李登輝前総統の「週刊東洋経済」連載「長老の智慧」(2)

現実と仮想との混乱を憂う 最も重要なのは信仰心

 李登輝前総統が「週刊東洋経済」(東洋経済新報社発行)誌の「長老の智慧」という
1ページコラムに、12月3日発売の12月8日号から5回にわたる連載を始められた。

 12月25日発売の「2007年12月29・2008年1月5日迎春合併特大号」特別定価700円(税込)
で4回目となる。この号では「有能な人間を特別部局に、試験だけに強い人材は無用」
と題して寄稿されている。

 先に見逃した読者のため第1回目をご紹介したが(12月19日発行、第664号)ここに第
2回目掲載分をご紹介したい。                     (編集部)

■週刊 東洋経済 2007年12月29・2008年1月5日迎春合併特大号(12月25日発売)
 http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/

・その1 台湾の基礎を築いた後藤新平 独自の精神性にこそ惹かれる
・その2 現実と仮想との混乱を憂う 最も重要なのは信仰心
・その3 アジアでは米中の覇権争い 日本は自信を持って行動を
・その4 有能な人間を特別部局に 試験だけに強い人材は無用


【「週刊東洋経済」12月15日号(12月10日発売)掲載「長老の智慧」】

李登輝 その2【全5回】

文化にも造詣が深い老政治家は、村上春樹を読み、「スタートレック」をも語る。しか
し、バーチャルとリアリティの区別がつかなくなった現代人には深い憂慮を感じている。

■李登輝
り・とうき●1923年台湾生まれ。京大農学部を経て49年台湾大卒。米コーネル大博士。
72年に政界入り。88年蒋経国・総統死去により副総統から総統に就く。96年には直接選
挙制による初の総統に。2000年退任。台湾の民主化を指導した。

現実と仮想との混乱を憂う
最も重要なのは信仰心

 技術の進歩が速くなり、おカネとメディアが全世界を駆け巡っています。こうしたグ
ローバライゼーション時代ではメディアの役割が重要です。メディア自体が世界で強い
影響を与えており、メディアがどういう方向にいくかで世界も変わってしまいます。

 メディアが考えなければいけないのは、リアリティとバーチャルリアリティの問題で
す。今、映画を見ていると新しいシナリオを作れていないのでは、と思います。という
のは現実と仮想が混乱しているからです。かつては過去・現在・将来と三つの空間があ
りましたが、これにバーチャルリアリティが加わります。そして、いわゆる死んだ人の
世界がもう一つ入ってきます。となると、五つの空間です。

 映画、特に米国映画などをご覧なさい。映画の中では、幽霊やらいろいろな訳のわか
らないものが出てきて、人間は死んでもすぐ生き返るし、理解できません。でも、そう
いう話だと売れるんです。

 今の人は現実に生きていながら、将来のことはわからない。死んだ後の地獄、天国、
将来はどうなるかといったことも、宗教ではっきりとは教えてくれない。だから若い人
は、メディアから流される世界を信じてしまうんでしょう。

 私が1960年代に米国にいたとき、テレビで「スタートレック」をやっていた。今も時
々見ていますけどね。そこで出てくる話で、銀河系の中でも1ヵ所だけは行ってはいけな
い星がある。そこでは死んだ人は生き返る。そういうことを映画やドラマでやっている。
われわれはこういう話が受け入れられているという現状を、ある程度、理解をしておい
たほうがいい。

 最近、村上春樹の『ノルウェーの森』を読んでいるけど、面白いね。ありえないよう
なことを空想しながら書いている。こうした作品を読まないと、今の人が何を考えてい
るかがわかりません。インターネットでも、また漫画でもありえないようなことが載っ
ている。空想でつくられたものが、実際の世界であるかのように映画館とかテレビでわ
れわれの前に出てきている。若い人はこうしたものしか見ないから、そこに興味を持っ
ている。

 このように混乱した状態にある世界が将来どうなるか、気掛かりです。そこで私は最
後に残るのは人間の価値と道徳だと思っています。その道徳を支えるのは宗教です。政
治家であった私が信仰の重要性を説くのは、こうした理由からです。   (つづく)



投稿日

カテゴリー:

投稿者: