李登輝氏 10年前の助言─安倍首相に「再登板し、憲法改正を」 河崎 眞澄(産経新聞論説委員)

 亡くなられた李登輝元総統を師父のごとく慕っていた人は少なくないようで、安倍晋三・前総理もその一人だったのではないかと思われます。

 第一次安倍政権での総理辞任から3年目の2010年10月31日、羽田空港と台湾の松山空港を結ぶ定期便が就航し、その第1便に搭乗した安倍氏は一人で李元総統の台北市内のご自宅「翠山荘」を訪ねています。

 そのとき、翠山荘で交わしたお二人の話について、『李登輝秘録』著者の河崎眞澄氏(産経新聞特別記者・論説委員)が紹介していますので、下記に紹介します。

 実はこのとき、安倍氏は李元総統のご自宅へ行こうとして行き方が分からず、日本に助けを求める電話を入れていました。そのあたりの事情を、李元総統秘書の早川友久氏がフェイスブックで明かしています。

                 ◇     ◇     ◇

 台北に着いてから、安倍さんは日本在住のある人物に電話をかけます。 「どうしても李登輝さんに会いたいが連絡手段がない。なんとか助けてくれませんか」

 その依頼を聞いて「ここで断っては女がすたる」と思ったその方は、台湾独立運動の大親分である黄昭堂主席を通じてアポを取り付けました。実は李総統も安倍さんに会いたいと思っていたそうで、まさに「渡りに船」だったわけです。

 当時、安倍さんはタクシーで李総統の自宅へ向かったと報じられ、国民党の馬英九政権が故意に車を手配しなかったなどと批判されました。

 真相は、安倍さんが「台湾に行ったら李総統に会いたい」と要望を出しても、台湾側からは「李総統はいま体調が良くないので会えない」という返事だったという、車両手配以前の問題だったわけです。

 ただ、どうしても李総統に会いたい、という熱意から、安倍さんが台湾からわざわざ電話をかけ、それを実現させたのは金美齢先生でした。

 安倍さんは第一次政権と第二次政権の間に訪台し、李総統にお会いしています。

—————————————————————————————–李登輝氏 10年前の助言─安倍首相に「再登板し、憲法改正を」 河崎 眞澄 産経新聞特別記者・論説委員【産経新聞:2020年9月16日】https://special.sankei.com/a/international/article/20200915/0002.html写真:2010年10月31日、安倍晋三首相(右)と台北郊外の玄関前で握手する台湾元総統の李登輝氏(李登輝基金   会提供)

「もう一度、首相になりなさい。いま、あなたのほかにリーダーはいない」

 2010年10月31日のこと。台湾の元総統、李登輝氏(当時87歳)は台北郊外の自宅を訪ねてきた安倍晋三氏(同56歳)に、こう畳みかけたという。その3年前、体調が悪化して辞任した安倍首相。羽田空港と台北市内の松山空港を結ぶ定期便就航の記念式典出席のため、国会議員の一人として訪台していた。

 李氏訪問の日程は当初組まれていなかったが、安倍首相は台北到着後に独自に約束を取り付け、タクシーでかけつけた。李氏本人と複数の関係者が明かした。

 安倍首相は衆院選で初当選した翌年の1994年9月に自民党青年局の一員として訪台し、現職の総統だった李氏に会っている。

 台湾は安倍首相にとり、祖父の岸信介元首相が蒋介石元総統と深い関係を築くなど身近な存在であり、地政学的な重要性も認識していた。国会議員になって訪れたその地で、政治哲学や外交戦略を明確に説いた李氏に心酔したのだという。

 日本と台湾は外交関係がない。一方、台湾を自国の一部と主張する中国は、日本の政府高官の訪台に強硬に反発している。ただし職位を退けば、国会議員であっても制限は受けない。

 一度目の首相を1年で辞任した安倍首相だったが、李氏は政治リーダーとして将来性を買っていた。首相再登板に加え、「憲法を改正しなさい」とも説いた。

 2018年10月に産経新聞の取材に応じた李氏は、その理由について「日本の安全保障は米国依存だけではなく独自の抑止力が必要と考えたからだ」と説明した。

 中国や北朝鮮の軍事脅威が強まった東アジアで、民主主義国の日本が憲法9条への自衛隊明記によって強いリーダーシップを発揮することが、台湾も含むアジアの安全保障に欠かせないと李氏は判断していた。安倍首相なら実行できる、と信頼を寄せていたという。

 李氏は、「国家安全保障会議(NSC)設置」「閣僚への女性の登用」も同時に助言した。実際、12年12月に首相に返り咲いた後、安倍首相は自ら議長となり、持論でもあったNSC設置を13年12月に実現した。女性閣僚は少数ながら稲田朋美氏を16年に防衛相にするなど、異例ともいえる采配をした。

 李氏が10年に伝えた4項目のうち「憲法改正」以外は実現した。安倍首相とは師弟関係といってもいい。

 李氏は7月30日、97歳の生涯を閉じた。新型コロナウイルス感染の影響で、日台間の渡航は制限されているが、森喜朗元首相ら弔問団が特例措置で8月9日に入境を認められ、台北で李氏の遺影に花を供えた。

 台湾では李氏の「しのぶ会」が今月19日、蔡英文総統も参列して台北郊外で行われ、遺骨を納める葬儀も10月7日に予定される。

 他方、安倍首相は8月28日に首相の座を降りる決断を再び下した。14日に行われた自民党の総裁選で菅義偉氏が選出され、16日の臨時国会で安倍首相の後任首相に決まる。これにより安倍氏は元首相の国会議員の立場に戻る。自ら望めば、訪台も可能になる。

 李氏の遺影が10年前と同じ笑顔で「もう一度、首相になりなさい。そして憲法改正しなさい」と、台湾での葬儀に参列する安倍氏に語りかけるシーンを夢想している。

(特別記者兼論説委員)

※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


投稿日

カテゴリー:

投稿者: