李登輝前総統の「週刊東洋経済」連載「長老の智慧」(1)

台湾の基礎を築いた後藤新平・独自の精神性にこそ惹かれる

 12月6日発行の本誌第656号でお伝えしましたように、李登輝前総統が「週刊東洋経済」
(東洋経済新報社発行)誌の「長老の智慧」という1ページコラムに、12月3日発売の12月
8日号から5回にわたる連載を始められた。

 12月17日発売で3回目となるが、ここでは、見逃した読者のため第1回目をご紹介したい。
                                   (編集部)

■週刊 東洋経済(通常号定価:570円)
 http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/index.html


【「週刊東洋経済」12月8日号(12月3日発売)掲載「長老の智慧」】

李登輝 その1【全5回】

 台湾の経済発展を指揮したアジアのリーダーは、日本の後藤新平賞を受賞した。後藤
は台湾の民政長官時代に多大の業績を残したが、むしろその精神性にこそ魅力があると
語る。

■李登輝
り・とうき●1923年台湾生まれ。京大農学部を経て49年台湾大卒。米コーネル大博士。
72年に政界入り。88年蒋経国・総統死去により副総統から総統に就く。96年には直接選
挙制による初の総統に。2000年退任。台湾の民主化を指導した。

台湾の基礎を築いた後藤新平
独自の精神性にこそ惹かれる

 今年、私は「後藤新平賞」(後藤新平の会主催)の第1回受賞者に選ばれました。後藤
はご存じのとおり、100年先を見通して大きなスケールで政策を構想し、数々の業績を残
した政治家です。台湾とも縁が深く、1898年から1906年にかけ、台湾総督府の民政長官と
して、未開発地域だった台湾の近代化を指導しました。悪疫の根絶のために医療や上下
水道の整備を進め、教育を普及させ、産業を振興するなど民生向上に多大の貢献をしま
した。

 私が生まれたときには後藤はすでに台湾におらず、直接のつながりもありません。し
かし、今日の台湾は後藤が築いた基礎の上にあり、この延長線上に新しい台湾政府と台
湾の民主化を促進した私は、決して彼と無縁ではありません。実は何より私は後藤との
間に、強い精神的なつながりを感じているのです。

 後藤はもともとは医師で、自由民権運動の遊説先で板垣退助が暴漢に襲われ負傷した
とき、板垣を治療しています。子どものころ、この事実を知った私は後藤を尊敬し私淑
するようになりました。

 台湾がまだ清朝の統治下にあったとき、北京から派遣された劉という知事が台湾の近
代化を図ろうとしましたが、ほとんど失敗に終わってしまいました。それは開発の初期
条件の整備に注意を払わなかったこと、そして開発資金に無頓着だったこと、さらにこ
れはとても大事なことですが、開発の目的を明確に持っていなかったことです。

 ところが後藤はそうしたことをよく理解し台湾統治に当たりました。何より人的リー
ダーシップに優れていました。彼は台湾に着任すると人事の刷新と人材の登用を行いま
した。登用された中には、中村是公や新渡戸稲造など優秀な人物がそろっていました。

 後藤は「人の世話にならぬよう。人のお世話をするよう。そして報いを求めぬよう」
という「自治三訣」を提唱していますが、その人間像は他の日本の政治家には見られな
い独自の精神性を持っています。

 これは普通の論理ではない形而上学的な信仰があるのです。後藤の信仰は私は知りま
せんが、言動からは強い信仰を持っていることがうかがえます。信仰のセンス(判断、
感覚)は理屈ではなく情動、情緒です。私はクリスチャンです。後藤に私が強い精神的
なつながりを感じるのは、そうした強い信仰を持っているからです。後藤は私にとって
精神的な導きの師でもあるのです。


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