日本版「台湾旅行法」で結束を  井上 和彦(ジャーナリスト)

【産経新聞:2025年1月22日】
https://www.sankei.com/article/20250122-B73FELLSMNKJTDSOKNZN3GTA6A/?554558

◆台湾の金門島からの景色

昨年2月、島民の一人は、「今は中国との緊張関係はない」と言い切り、加えて対岸との関係は良好だと、中国の脅威を否定した。

台湾本島から200キロ、遠く離れた金門島(大金門島)の静けさが不気味だった。

唖然(あぜん)とさせられたのは、烈嶼郷(小金門島)の対岸に見える中国・厦門の街に無数の高層ビルが林立していたことだ。

こちら側の海岸には上陸用舟艇を阻止するための杭(くい)がずらりと並んでおり、中台の危機感の違いに言葉を失った。

この対照的な光景を見て思ったことは、中国は、金門島に対する武力侵攻を想定していないのではないかということだ。

その仮説を裏打ちするように、中国は、金門島の真正面に浮かぶ大嶝島に新しい国際空港を建設していたのである。

湖里区にある厦門高崎国際空港と別にわざわざ対峙(たいじ)する金門島の目の前の大嶝島に造るのだから推して知るべし。

決定的なのは、慢性的な水不足に悩んできた金門島が、中国から水の供給を受けていることだ。

水を握られたのではどうしようもない。

中国の余裕はこんなところにあるのかもしれない。

加えて厦門と金門島を結ぶ橋の建設構想までもが持ち上がっているから何をか言わん。

最前線・金門島の事情は軍事的挑発が増している台湾本島とは大きく異なっているようだ。

実際には中国は金門島に対して“力によらない現状変更”の策謀を進めており、台湾有事はすでに始まっているとみるべきだろう。

ある観光地のお店の外壁には堂々と毛沢東の似顔絵が描かれており、店内には毛沢東と蒋介石が肩を組んだ絵に「只要和平」「不要戦争」の文字まで添えられている。

まさに音を立てず侵入する「サイレントインベージョン」の脅威を目の当たりにした。

そもそも金門島は、国共内戦で敗れた蒋介石が、中華民国という国家まる抱えで台湾に逃げてきたとき、大陸反攻の橋頭堡(きょうとうほ)として守り抜いた戦略拠点だ。

そして毛沢東の中共軍と激しい攻防戦が繰り広げられた激戦地でもあった。

◆封印された根本中将の功績

国共内戦で金門島防衛の賢策を講じたのは、旧日本陸軍駐蒙軍司令官の根本博中将だった。

根本中将は終戦時の在留邦人と多くの日本軍将兵の帰還に対する蒋介石への恩義のため台湾に渡って国民党軍の金門島防衛作戦に寄与した。

ところがこの史実は封印されたままなのだ。

本来ならば元日本軍人の英知による金門防衛戦がその後の中共軍による台湾本島進攻を断念させたことが顕彰されてしかるべきなのだが。

そんな金門島の対日感情は台湾本島のそれとは温度差がある。

その原因は日本統治経験の有無だ。

台湾本島は半世紀におよぶ日本統治を経験し、教育をはじめインフラ整備などがいまも高く評価されている。

一方で金門島は、戦時中にごくわずかな日本軍占領期間を経験しているが、台湾本島のような統治は行われていない。

つまり金門島は日本統治時代を経験していない台湾領ということになる。

多くの台湾人によれば、むろん個人差はあるだろうが、金門島島民のアイデンティティーは台湾人というよりむしろ“中華民国人”考える人が少なくないという。

となれば中国はより一層つけ入りやすいだろう。

だが頼清徳総統政権下の台湾は、こうしたハイブリッド戦をしかけてくる中国の脅威に対抗すべく自衛戦力の強化に努めている。

中国が、露骨な軍事的圧力を仕掛け周辺海空域で挑発的な軍事演習を行うなど、台湾海峡危機が風雲急を告げる状況であることは衆目の一致するところだ。

◆日本はもう傍観できない

そんな中、1月20日に米国大統領にトランプ氏が就任した。

トランプ大統領は、中国への対決姿勢を一層強め、台湾への防衛力支援をさらに強化するだろう。

事実、第1次トランプ政権下の2018年3月に台湾旅行法を成立させ、この法律によって、米国と台湾の高官および軍人が相互に交流できるようになった。

つまりこの台湾旅行法は、実質上の米台国交回復を意味する法律といっても言い過ぎではないだろう。

その後、トランプ政権は台湾の防衛力を強化すべく、米軍の主力戦車M1A2、最新型のF16V戦闘機など高性能兵器の売却を決定、目下配備が進められている。

そしてなにより注目すべきは、現在、台湾軍の派米訓練など米軍との連携が強化されていることだ。

日本政府はこれまで通りに中国への配慮を言い訳にして傍観していられるだろうか。

安倍晋三元首相が遺(のこ)した「台湾有事は日本有事」の言葉を反芻(はんすう)し、日本版台湾旅行法の整備と、台湾を現有の安全保障枠組みである日米豪印の戦略対話「クアッド」に参加できるようにする働きかけも一考に値しよう。

緊迫する情勢下、日本政府は、アジア版NATOなどという無意味な構想の検討に時間を割いている場合ではない。

(いのうえ かずひこ)


※この記事はメルマガ「日台共栄」のバックナンバーです。


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