【台湾新聞:2023年11月28日】
2004年〜2008年に駐日台湾大使(駐日台北経済文化代表処代表)を勤めた許世楷氏の講演・座談会が11月26日に福岡市で開催され、台湾総統選挙に対する見通しを語り、 125名の来場者と意見を交換した。
講演は「パート1:自分の考え」、「パート2:誰の当選によって中国との関係がどうなるか?」、「パート3:国際情勢と台湾」の順で進められた。(以下、敬称略)
パート1では、3組の総統・副総統の候補の組み合わせについて論評がなされ、頼清徳・蕭美琴が一番補完関係が良いと評価した。また、仮にこの中で柯文哲・呉欣盈と侯友宜・趙少康が手を結んで野党連合が出来たとしても、1プラス1が2になるわけではないことを述べて、頼清徳の優位は揺るがないとした。
パート2では「侯友宜は中国と話し合いたい」と言い、柯文哲は「柔軟な対中政策をとる」としていて、どちらも中国が頭から離れないのに対して、「50年間一国二制度を守ると言いながらそれを反故にした香港問題を見ても、約束を守らない中国と話し合うことに意味があるかどうか? むしろ日米と緊密化をはかって中国に対処すべき」とする頼清徳の立場を支持した。
また、3人の候補者の副総統選びに触れ、選挙への影響について次のように評した。
頼清徳が選んだ蕭美琴はアメリカで実質的に大使業務を担っており、要人と深い関係がある。また花蓮県から立法院議員に立候補して当選したという選挙の経験も持っている。
侯友宜と組む趙少康は現役の立法院議員ではない。また外省人である趙少康が本省人である侯友宜の下に付くのは、本省人、外省人の逆転であり、外省人の票を稼ぐことは出来ない。
柯文哲と呉欣盈はどちらも本省人であり、外省人の反発が予想される。
また、台湾は実質的な国家だが世界の国々や国連から独立主権国家として承認を受けた「法定的な国家」ではない。それを勝ち取るためには蕭美琴の力が欠かせない。
パート3では、台湾を取り巻く国際情勢に触れた。頼清徳が当選すると中国が侵攻してくるのではないか? という人がいるが、現在はアメリカのような軍事大国であっても、日米同盟など、他国と組まなければならない国際情勢にある。まして台湾にとっては他国と組むのは当然だ。
一週間ほど前の米中会談でバイデン大統領は「台湾の独立を支持することはない」とし、習近平主席は「しばらくは台湾に手は出さない」とお互いに釘を刺したので、当面は無いと思うが、仮に中国が攻めてきた時に米軍が到着するまでの数日間は持ちこたえなければならない。そのために軍事力を高めることが必要だが、侯友宜も柯文哲も「台湾の力を強めて中国を刺激する方策は取らず、交渉する」と考えているようだ。これが現実的だとは思わない。
以上でいったん講演を終わり、座談会(質疑応答)に移る前に陳銘俊駐福岡総領事が挨拶に立った。
許世楷大使がなければ現在の台湾の民主化はなかったと言っても過言ではありません。
ご存知のように李登輝総統は台湾の民主化の父として国内で、許世楷大使は海外で命の危険を冒して頑張ってこられました。ご家族が亡くなっても帰国できない状況でした。台湾の民主化に大きく貢献してこられただけではなくて、日本と台湾との関係深化にも大きく貢献されました。
皇室との関係構築をはじめ、日台のビザなし渡航や世界で5か国しかない運転免許の相互利用、科学技術協力ほか、日台関係を一番高いレベルに乗ってこられたのは許世楷大使です。
私は大使のお招きによって2004年に補佐官になり、ご一緒に仕事をさせて頂きましたが、当時日本と台湾の間で禁止されていた科学技術協力も大使のご努力で撤廃されました。いま話題になっているTSMC(台湾積体電路製造)の熊本進出もこれが無ければ実現しなかったと思います。日台の関係深化に果たした許世楷大使の功績は枚挙にいとまがありません。
台湾と日本はもはや「友達」の域を超え「家族・ファミリー」そのものであり、日台関係をこのような高みまで導いた大使に改めて敬意を払い感謝を申し上げたいと思います。
次いで「座談会」に移り、次のような意見が述べられ、質疑がかわされた。
Q)台湾人の多くは、たとえ有事となった場合でも、遠い祖先をもつ中国と戦争をしたくないのではという人もいま すが・・・
A)台湾人が、もしあなたの言うように中国に対抗しないで降参するのであれば、それはそれでやむを得ないでしょ う。そういう国、そういう国民だったら、独立も何もなく中国に併合されればいいと思います。
Q)中国の台湾進攻の可能性はどの程度あるとお考えでしょうか?
A)中国は台湾に進攻しないと思います。これまでの蔡英文政権もアメリカや日本と協力関係を築いてきたわけです。 中国は脅かしだけで、実際には蔡英文政権8年間にも何もしませんでした。なぜかというと、習近平は現に中国 という大きい国を統治しているわけです。それが台湾に侵攻して、もし破れたら中国本土も失うことになります。 台湾という小さい利益を得るために大きい利益を賭けるというようなバカはいないでしょう。習近平は中国の支配 者になれる非常に利口な計算のできる男です。だから今までも脅しだけで8年間侵攻してこなかった。しかも頼清 徳・蕭美琴のようにアメリカと信頼関係を持ってる総統がいるところに対して割の合わない賭け事をするとは考え られない。
Q)中国側の事情を類推すれば、一人っ子政策を続けてきた中国の親が、一人しかいない子供を戦場に送ることを許さ ないのではないかと思いますが・・・ また、台湾進攻を成し遂げる中国人の覚悟、守ろうとする台湾人の覚悟、台湾有事を自分のことと考える日本人の 覚悟についてはどう思うか?
A)台湾人に自分の国や信条を守ろうとする気概がなければ、もうそれで台湾は終わりにしてもいいと思います。こ の世の中に存在して行く必要はない。同じように日本も。中国の脅しが怖くて自分たちの国の主権を守ることが できないのでは意味がない。 日本人には「台湾有事は日本の有事だ」という認識を持って欲しい。台湾の次は沖縄。沖縄が危なければ本土も危 ないという結果になる。そしてそれを守ろうとする日本人の気概がなければ、日本もこの世の中から消滅すればい いわけです。この世の中に存在している必要はない。そうでなければやっぱり決意を持ってどうやって防衛力を高 めていくかです。頼清徳の場合には自分たちの政権を強化するためにアメリカとの関係を強めたり、いろんな努力 をしているわけです。約束を守らない中国とどうにかして何かの約束をしようと考えることはありえないと思いま す。
Q)台湾の40歳代未満の方は経済問題に一番関心が高く、中台関係は三番目だと聞いておりますが、これについての大 使のお考えを聞きたい。
A)先ほどから何回も申し上げている通り、もし台湾人が自分たちが存在することに力を入れないということであれば、 世界に存在する意味がないわけで、消滅するまでです。日本も同じです。それはその人たちの選択なのです。そこ まで覚悟しているならそれはそれで仕方がないと思います。しかし、やっぱり生存して行こう、台湾は存在すべき だ、日本は存在すべきだと考えるならば、そこに命をかける必要があると思います。希望的観測かも知れませんが、 自分の国は自分で守っていこうという風になるだろうと思います。しかしそれは絶対ではありません。実際、そう でなくなって台湾も日本も消滅してしまった。ということになるかも知れませんが、それはそれで仕方がないと思 います。 皆さんがどう考えるのか、逆に私の方から聞きたいところです。
Q)習近平はウクライナの状況をどう見ていると思うか?
A)ロシアはウクライナを短期間で降参させることができるかと思ったけど、なかなかそういかない。 逆に国際的な支援を受けて、いまウクライナから反撃まで受けている。これはまさに一つの国際政治の例であって、 中国が台湾に侵攻した時に簡単に台湾を潰せるのかどうか? しかもその時に日米のサポートもあって、台湾を本 当に征服できるのかどうか、これも大きい疑問があります。
Q)立法院選挙で野党が勝ってねじれ国会になることは無いのか?
A)立法院には2種類あります。1つは全国区。こちらでは国家的利益を優先して考えて中国と対抗する人たちが多く当 選するだろうと思います。しかし、地方区は当選した後は全国的なこと扱うけれども、当選するためには地方に対 してどれだけ利益をもたらしたのかということが大事になるわけです。その点では野党が優勢になるかもしれませ ん。野党は地方の人たちの利益をどうやって確保するかを考える人が多いからです。その点では、地方においては、 どちらかというと野党が優勢なため、国会においては多分野党が優勢かと思います。しかし、それはやむを得ない。 これは台湾人の一つの選択です。その中において頼清徳・蕭美琴政権が当選後にどのようにしてこれを対処するの か、いろいろ考えることになることでしょう。
Q)中国は宣伝というかプロパガンダが大変上手です。大陸のプロパガンダにどういう対処したらいいでしょうか?
A)中国の宣伝が上手なのは上辺だけだと思います。専制国家ですから。いろんな違った意見があってもそれを全部押 さえつけて、外から見たら政府に有利なものだけしか認めない。それだけ宣伝されれば、外から見た時にはなんだ か非常にうまいし、強い宣伝だなと思うけど、ご承知のように専制国家に反対すれば命さえ危ないのです。中国に もやっぱりいろんな動きがあります。そういう不安な動きは押さえつけて一つも外には出てこない。これが台湾や 日本だったらいろんな意見が出てきて混乱しているように見えるわけです。しかし、本当に自分たちの思ってるこ とを言うわけですから、それなりに強い。逆に中国の宣伝の中には、実際はこけ脅しのものが多いと思います。
Q)聴衆の覚悟を聞きたいということでしたら、私には当然日本を守る気力は気持ちがあります。ただ日本でも台湾で も若い人たちの中には欧米思考が進んで国のことより自分のことを優先する人が多くなっているような気がするの は心配なところです。
A)欧米思考だから専制政治を選ぶということにはならないと思います。いま我々が直面しているのは「自由民主政治 を選ぶか独裁専制政治を選ぶか」ということだと思います。「習近平やプーチンのような専制政治を選ぶのか、日 本やアメリカのような民主政治を選ぶのか」という選択です。それが日本の存在、台湾の存在を決める選択だと思 います。
Q)経済については、台湾も日本も中国に依存していることは心配ですが・・・
A)依存するというのは決して一方的なものではありません。相互依存なのです。逆に言うと、中国も台湾に依存し、 日本に依存しているのです。一方的にどちらが強い、どちらが弱いと考える必要はないと考えていいのではないで しょうか。
1時間半という短い時間ではあったが、自らの意思を明確に述べ、さまざまな角度からの意見や質問によどみなく答えた許世楷・元日本大使の講演・座談会は、参加者に広い知識と大きい感動を与えて終了した。
※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。