歓迎されざる台湾海峡にかける橋  中村 裕(日本経済新聞台北支局長)

【日本経済新聞:2022年2月22日】*日経ヴェリタス2022年2月20日号より

 中国で今、ある大型の建設プロジェクトが本格的に動き出そうとしている。中国南部・福建省の沿岸都市から、台湾海峡を隔てた台湾とを、橋で結んでしまうという巨大インフラ計画だ。2035年までの完成を目指し、台湾統一を歴史的任務とする中国では、習近平(シー・ジンピン)国家主席の檄(げき)が飛ぶ。果たして、中国の夢ともいえる「巨大大橋」は、本当に架かるのだろうか。

 まず、驚くのはその長さだ。全長およそ130キロメートルの巨大な大橋。例えば、日本の本州と四国に架かる瀬戸大橋は、道路と鉄道の併用橋として世界最大級とされるが、それでも長さは10キロメートルほど。中国が計画する橋がいかに巨大なものかが分かる。

 台湾海峡の水深は大半が50〜100メートル程度と、比較的浅い。瀬戸内海と同程度で、海底の地盤調査次第だが、深さだけをみれば、建設条件は決して悪くはない。ちなみに中国の計画では、台湾海峡の下に海底トンネルを掘り、鉄道などで中国大陸と台湾を結ぶ案も用意されている。

 地理的には、福建省の中核都市である福州市に近い福清市が、中国大陸側の出発点となる。そこからまず、台湾海峡に浮かぶ小さな平潭(ピンタン)島までを橋で結び、さらにその島から、台北市を目指して台湾海峡を一挙に橋で結んでしまうというのが、中国側の構想だ。

 既に福清から平潭島までの橋は20年12月に完成し、開通した。その橋について、昨年3月の全国人民代表大会(全人代)で、台湾まで延伸させる計画が示され、可決したというのが最近の経緯だ。もちろん、台湾側の了承は一切無いが、不思議なことに、台湾では橋の建設自体を知る人も少なく、関心もこれまで低かった。なぜか。

 実は同計画が最初に持ち上がったのは、胡錦濤(フー・ジンタオ)前国家主席時代に遡る。08年に当時の鉄道部と福建省が、台湾海峡沿岸の鉄道整備を加速することで一致。党が台湾への高速鉄道建設を支援する内容も議事録に明記され、計画が公に知られるところとなった。

 ただ、台湾では当時から、巨大橋の構想はあまりに非現実的と捉えられた。「共産党が台湾との統一機運を高めるためにプロパガンダをまた国内向けにやっている」(当時を知る台湾人)としか受け止められなかった。

 だが中国は18年、中国南部の広東省珠海市と、香港、マカオを結ぶ世界最長級の「港珠澳大橋」(全長55キロメートル)を9年余りで完成させてみせた。香港を中国大陸に吸収することを狙った橋だが、完成から1年半後には香港国家安全維持法を成立させ、香港はあっさり中国の強権下に落ちた。こうした流れが、中国と台湾をむすぶ巨大橋の建設で再現されないとは、もはや言い切れない。

 このため、台湾人の間でも徐々に問題視する声が出始めている。「橋の建設計画を聞いた時はそんなことはあり得ないと思いつつ、怒りがこみ上げた。敵が自分の家の前を通り過ぎるような行為で、絶対に受け入れられない」(台北市在住54歳男性、陳忠雄さん)。「中国と台湾が橋で結ばれるなんて、とても想像できない。中国のせいで大好きな香港に遊びに行くのも怖くなった。もうこれ以上、中国と関わりたくない」(台北市在住35歳女性、林怡萱さん)。

 台湾人に全く歓迎されない巨大橋だが、海峡の対岸を目指して工事は続く。

(台北=中村裕)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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