李登輝起訴の背後に何があるのか(下) 林 建良

6月30日昼、台湾の最高法院検察署(最高検)が李登輝元総統を国家機密費を横領したと
して公有財物横領の罪で起訴したというニュースが駆け巡った。

 李元総統は翌日、「私は絶対に打倒されない。台湾の主体性と民主の発展を守るため、
これからも言うべきことは言い続ける。90歳の老人に死は怖くない。たとえ李登輝が死ん
でも、台湾人にはまだまだ数千、数万もの李登輝(の分身)がいて、台湾の民主のために
戦う」と宣言、真っ向から最高検と戦う姿勢を明らかにした。

 台湾問題や日台交流に関心のある人々は、なぜ今になって李登輝元総統は起訴されたの
か、その背景になにがあるのか、誰が仕掛けたのか、と誰もがいぶかしんだ。

 それに応えているのが、林建良氏(メルマガ「台湾の声」編集長、本会常務理事)が月
刊「日本」9月号に発表した論考「李登輝起訴の背後に何があるのか」だ。かなり長い論考
なので、2回にわたってご紹介したい。前編は昨日掲載し、本日が後編である。


李登輝起訴の背後に何があるのか(下)
【「月刊日本」2011年9月号より転載】

                  「台湾の声」編集長 林 建良(りん けんりょう)

◆不屈の精神を見せる李登輝氏

 果たしてこの一石三鳥の効果は出ているのか。世論調査によれば、台湾の国民のほとん
どがこの起訴には政治的意図が働いていると認識している。民進党総統候補者である蔡英
文氏に脅しをかける分断作戦も完全に不発に終わった。起訴翌日の7月1日、蔡英文氏が李
登輝氏と一緒に台湾団結聯盟の決起大会に出席していたことが何よりの証明である。

 李登輝氏もこの集会で、いくら弾圧されようとも屈することはないと力強く宣言した。
死さえも恐れないのにこの程度の弾圧に屈するはずはない。台湾には沢山の李登輝がおり、
たとえ李登輝が死んでも、次から次へ出てくるはずだと語り、馬英九政権と戦う意志を明
確にした。

 李登輝起訴は親中国派を喜ばせたことには違いないが、もっと重要な狙いである民進党
と李登輝氏との離間には全く効果がなかった。それどころか起訴の翌日から台湾各地にお
いて「守護阿輝伯、打倒馬英九」(李登輝爺ちゃんを守れ、馬英九を打倒せよ)のスロー
ガンが掲げられ、独立派陣営の気勢もかつてないほど高まった。台湾人にとっては90歳に
もなる老人をいじめる馬英九はとても許せる代物ではないのだ。

 結果として民進党の支持率がさらに上がり、国民党内部の台湾派勢力を離反させる結末
となった。国民党寄りのマスコミは、李登輝起訴によって民進党支持者の結束が高まると
同時に、国民党側でも危機感が高まり、支持の喚起に繋がったとコメントしている。つま
り、李登輝起訴で馬英九陣営が蜂の巣を突っついてしまったことを認めざるを得なかった。

◆妻にも見放された馬英九

 では、この一石三鳥を狙った「李登輝起訴」の黒幕は一体誰なのか。

 馬英九自身が黒幕なのであれば、この作戦はまさに彼の愚かさを真に証明するようなも
のだ。馬英九の無能は周知の事実であるし、妻の周美青が「全く魅力のない男で、来世が
あるなら絶対この人とは結婚しない」と公言したほどである。しかし、この甘いマスクと
空っぽな頭を持つ男の身辺には幼馴染の知恵袋、金溥聡という人物がいた。

 2008年の総統選挙で馬英九陣営を仕切っていた台湾台南生まれの金氏は「金小刀」と呼
ばれ、そのあだ名の通り頭の切れる策士である。彼は台湾人の社会で成長して台湾人の機
微をよく理解しているからこそ、長期にわたって馬英九の右腕が務まっているのだ。今回
の起訴も金氏の策略ではないかとの観測もあるが、その彼が李登輝起訴後の変化を予想で
きないとはとても考えにくい。

◆黒幕は中国

 答えは一つしかない。馬英九のパトロンである中国だ。民進党に政権を明け渡すことを
国民党以上に危惧しているのは、他ならない中国である。親中派の馬英九の肩を持つのは
当然であるが、台湾を戦争という代価を払わず併合できる一番良い駒が馬英九なのである。
無能であるが故に中国の指示に唯々諾々とする馬英九は、中国にとり意のままに動かせる
都合の良い存在だ。

 馬英九は中国と18のパイプを持っていると公言しているが、言い換えれば、彼に指図で
きる中国のボスが18人もいるということである。自国を併呑しようとする敵とのパイプを
自慢するリーダーがどこにいるのか。しかしながら台湾人は、中国の尖兵を自国のリーダ
ーとして選んでしまった。

 実際に起訴直前の6月に台湾の検察総長である黄世銘が中国へ行き、1週間滞在している。
現職の台湾検察最高責任者が秘密裏に中国に行くこと自体が尋常なことではない。その黄
世銘が台湾に帰国してからほどなくして李登輝氏を起訴した。

 台湾団結聯盟の黄昆輝主席は、黄世銘検察総長が中国で李登輝起訴の指令を受けたと批
判したが、この批判は決して看過すべきものではない。批判が事実なら、敵国の命令に従
って動くという売国行為である。検察総長ともあろう人間がこのような批判を受けた場合、
台湾の常識からすれば、名誉毀損で黄昆輝氏を訴えても良いはずである。それにもかかわ
らず、中国には犯罪の取り締まりに関する非公開会議で行っただけだと軽く交わそうとす
る黄世銘氏の弁解は、逆に疑惑を深めるばかりである。

◆傲慢から生じる中国の判断ミス

 中国からの命令であるとすると、李登輝起訴は完全に誤った情報に基づく判断だといわ
ざるを得ない。台湾ほど公開された社会での情報収集は決して困難なことではないはずだ。
「李登輝起訴」が逆効果になることを中国がなぜ予想できなかったのかとの疑問も残る。

 これはまさに中国の台湾観測の盲点なのだ。中国はその気さえあれば台湾に関する情報
で手に入らないものはないであろうし、台湾の世論動向ももちろん的確に把握できるはず
であろう。ところが、中国の台湾観測は常に間違っていた。

 1996年の台湾最初の国民による総統選挙の際のミサイル演習による恫喝や、2000年の総
統選挙の直前に朱鎔基首相が表明した「間違った人を選ぶと戦争を選ぶことになる」との
恫喝は全く効き目がなかった。台湾国民はその都度、中国の期待とは逆の選択をしたので
ある。

◆利益と恐怖で他国をも操る中国

 諜報工作や情報収集に巧みな中国がなぜ台湾社会の動向を把握できないのか。その原因
は、中国人は常に自分たちの目線で台湾人を判断しているからであるといえる。

 中国の指導者にとって国民の目線などはどうでも良いことであり、彼らは利益と恐怖の
心理を上手く利用し自国民を統治してきた。同じように台湾人も利益と恐怖の使い分けで
操れると彼らは考えているのだ。中国人が利益で釣られるなら、台湾人も当然釣られる。
中国人が恐怖心で屈服するなら、台湾人も当然屈服するという発想である。チベットやウ
イグルに対する残虐行為でも分かるように、そもそも中国人は自分より格下と思う存在に
は無法な接し方しかしない民族であるから相手の独自性などは眼中にない。

 その中国にとって司法は権力行使の道具に過ぎないのだ。気にいらない人間を牢屋に入
れること自体になんの理由もいらない。つい最近まで牢屋に入れられていた中国の芸術家、
艾未未氏はまさにその良い例である。自国の国民だけでなく、他国の司法へも平気に口出
しするのが中国なのだ。尖閣沖漁船衝突事件の際には、日本も中国の脅しに屈して漁船の
船長を起訴猶予で釈放した。それが何を意味しているのかといえば、数多くの政治家、官
僚たちが中国に操られて、自国のためではなく中国の利益のために働いているということ
である。数年前に起きた上海の日本外交官自殺事件にせよ、自衛隊のイージス艦の情報漏
えい事件にせよ、背後には中国の力が隠然と存在しているのだ。

 このモラル無き国による他国の頭脳中枢への侵食は、他国の国力をすべて中国のために
するとてつもない大きな略奪行為となって成功しつつある。中国を訪問したことのある日
本と台湾の政治家や官僚たちは全員中国の罠にはめられて、中国の駒になっていると考え
たほうがよさそうだ。

◆台湾人に通用しない中国の誘惑と恫喝

 そのような中国であるから、台湾人の心情など気にもかけない中国のボスが今回の起訴
によって、漁船衝突事件で日本を屈服させたように李登輝氏を屈服させることができ、台
湾人を恐怖の淵に陥れられるとの驕りから馬英九に起訴をしろと指図したのであろう。

 しかし、台湾人は中国人とは違う人種だ。中国人に効く誘惑や恫喝が台湾人にも効くと
は限らない。それを示すのが李登輝氏の「死ぬことすら恐れないのに、この程度のことを
恐れるものか」「李登輝が死んでも台湾にはまだ沢山の李登輝がいる」との言葉だ。この
不屈の精神に応えようとする各地の「守護李登輝」(李登輝を守れ)運動はまさに中国人
にはない台湾人精神そのものである。それは李登輝精神でもあるのだ。

                                     (了)



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