙って個人を誹謗中傷する予断と偏見に満ちた内容で、李登輝前総統を親中派に転向し
たと断定する短絡的で軽率な指摘は日本と台湾の離間を謀る悪質なものであると思い、
発売翌日の3月2日に「台湾の声」を通じてコメントを発表した。
そして、翌3日に訪台して李登輝前総統に直接お会いして発言の真意を確認し、帰国後
の9日に「諸君!」編集長の仙頭寿顕(せんとう としあき)氏に直談判した。
対応したのは仙頭編集長と担当編集者の2名で、私の要求は簡単な内容だった。
酒井氏は李登輝前総統に取材していない。発表されたものを読み、テレビのインタビ
ューを聞いて、李登輝前総統が親中派に転向したと断定している。だが、「諸君!」は
氏を「ジャーナリスト(在台湾)」と紹介した。それなら、なぜ李登輝前総統へ取材も
していない論考を掲載したのか。また、「諸君!」はこのような論考を掲載したことで、
李前総統が本当に転向したのかどうかを確認して発表する責務を負っているのではない
か、ということだった。
そこで、3月の李登輝学校研修団において、李前総統が「壱週刊」発言の真意について
の内容を含む講義をされたので、その講義草稿「正常化すべき台湾の国家形態」の掲載
を求めた。また、「壱週刊」発言の前提となる「台湾の危機存亡を救う道」(昨年3月の
李登輝学校研修団における講義内容)を資料として手渡すとともに、李前総統へインタ
ビューするなり、誰かと対談するなりして、その真意を発表すべきではないのかと提案
した。提案を受け入れてくれるなら、日本李登輝友の会が李前総統との仲介を引き受け
るとも提案した。
だが、掲載した理由について、酒井亨氏の見解と「諸君!」編集部の見解とは違うと
言い、届いた原稿には編集部でかなり手を加えたという説明を受けたが、肝心の掲載理
由についての説明は最後までなかった。
また、担当編集者は李前総統へのインタビューや対談をという私の提案に同意してく
れたものの、仙頭編集長の答えははかばかしくなかった。「やるつもりはない」の一点
張りで、理由も定かではなく、「読者投稿」なら掲載してもよいとの返答だった。
仙頭編集長は、何が問題なのかをよく理解していないとしか思えなかったが、変更の
余地はなさそうだったので、その返答を持ち帰って常務理事会に諮った。その結果、酒
井論考には日本李登輝友の会をあたかも金日成崇拝者などと同列に「李登輝シンパ」と
断じているなど誤謬があるので、「諸君!」を読んでいる会員のことを考え、最低限、
それらを正すとともに、李前総統の中国資本誘致発言の核心を読み違えていることを指
摘した方がよいとの結論を得た。そこで、事務局長の私が執筆し、「諸君!」5月号に
投稿したという経緯である。
これまで公表しなかったのは、5月号発売中に他での掲載は困るという仙頭編集長の
要求があったからで、明日、6月号が発売されることをもってここに紹介する次第であ
る。
■オピニオン雑誌「諸君!」の責務
なお、仙頭編集長は、5月号まで担当して部署を移動するというので、交渉の際、次
の編集長(内田博人氏)に李前総統へのインタビューや対談をという本会提案の申し送
りすると約束した。
すでに本会では、機関誌『日台共栄』3月号に林建良常務理事による巻頭言「李登輝前
総統の真意とは何か」を掲載し、本誌メールマガジン「日台共栄」でも「SAPIO」
誌の李前総統と井沢元彦氏の対談を掲載するなど、李前総統の真意を伝えるべく努めて
きた。
「諸君!」は李前総統が本当に転向したのかどうかを確認して発表する責務を負って
いる状態に変わりはない。読者投稿などという措置でごまかしてお茶を濁すなら、天下
の「文藝春秋のオピニオン雑誌」の名が泣こうというものだ。
仙頭寿顕前編集長にはすでに何が問題だったのかを分かっているはずだ。「諸君!」
編集長として有終の美を飾れなかったことは残念だが、編集長を降板したとて、活字と
して掲載した以上、その責務が消えることはない。
後任の内田博人編集長には、事の重大性に鑑み善処されることを期待したい。
日本李登輝友の会事務局長 柚原正敬
【「諸君!」平成19年5月号掲載「読者諸君」】
酒井亨氏の謬見を正す
四月号の酒井亨氏の「李登輝は『転向』したのか」には、日本李登輝友の会の名前が
出てくる。阿川弘之氏を初代会長として発足して以来、その運営の一端を担っている者
の一人として、看過できない誤謬があるので正しておきたい。
また、本誌発売直後、台湾で李登輝氏から直接話を聞いた者として、この論考の致命
的な問題点を剔抉しておきたい。
まず、本会をあたかも金日成崇拝者などと同列に「李登輝シンパ」と断じているよう
だが、本会は李登輝ファンクラブでも崇拝者集団でもない。シンパシイは、日本と台湾
を運命共同体と捉えるその理念に共鳴するところに発しており、それは設立趣意書や会
則にも明らかなことだ。
また、「親日の度合いがどんどん薄まっている」論拠の一つとして、本会訪台時の夕
食会に李氏が出席しなかったことを挙げている。しかし、これは単なる憶測にすぎない。
酒井氏は、本会などが台湾に桜の苗木を寄贈した際の二月十日に開かれた夕食会を指し
ているようだが、私は当事者として出席していたので事情をよく知っている。この日、
李氏は自身が主催する会を同時刻に開いていたので出席できなかっただけだ。これは主
催者も我々も端(はな)から了解していたことである。
さて、酒井氏論考の最大の問題点は、李登輝氏の中国資本誘致発言をもって「親中派
に転向」と断じていることだ。
最初にその発言を掲載した台湾の壱週刊はじめ、李氏が一貫して述べているのは民主
台湾の再生であり、国家の正常化についてだ。中国資本誘致発言は、中国との貿易経済
のアンバランスを是正するため、台湾も中国も加盟するWTOの場を使ったらどうかと
の提案が眼目である。中国人観光客誘致はその方策の一つにすぎない。WTOに触れず、
ましてやその誘致なら民進党政権の方が積極的で先行しているのだ。政府ならよしとし、
李氏なら親中派転向と断定するのだから、一知半解の謬論と非難されても致し方あるま
い。
(東京都 日本李登輝友の会事務局長 52歳)