李登輝前総統発言をめぐる経緯と問題点 [本誌編集長 柚原正敬]

「諸君!」の権威を背負って一人歩きする酒井論考の謬見を正す

 1月31日に台湾で台湾された「壱週刊」に李登輝前総統へのインタビュー記事が掲載され
て以来、3月1日発売「諸君!」に掲載された酒井亨氏の「李登輝は『転向』したのか」ま
で、この1ヶ月間、李登輝前総統発言をめぐって様々な報道や見解が出されている。

 また、李登輝前総統ご自身も、2月4日付「自由時報」紙(中文)、2月12日付「産経新
聞」、2月14日・28日発売「SAPIO」(井沢元彦氏との対談)で、「壱週刊」インタビ
ューの内容を自ら解説されているので、以下に確認できる範囲で初出順に掲載して整理し
てみたい。ただし、新聞報道は除く(敬称略)。

 この流れをみれば分かるように、当初は「壱週刊」がタイトルとした「台湾独立を棄て
た」や「中国訪問」が特にクローズアップされて論じられた。「中国訪問」に関しては発
言の真意が伝わるとすぐ下火になったが、台湾独立についての真意はなかなか理解されな
かった。台湾内では今でも、特に台湾独立を求める人々の間で、陳水扁総統の声高な台湾
独立推進声明(3月4日の「4つの必要と1つのノー」宣言)とも相俟って「李前総統は台
湾独立を棄てた」との認識が改められていないようだ。週刊誌のタイトルが一人歩きして
いるのである。

 この陳総統の独立推進声明に一言触れると、陳総統は「中華民国憲法」を修正して、日
本以上に憲法改正条項を厳しくした。これで憲法制定や住民投票はほとんど不可能になっ
たと断言してよい。しかし、それにもかかわらず陳総統は台湾独立や憲法制定を言挙げす
る。つまりこれは選挙を意識したスローガンでしかないことは、修正した憲法改正条項を
知っている者なら誰しも抱く思いであろう。

 次にクローズアップされたのが、李登輝前総統の「中国資本誘致発言」である。これは
「諸君!」4月号に酒井亨氏の「李登輝は『転向』したのか」が掲載され、氏が中国資本誘
致発言をもって「親中派に転向」と断じたことでクローズアップされた。

 これを一読して、酒井氏が予断と偏見に基づいて断定していることに驚き、「壱週刊」
「産経新聞」「SAPIO」などを読んでいるというが、いったいどこをどう読めばこの
ように断定できるのか不可解この上なく、そこで、翌日から「台湾李登輝学校研修団」へ
行く間際だったが、「台湾の声」を通じてコメントを発表した。今でもこの思いはいささ
かも変わっていない。アンディ・チャン氏の「『李登輝の転向』はウソである」を下記に
転載して紹介するが、その冒頭に引用しているので参照されたい。

 一読した当初から、酒井氏は「在台湾」の「ジャーナリスト」という肩書きで発表して
いるのだったら、なぜ酒井氏は李登輝前総統に直接アタックしなかったのだろうという疑
念は消えていない。雑誌や新聞、テレビなどの情報や周囲にいる人ばかり聞いて、なぜ李
登輝前総統本人に取材しなかったのだろう。李登輝前総統が「親中派に転向」したのかど
うか、どうして直接確認しなかったのか。これでは「在台湾」を名乗る意味もないし、「
ジャーナリスト」と名乗る意味もないではないか。

 それにまた、このような予断に基づくあやふやな内容のものを、オピニオン誌として権
威ある「諸君!」がよくぞ掲載したものだとも思っていた。「在台湾」を名乗っている「
ジャーナリスト」の酒井氏なのに、論考を読めば李登輝前総統への直接取材をしていない
ことは明白なのだから、なぜ取材依頼をしなかったのだろう。

 同時に、「諸君!」編集部は、李登輝前総統発言の一次史料である「壱週刊」などをき
ちんと読んでいるのだろうかという疑問もあった。酒井氏論考を掲載するなら、李登輝前
総統への取材がまず第一ではあるが、それらの一次史料を読んだ上で掲載に踏み切ったと
はとても考えられなかったからだ。

 酒井氏の論考を読んで、李登輝前総統が「親中派に転向」したと思う読者もいる。もち
ろん、「諸君!」編集部としても、読者に読ませる内容だと判断したから掲載したのだろ
う。「諸君!」編集部の考えはそうではなかったとしても、読者はそう受け取ると考える
のが普通である。それゆえ、「壱週刊」のタイトルが一人歩きして誤解を広めたように、
酒井論考も「諸君!」の権威を背負って一人歩きすることは目に見えている。「諸君!」
の責任は大きい。

 そこで、酒井氏の論考には日本李登輝友の会を不当に貶める表現や事実関係の誤謬があ
り、さらに台湾で李登輝前総統から直接その真意を伺ってきたこともあり、酒井氏論考に
は致命的な問題点があることを指摘し、「酒井亨氏の謬見を正す」と題して「諸君!」に
投稿した次第である。

 従って、「台湾の声」が「『諸君!』はなぜ酒井論文を掲載してしまったのか」という
疑問の声を挙げることも当然のことなのである。


李登輝前総統発言をめぐるインタビューや論考

1、1月31日:壱週刊 李登輝前総統インタビュー「私は大陸(中国)を訪問したい。台独
 を棄て、中国資本を引き入れる」(中文)
2、2月1日:TVBS 李登輝前総統インタビュー
3、2月3日:台湾団結聯盟HP 黄昆輝主席コメント(中文)
4、2月3日:メルマガ「日台共栄」(第459号) 中西功「李登輝前総統の台湾主体路線は
  全く変わっていない」(日文)
5、2月4日:自由時報 李登輝前総統インタビュー「李登輝:制憲正名達成国家正常化」
  (中文)
6、2月8日:台湾の声 R・K「李登輝・前台湾総統の信念は不変」(「壱週刊」日文翻
  訳)(日文)
7、2月12日:産経新聞 李登輝前総統インタビュー「李登輝前総統、民進党と一線 初め
  て言及「国家の正常化、民主台湾取り戻す」(日文)
8、2月12日:AC通信:No.196 アンディ・チャン「李登輝発言の真相」(日文)
9、2月14日:SANKEI EXPRESS 矢島誠司「李登輝氏 発言の真意は」(日文)
10、2月14日:SAPIO(2月28日号) 対談・李登輝VS井沢元彦「台湾の選択、日本
  の将来」前編(日文)
11、2月17日:東京新聞 野崎雅敏「前総統の“転向”騒動」
12、2月28日:SAPIO(3月14日号) 対談・李登輝VS井沢元彦「台湾の選択、日本
  の将来」後編(日文)
13、3月1日:諸君!(4月号) 酒井亨「李登輝は『転向』したのか」(日文)
14、3月1日:日台共栄(日本李登輝友の会機関誌3月号) 林建良「李登輝前総統の真意と
  は何か」 3月2日「台湾の声」に掲載
15、3月2日:台湾の声 柚原正敬「『諸君!』4月号掲載の酒井論考に関するコメント」(
  日文) 3月4日付「自由時報」に転載(中文)
16、3月6日:第6回台湾李登輝学校研修団 李登輝前総統特別講義「正常化すべき台湾の国
  家形態」(3月10日発行「台湾の声」、メルマガ「日台共栄」掲載)
17、3月6日:AC通信:No.199 アンディ・チャン「『李登輝の転向』はウソである」(
  日文)
18、3月13日:台湾の声 永山英樹「李登輝氏のイメージダウンが狙いか−酒井亨論文『諸
  君!』四月号)に駁す」(日文)
19、3月14日:台湾の声 ノブオ「李登輝先生に申し訳ない!−「諸君!」は酒井論文を放
  置するな!」(日文)
20、3月15日:台湾の声 台湾の声編集部「『諸君!』はなぜ酒井論文を掲載してしまった
  のか−『李登輝転向』の訂正を求める」(日文)



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