を考える上でたいへん示唆的な論考を「Japan Business Press」に発表している。
本会は去る3月24日に今年度の政策提言として「我が国の外交・安全保障政策推進のため
『日台関係基本法』を早急に制定せよ」を発表している。
その主旨は「我が国が毅然とした対中政策を打ち立てるには、台湾との基本関係を定め
る法律が不可欠であり、安倍首相が『外交5原則』で示した構想を実現するためにこそ……
『日台関係基本法』の制定を急ぐべき」というものだが、樋口氏も「中国の軍事行動を牽
制する主体的な取り組み」として「特に、台湾の帰趨は、我が国に死活的影響を及ぼすこ
とから、日本版『台湾関係基本法』を制定」せよと提案している。
樋口氏は「台湾関係基本法」の具体的内容を示していないものの、「平時から安全保
障・防衛協力を行なう」内容だと示唆している。一方、本会の「日台関係基本法」は「平
等互恵を原則とする日台間の関係を発展させることを目的とする、台湾との総合的な外交
を行うための根拠法規」だと定義している。
つまり、樋口氏の「台湾関係基本法」は、台湾への防御的武器の供与をも定める米国の
「台湾関係法」をイメージさせる点で、本会の提案する日台関係基本法とは力点の置き方
が異なっているのかもしれない。
しかし、これは出口が異なるだけで、入口は一緒だ。ともに中国の台頭を念頭に、日米
同盟を主軸に台湾と協力することを意図したものだからだ。
樋口氏の「台湾海峡危機で露呈した米国の本音─曖昧戦略の米国は尖閣有事に介入する
か」と題した論考は、尖閣諸島への米国の対応を、第1次台湾海峡危機(1954年9月〜55年1
月)における米国の対応に照覧し、尖閣有事を想定した日本の沿岸(領域)警備、特に国
境防衛の強化はどうすべきかをテーマに書かれている。かなり長い論考なので、2回に分け
てご紹介したい。
掲載に当たっては、タイトルを「日本を左右する重要な鍵─『台湾関係基本法』の制定
を」と改めたことをお断わりする。また、下記のプロフィールは「Japan Business Press」
掲載のものである。
樋口譲次(Johji Higuchi) 元・陸上自衛隊幹部学校長、陸将
昭和22(1947)年1月17日生まれ、長崎県(大村高校)出身。防衛大学校第13期生・機械工
学専攻卒業、陸上自衛隊幹部学校・第24期指揮幕僚課程修了。米陸軍指揮幕僚大学留学
(1985〜1986年)、統合幕僚学校・第9期特別課程修了。自衛隊における主要職歴:第2高
射特科団長、第7師団副師団長兼東千歳駐屯地司令、第6師団長、陸上自衛隊幹部学校長。
現在:郷友総合研究所・上級研究員、日本安全保障戦略研究所・理事、日本戦略フォーラ
ム・ 政策提言委員などを務める。
台湾海峡危機で露呈した米国の本音─曖昧戦略の米国は尖閣有事に介入するか(下)
樋口譲次(元・陸上自衛隊幹部学校長、陸将)
【Japan Business Press:2013年8月26日】
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38508
◆米国の「恐るべきジレンマ(a horrible dilemma)」と我が国の防衛
米華相互防衛条約締結交渉を通じて露呈した米国の本音と採用した戦略は、尖閣諸島有
事における米国の対応を想定するうえで、きわめて例示的である。つまり、尖閣諸島有事
に際して、米国には「恐るべきジレンマ(a horrible dilemma)」があり、「尖閣諸島に
関する米国の立場」には、そのジレンマが内包されているとは言えないだろうか。
米国は、尖閣諸島防衛への介入によって中国との全面的な軍事衝突に拡大することは何
としても回避したい。
一方、中国の尖閣諸島への攻撃を黙認し、あるいは介入を完全に放棄すれば、中国の軍
事行動はエスカレートし、東アジアにおける日本、台湾、フィリピン、ベトナムなどの安
全保障が脅かされるとともに、各国との同盟の信頼性を著しく損なうことへの懸念がある。
その結果、米国は、「(中国との)尖閣諸島の帰属に関する実力行使を伴う国際紛争の
場合、日米安保は発動しない」(モンデール元駐日大使)。
一方、中国が尖閣諸島を攻撃した場合、米国がいかに反応するか中国を疑心暗鬼にさせ
ておくため、「尖閣諸島は、日米安保条約第5条の適用対象である」(クリントン国務長
官)として、「適用範囲」に「曖昧(fuzzing up)」性や柔軟性を持たせることによっ
て、中国へのいたずらな挑発を避けると同時に、中国の軍事行動を牽制しようと考えてい
ると見て間違いなかろう。
当初の問題設定に戻れば、米国の真意は、モンデール元駐日大使とクリントン国務長官
の双方にあり、いずれも米国の立場を表明していると言えるのではないだろうか。
では、我が国の防衛は、どうあらねばならないのか――。
(1)領域(沿岸)警備、特に国境防衛を強化せよ
我が国では、尖閣諸島有事に際して、米軍への来援期待度が大きい。しかし、尖閣諸島
は日米安保条約の「適用範囲」であるとの見解は、あくまで米国の曖昧戦略上の立場を表
明しているに過ぎないと見るのが自然で、尖閣諸島有事に「米国が助けに来てくれる」と
安易に考えるのは、いかにも早計である。
もとより、尖閣諸島の防衛は、国境の防衛であり、寸土たりとも譲れない日本の領土主
権に関わる問題であるが、我が国では、その意識が希薄で、自助自立の体制も不十分である。
諸外国の沿岸(領域)警備のあり方は、安全保障あるいは国防を第一義的に捉え、その
役割を準軍隊である国境警備隊か正規軍(国防軍)に担わせている。
我が国では、戦前、沿岸防備については海軍が担任していた。しかし、戦後、占領軍の
非軍事化(非武装化)・弱体化政策によって、陸海軍はことごとく解体され、安全保障あ
るいは国防の機能が極度に制限された。
その戦後体制は今日までなお続き、沿岸警備は、一義的に「海上の安全及び治安の確
保」を任務とする海上保安庁が対応することになっているため、ただ単に警察機能(活
動)として捉える傾向が強い。
中国は、歴史的にも国際法上も疑いのない我が国固有の領土である尖閣諸島を、実力に
よって実効支配の実績作りを本格化させている。この中国の一方的で、無法な挑戦を断固
として払い除けるには、沿岸(領域)警備、特に国境防衛の強化は、もはや避けて通れない。
そのためには、海上保安庁の組織規模や装備を強化し、準軍事組織に制度変更するか、
「領域警備法」を制定して自衛隊に領域(沿岸)警備の新たな任務を付与するか、あるい
はその2つを同時並行的に行なわなければならない。
そして、国境の島には、普段から一定の部隊を配置することを基本として、平時から有
事に至る隙のない領域(沿岸)警備・国境防衛の体制を、米国に頼らず自ら確立すること
が優先すべき課題ではないだろうか。
(2)防衛力を増強し、自国防衛により主体的に取り組め
中国やインドなどの飛躍的な台頭によって、米国の地位とパワーが相対的に低下してい
く傾向は、米国国家情報会議「GLOBAL TRENDS 2030」も予測する通り、否定し難い世界的
な潮流と見られている。
米国は、中国の覇権拡大に伴い、リバランシング(rebalancing)あるいはピボット
(pivot)によってアジア太平洋地域を重視した戦略態勢の強化に努めている。
しかし、今年3月から発効した「歳出強制削減」によって、米国防予算は10年間で約5000
億ドル(約46兆円)の大幅な削減を求められており、アジア太平洋地域における戦力増強
やその運用を縮小せざるを得ない事態に追い込まれている。
チャック・ヘーゲル米国防長官は、7月30日の国防総省における記者会見で、「『米議会
が強制削減の見直しを行わなければ、海軍の空母11隻のうち最大3隻が運用停止になる』と
述べて、即応戦力の維持に強い危機感を示した」(8月2日付産経新聞)。
国防総省の強制歳出削減に伴う「戦略的選択・管理の見直し」と題する報告書では、陸
軍54万人(2013年2月現在)が削減目標の49万人よりさらに7万人少ない42万人に削減され
るなど、大規模な削減計画があることを明らかにしている。
我が国を取り巻く安全保障環境は、中国の脅威が増大する一方で、同盟する米国の地位
とパワーが相対的に低下し、アジア太平洋地域におけるプレゼンスや即応態勢に重大な懸
念が表明されるなど、一段と厳しさを増している。
そのようななか、我が国の安全保障・防衛体制の強化は必然の要請であり、「自分の国
は自分の力で守る」の基本原則を再認識し、防衛力を大幅に増強して、自国の防衛に主体
的に取り組むことが何よりも重要である。
我が国の防衛努力は、防衛費の対GDP比0.8%という数字が示すように、列国と比較し
て極めて不十分である。
主要国の国防費(2010年度)は、対GDP比にして、米国4.6%、中国2.2%、ロシア
5.3%であり、英国、ドイツ、フランスは平均して概ね2%である(平成24年版「日本の防
衛」)。
我が国は、今後ますます強まる中国からの一方的な軍事的挑戦を確実に抑止し、自国の
「生存と安全」を確保しなければならない。
そのためには、安倍政権下で今年末策定予定の新「防衛計画の大綱」において、欧米列
国並みに「防衛費を10年間に倍増(対GDP比2%に)する」との大胆かつ明確な方針を打
ち出すことが、最もその目的達成に資することになるのではないだろうか。
(3)日米同盟の深化と関係諸国との安全保障・防衛協力の強化を図れ
日米同盟を維持し、それを有効に機能させるためには、1.価値・目的の共有、2.負担
の共有、3.リスク(危険)の共有、そして4.利益の共有の4要件が不可欠である。
「思いやり予算」を中心とする接受国支援(HNS)によって、我が国の2.負担の共有
は、一定の成果を上げている。しかし、いま論議されている集団的自衛権の問題は、これ
まで我が国が一方的に同盟による4.利益の恩恵を受けながら、3.リスク(危険)の共有
を避けてきたことにある。
同盟関係は、日本が自から国を守るために必死の覚悟で行動することが大前提である
が、同時に、1.価値・目的および4.利益を共有するため、同盟国とともに血を流す覚悟
が無ければならない(3.)。自ら血を流す覚悟のない国を、同盟国の米国とて、一方的に
米国兵だけに血を流させてまで守る義務はないのである。
日本の安全保障・防衛戦略は、我が国の政治や国民意識の現状を踏まえると、当分の
間、米国の拡大抑止(「核の傘」)への依存なしには成り立たないであろう。
我が国は、「自分の国は自分の力で守る」を基本として、格段の防衛努力を行うととも
に、集団的自衛権の問題を早急に解決しなければならない。
同時に、日米首脳会談や「2+2」の場で拡大抑止を両国の公式テーマとして取り上げ、
ガイドラインの見直しを通じて共同の核抑止戦略を構築し、共同作戦計画の作成、日米共
同調整所の常設など、米国の拡大抑止の信頼性を高める方策の具現化が急務である。
他方、米国は、下図の通り(省略:編集部)、極東(アジア太平洋地域)だけでも、日
本、韓国、台湾、フィリピン、タイ、オーストラリア、ニュージーランドとの間で安保条
約や相互防衛条約を締結している。極東(アジア太平洋地域)有事の際には、これらの国
との同盟上の義務を果たさなければならない。
その米国が、それぞれの同盟国と中国などとの間で抱える島嶼等の領有権問題に対して
「主権中立」の姿勢をとり、軍事介入の言質を与えることを回避しつつ、曖昧戦略によっ
て同盟上の義務を果たそうとする立場を選択せざるを得ない事情は、全く理解し難いこと
ではないであろう。
したがって、我が国は、尖閣諸島などの有事に際し、自国の領土や主権を守るための力
と態勢は自ら整備しなければならないのである。
そのうえで、米国の曖昧戦略を有効に機能させるためにも、米国が現実的に介入する条
件や可能性を作為し、それを顕示して中国の軍事行動を牽制する主体的な取り組みが必要
である。
すなわち、日米ガイドラインを基に、両軍の第一線レベルにまで至る共同作戦調整所や
共同作戦規定を整備し、例えば尖閣諸島防衛を想定した共同演習・訓練を目に見える形で
実施するなど、日米同盟をさらに深化してその実効性を高め、我が国の抑止力の強化に万
全を期さなければならない。
一方、中国の海洋戦略は、尖閣諸島の略取にとどまらない。尖閣諸島は、あくまで中国
の海洋進出の前哨戦であって、対米核戦略上の確実な報復戦力(第2撃力)としてのSSB
N(弾道ミサイル原子力潜水艦)の潜伏海域を南シナ海に確保しながら、目標は第1列島線
そして第2列島線の海域を支配し、西太平洋からインド洋にわたる地域に覇権を確立するこ
とにある。この中国の覇権的拡大に対抗して、その挑戦を抑止できるのは米国をおいてほ
かにない。
米国は、前述の通り、極東(アジア太平洋地域)有事の際には、多くの国との間の同盟
義務を果たさなければならない。
我が国は、「日米安保中心主義」によって我が国の安全保障・防衛を果たそうとしてい
るが、米国の広範多岐にわたる同盟義務を考えた場合、極東(アジア太平洋地域)有事に
多方面に分散して支援せざるを得ない米国の軍事力に大幅に依存する安全保障・防衛体制
は、すでに成り立たなくなっていると考えるべきではないか。
あえて付け加えれば、本地域の主要国であり、世界第3位の経済大国である日本が、いま
だに「日米安保中心主義」の安全保障・防衛政策を掲げること自体、もはや滑稽を通り越
して、恥ずべきであると言われても致し方ないのではないか。
むしろ、これから米国の地位とパワーが次第に低下する趨勢を踏まえるならば、日本は
自らの防衛に主体的に取り組むのは当然であり、さらに、極東(アジア太平洋地域)にお
ける米国のコミットメントを後押しする責任ある役割を求められている、と強く認識しな
ければならないのではないだろうか。
中国の戦略は、西太平洋を焦点として、北極海からインド洋の広域に及ぶ壮大かつ息の
長いものであり、日本が独力でこれに立ち向かうことは困難である。
我が国は、米国との同盟を堅持しつつ、台湾およびフィリピン、ベトナムなどのASE
AN(東南アジア諸国連合)各国、オーストラリア、インドなどとの戦略的連携が欠かせ
ない。
特に、台湾の帰趨は、我が国に死活的影響を及ぼすことから、日本版「台湾関係基本
法」を制定して、平時から安全保障・防衛協力を行なうなど、日米安保体制を基軸とし
て、中国による「力ずくでの挑戦」を受けている周辺諸国との連携を一段と強化できるか
否かが、今後の我が国の「生存と安全」を左右する重要な鍵となるのは間違いなかろう。
(了)