白幡洋三郎氏が平野久美子著『トオサンの桜』を読売と日経で紹介

本誌でも2月1日(457号)に紹介した平野久美子さんの『トオサンの桜−散りゆく台湾の
中の日本』(小学館)について、国際日本文化研究センターの白幡洋三郎教授による書評
が読売新聞と日経新聞に続けて掲載された。
 同じような視点からとなるのはいた仕方ないが、台湾における日本統治時代の教育の一
端を知る意味で、併せて紹介したい。                  (編集部)


台湾に残る日本の精神

                     国際日本文化研究センター教授 白幡洋三郎
【3月26日 読売新聞】

 台湾では、時間厳守、勤勉、正直、約束を守る、などの美徳を表現するとき「リップン
チェンシン(日本精神)」という言葉を使うらしい。日本の植民地政策の中で植え付けら
れた徳目だからだろう。

 かつて「大日本帝国」の版図に入っていた国々には、心や言葉などいろいろな面で「日本」を「押しつけられた」人々が大勢いる、と言われる。ところが、本書にはそんな固定
観念だけでは量れない、と思わせる人々が登場する。今も日本語を理解し、俳句を作り、
NHKの放送や日本の雑誌・書籍に親しみ、日本に対し愛憎交じる複雑な心理を抱く年配
者たちである。

 こうした人々を台湾では、「日本語族」とも「多桑」とも呼んでいる。「多桑=トオサ
ン」は、日本語の「父さん」の発音に漢字を当ててつくられた台湾語。日本統治時代に教
育を受けたことによって、今も日本語をしゃべる年配者を指す言葉である。

 そんなトオサンの一人が育てた見事な桜の名所が台湾中部にある。一九八〇年代半ばから、たった一人で黙々と植えてきた三千数百本もの桜並木である。極貧の家に生まれたそ
のトオサンは、両親が「百姓に学問はいらない」と強固に反対するなか、日本人教師の暖
かい気遣いにより学校に通えた。彼の一番の苦難時代は、日本が敗北し台湾を去った後で
ある。その時彼を勇気づけてくれたのが日本人の残した桜であり、通った学校や先生の思
い出であった。

 日本語を流ちょうにしゃべり、桜を愛で、正直や勤勉を自然な徳目として受けいれて明
るく熱心に働いてきた台湾のトオサンたち。彼らの多くが日本統治時代を懐かしむのは学
校の教師たちの熱意と人徳によるところが大きいと著者は述べる。教育再生が議論される
今日、巻末にまとめられたトオサンへのアンケートと共にぜひ一読を勧めたい。

◇ひらの・くみこ=東京都生まれ。学習院大卒。『淡々有情 忘れられた日本人の物語』
 で小学館ノンフィクション大賞受賞。


トオサンと教育
           
                    国際日本文化研究センター教授 白幡洋三郎

【3月27日 日経新聞「あすへの話題」欄】

 花見の時期ももうすぐ。表題の桜と見慣れないトオサンが気になって平野久美子著『ト
オサンの桜』(小学館)を読んだ。

 戦前、日本が海外の植民地・占領地に桜を植えたことは知られている。そして、敗戦を
迎えると、台湾でも朝鮮半島でも、桜は次々に切り倒されてしまう。桜は軍国主義を鼓舞
する象徴だったという恨みから、攻撃目標にされたのである。台湾では日本が去った後の
蒋介石の政権下では梅の植樹が奨励されたので桜は梅にとって代わられるようになった。

 しかし桜を否定的に見るのではなく愛着を感じ、中には自ら桜の植樹に努める人もいた。「多桑=トオサン」たちである。「多桑」とは、日本語の「父さん」の発音に漢宇を当て
てつくられた台湾語。日本統治時代に学校教育を受け、日本語が達者な「日本語族」とも
言われる人たちを指す。多くは親日家であり、誠実で真面目によく働く人たちである。

 著者の平野さんは百名を超すトオサンたちにアンケートや聞き取り調査を行った。これ
がじつに興味深い。「日本時代の学校教育でもっとも大切な価値観はどれだと教わりまし
たか」という問いに対し、一位が愛国、二位が正直、三位が孝行、四位が勤勉と続く。次
に「戦前の教育で現在も身に染みついている価値は何ですか」と問うと一位が正直、二位
が勤勉、三位が時間厳守、四位が孝行、となる。ちなみに愛国は六位だ。教え込まれたの
は「愛国」だが、身に染みついているのは「正直」や「勤勉」である。また彼らの多くが
日本統治時代を懐かしむのは学校時代の先生の熱意と人徳によるところが大きいという。
読みながら教育について多くを考えさせられた。


■著 者 平野久美子
■書 名 『トオサンの桜−散りゆく台湾の中の日本』
■出版社 小学館
■発 行 2007年2月
■定 価 1,575円(税込)


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