水不足の中国が金門島に送水する政治的思惑  黄 文雄(文明 史家)

【黄文雄の「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」第247号:2018年8 月8日】http://www.mag2.com/m/0001617134.html

*読みやすさを考慮し、小見出しは本誌編集部で付したことをお断りします。

◆馬総統の呼びかけを政治利用できると考えた中国

 台湾の金門島は、中国のアモイから最短で2キロほどしか離れていません。

 金門島は、「1946年からの国共内戦で敗北濃厚になった蒋介石率いる国民党・中華民国政府軍は、1949年に台湾に撤退して拠点とした。そして、大陸にきわめて近いものの彼らが支配下に置き続けた金門島は、1958年夏から秋に中国共産党の人民解放軍によって大量の砲弾が撃ち込まれるなど、最前線の島になった」という島で、戦闘場所になっていただけに、今でも島のあちこちに防空壕や軍事施設などがあります。

 台中関係が落ち着いている今は、それを観光資源として観光客を呼び込んでもいます。中国大陸から最短で2キロしか離れていないにもかかわらず、かつて台湾人が中国へ行くときは、香港など第三の場所を経由しなければ双方を往来することはできませんでした。

 しかし2001年、蔡英文が総統になる前に担っていた役職、対中政策を担う閣僚である大陸委員会主任委員時代に「小三通」政策を掲げ、中国と直接「通商」「通航」「通郵」を実現させたことにより、金門島などの離島から中国への直行便のフェリーが登場します。

 これにより、台中交流は観光もビジネスもより盛んになり、双方を往来する人々が増加しました。しかし、2001年は陳水扁総統率いる民進党政権でしたから、金門島への中国からの水の供給は行われていませんでした。

 人口約13万人の小さい島である金門島は、雨が少なく住民たちは慢性的な水不足に悩んでいました。その後、中国から水を供給してもらおうと考えたのは、国民党の馬英九政権でした。馬総統の呼びかけを政治利用できると考えた中国側も、給水要求にはすんなり応じました。以下、報道を一部引用します。

<中台が通水計画で合意したのは、中国に融和的な姿勢を取った国民党の馬英九政権時代の2015年。中国側の張志軍・国務院台湾事務弁公室主任(当時)は「同じ家の人間として同じ水を飲もう」と呼びかけるなど、将来の中台統一を目指し台湾世論を懐柔する狙いがあった。>

<金門島が中国大陸から水の供給を受けることは一般の商業行為にあたることから、政府調達法に従って、金門県の「自来水廠」と福建省の「供水公司」が契約。海底送水管の寿命を考慮し、契約期間は30年と定めた。開始当初3年間、金門県「自来水廠」は毎日1万5000トンの水の供給を受ける。4年目から6年目は同2万トン、7年目から9年目は同2万5000トン、10年目以降は毎日3万4000トンの供給を受ける。これにより金門地区の中長期的な発展に必要な水を確保し、同時に地下水の汲み上げを抑制出来るとされている。

 金門県が中国大陸から水の供給を受けるための施設工事は、福建省の龍湖ダムから中国大陸側の給水所までの陸上送水管約8.2キロメートルと、そこから金門県の田埔ダムまでの海底送水管約16.7キロメートルなど。陸上送水管部分は中国大陸側が資金調達と施工を担当。海底送水管敷設工事に必要な13億5000万台湾元(約53億3000万日本円)は台湾が負担する。>

 中国からの給水が金門島に必要なことは事実であり、蔡英文総統もそのことには口を出さないけれど、それを宣伝するような式典など派手な活動は控えるように要請しましたが、現地からは断られたようです。以下、報道を引用します。

<中国側の宣伝に利用されることを警戒した蔡政権は今回、金門県政府に式典を見合わせるよう要請した。だが、無党派の地元首長は「庶民の暮らしが第一だ」と開催を決定。ただし、中台双方の当局者は招かない形式となった。

 一方、中国側は5日、福建省で独自に式典を開催。報道によると、国務院台湾事務弁公室の劉結一主任が、蔡政権を念頭に「台湾の一部の人々が暗い政治目的で民衆の水問題の解決を妨げている」と批判した。>

 中国と台湾は、すでにビジネスの面では政府も民間も切っても切れない関係となっています。かつては中台対立の象徴でもあった金門島が、給水問題でそれを象徴するような立場になっているのは、なんとも皮肉なものです。

◆米中貿易戦争で中国はどこまで変わるか

 そもそも福建省が中国に編入されたのは五代十国の時代であり、千年ほど前の宋、元の時代には『八●[門の中に虫](はちびん)』とも呼ばれ、南蛮人の地として極めて貧しい地域で、泉州、彰州に続いて金門からの台湾への移民が多くいました。今でもブルネイの華僑は、金門島出身者が多いと言われています。

 国共内戦の最後の山場である金門戦争は、近現代史では有名です。私が小学4年生のときには228台湾人大虐殺が起こり、その後、大陳島撤退作戦があったことから、当時、難民と小学校で共同生活をした経験もありました。

 国民党軍が国共内戦で唯一勝ったのは、金門島の防衛戦だけでした。その当時、金門島の参謀長を務めていたのは、蒋介石がわざわざお願いして来てもらった日本人将官の根本博でした。根本将軍の台湾での活躍は、日本人将校による『白団(パイダン)』訓練の草分けとなりました。

 私はかつて、台湾の新聞記者を連れて白団の将校たちにインタビューしたことがあり、歴史の真実が明らかになると台湾のマスメディアが大騒ぎしたものでした。

 アモイからは金門島の人々の生活が、肉眼ではっきりと見えるほどの近距離にあるのに、戦後なぜ人民解放軍が攻撃しないのかについては、毛沢東の「中国は一つ」という戦略があるからとも言われています。

 台湾では、金門と媽祖の離島はずっと政治的課題として議論されてきました。中国に返還すべき、いや「公民投票による住民自決」が重要であり住民の意思を無視すべきではない、など様々な主張があり、金門島と媽祖島の所属をめぐる問題は中台の間に横たわるややこしい問題です。

 また、中国から金門島への給水問題も、かなり以前から議論されていた問題です。中国自身が、水資源の枯渇している国であるのに、継続的に金門島に給水活動を行うのは疑問だと専門家は指摘してきました。いくら「政治利用」価値があるとはいえ、自国を犠牲にしてまでやることではないというわけです。

 加えて、中国は目下米中貿易戦争の最中です。中国がアメリカに逆襲する手段は農産品しかありませんが、農産品に関税をかけても中国が自分の首を締めることになるだけです。

 なぜなら、アメリカから輸入する農産品のほうが国内産の半値近く安いからです。この米中貿易戦争から、我々は2つの中国の弱点を見つけることができます。一つは、中国の産業は予想以上に弱いこと。もう一つは、皇帝がいないと中国政府は不安定になることです。この米中貿易戦争で、中国がどこまで変わっていくのかを、世界史的視野を持って見るべきです。


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