華為(Huawei,ファーウェイ)を始め、中国企業5社の製品が米国政府機関から締め出されることになった。8月7日、それら5社からの調達禁止が発表されたのである。まずはこの暫定規則を発した主体に注目してもらいたい。軍事を司る国防総省、そして最先端技術を握るNASA(航空宇宙局)という米国の機密が集中する部門による措置であり、トランプ政権が中国企業への警戒をいかに高めているかがよくわかる。
そして対象となった企業名を眺めてみて、まず目に付くのが華為だろう。現在の米中激突の焦点であり、日本でも多くの紙面が割かれて報じられている。だがここで注目したいのは、海康威視(Hikvision,ハイクビジョン)と大華(Dahua,ダーファー)だ。両社はともに浙江省杭州市を拠点としており、世界シェアがそれぞれ第1位と第2位の監視カメラメーカーだ。英フィナンシャル・タイムズ紙によれば、2000台以上もの両社製の監視カメラが米連邦政府内にあるというのだ。ミズーリ州の陸軍基地にも存在したというのだから事態は深刻だ。
両社がターゲットになったのは、なにもトランプの思い付きではない。約一年前に成立した国防授権法(国防権限法とも)に基づく措置であり、いわば既定路線だ。同法成立直後には、ルビオ上院議員(共和党)、メネンデス上院議員(民主党)ら超党派の上下両院議員17人が、ポンペオ国務長官とムニューシン財務長官に書簡を発し、行政命令(いわゆる大統領令)13818号に基づいて両社に制裁を科すよう求めた。ルビオは共和党のホープで48歳。2016年大統領選挙ではトランプと争ったが、この問題ではむしろトランプ政権の尻を叩く役回りといえよう。
米国での懸念が高まる一方で、両社は中国政府のバックアップを受けて新疆ウイグル自治区で莫大な利益を上げている。中国共産党からみれば不穏分子と映るウイグル人の一挙手一投足を把握するため、両社の監視カメラが自治区の隅々に次々と設置されているからだ。そしてトランプ政権に加えて議会までもが両社を問題視する理由は、米国内からの情報流出もさることながら、まさにこのウイグル問題にあるといえよう。
◆極端な強圧策の背景
そもそもウイグル問題とは何か。トルコ系イスラム教徒であるウイグル族が人口の約半数を占める新疆ウイグル自治区は、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタンといった旧ソ連諸国に加えてモンゴル、アフガニスタン、パキスタン、インドという8か国と隣接しており、地政学的に重要な場所に位置している。
習近平政権の下でウイグル人を巡る状況が悪化している背景の一つには、陳全国書記の存在が挙げられる。中国においては政府の職よりも共産党の職の方が実権を有しており、新疆ウイグル自治区においても同様の状況だ。自治区政府のトップである主席にはウイグル族が歴代あてられているが、党組織のトップである党委員会書記には漢族が就いている。ウイグル側には実権を決して渡さないという共産党の意思表示だ。
現在の党委書記である陳は、2016年8月に新疆に転任するまではチベットで党委書記を務め、再教育に名を借りた弾圧を大々的に展開。チベットでの手口を新疆にも持ち込んでウイグル族への弾圧をあからさまに強めているのだ。その“功績”を買われてか、2017年10月の第19回中国共産党大会を受けて、党中央の政治局委員に昇格を果たした。少数民族をいかに抑圧したかが昇進のポイントになったのだとすれば、俄かには信じ難い話だ。米国議会も陳をキーパーソンとみており、先に挙げたルビオ上院議員らからトランプ政権への書簡では、陳に対する制裁も求められている。
構造的な要因として考えられるのが、習近平政権が重要戦略と位置付ける一帯一路だ。陳は、李克強首相が河南省で省長そして党委書記を務めていた時の直接の部下であったこともあり、陳の施策には党中央の意向がダイレクトに反映されているとみてよいだろう。
陸路で中国と欧州を結ぶ主要ルートのハブにあたるのが新疆だ。また新疆西部の最大都市タシュクルガンからパキスタンのグワダル港までのインフラ整備計画を中国パキスタン経済回廊(CPEC)と銘打つのは、マラッカ海峡を経由せずにインド洋にアクセスしようという思惑からだ。このように一帯一路は新疆を抜きにして語ることはできず、極端な強圧策の背景には、新疆の安定を何とか確保して習の看板政策である一帯一路を前進させたいという狙いがあるものと思われる。
だがウイグルに対する米国や国際社会の関心は、これまで必ずしも高いとはいえない状況が続いていた。同じく中国の民族問題としては、チベットに対する関心の方が遥かに高かったといえるだろう。チベットには世界的な影響力を有するダライ・ラマというアイコンがいることも大きな違いだ。
加えて見逃すことができないのが、ウイグル問題は米中関係全体の中では、ある意味でのバーターの材料として使われていたという点だ。特に顕著だったのが、今世紀の初頭、すなわち9.11以降にテロとの戦いがアメリカの軍事外交において極めて大きなウェイトを占めていた頃だろう。中国がテロとの戦いに協力的な態度を示す代わりに、米国は新疆でのテロ取締を名目としたウイグル抑圧に対して大々的な批判はしないという暗黙の了解が成り立っていた時期があったといえよう。これまでウイグル問題についての声が米国においてなかなか高まりを見せなかった原因は、米中関係の中でのこうした貸し借りがあったと思われる。
◆「24時間ぶっとおしの洗脳」
ところが状況は大きく変わった。ウイグル問題が大きくクローズアップされるようになったのは、昨年からだといってよいだろう。新疆における苛烈なまでの人権侵害の実態が、実際に収容されていた人達から生々しい形で伝わってきたことが大きい。
本年5月、カザフスタン人のオミル・ベカリ(Omir Bekali)氏がAP通信のインタビューに答え、自身の収容体験を証言した。ベカリ氏は、ウイグル族とカザフ族の両親の間に中国で生まれ、のちにカザフスタンに帰化している。昨年3月から約7か月に及んだ拘束では、身体的拷問だけでなくイスラム教の否定や政治的スローガンの強要といった精神的圧迫も受けたという。
米国務省の国別人権報告書(2018年版)によれば、収容されている人数は、これまでの約100万人を遥かに上回る200万人以上の可能性があるという。そして共産党による弾圧の手段となっているのが監視カメラだ。ウイグルの不安定化を恐れ、全てを監視しようと共産党が躍起になり、その分だけ今回米国での政府調達から排除された両社が利益を得ている格好だ。
ウイグル問題が大きく取り上げられるようになったのは、米中の対立激化とも大いに関係している。昨年10月4日、ハドソン研究所でのペンス副大統領による演説では、対中国政策が包括的に示されたが、新疆での強制収容については「24時間ぶっとおしの洗脳(around-the-clock brainwashing)」という強い言葉が用いられた。
日本では米中激突といえば関税に焦点が当てられがちだが、その対立点は幅広い。今回の中国監視カメラメーカーへの措置の根拠となっている国防授権法をみると、台湾関係法に基づく武器売却なども盛り込まれており、対立点が多岐に亘るだけでなくお互いにリンクしていることが見て取れる。米中激突を幅広い観点から注視する必要がますますありそうだ。
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村上政俊(むらかみ・まさとし)同志社大学ロースクール嘱託講師。
1983年、大阪市生まれ。東京大学法学部卒。外務省に入り、国際情報統括官組織、在中国、在英国大使館外交官補等を経て、2012年から14年まで衆議院議員。皇學館大学でも講師を務める。