日本と台湾の選挙を徹底比較:浮き彫りになった「七不思議」(下) 林 翠儀

【nippon.com:2022年3月26日】https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g02092/?cx_recs_click=true

 「日台選挙七不思議」の後半は、「候補者ナンバー」や「テーマソングにグッズ」、さらには投票方式の違いについて紹介する。

◆日台選挙七不思議(4):巨大ポスターとのぼりの海

 選挙運動の配布物を見ても、日本は台湾と比べて地味だ。日本は選挙法で特定の配布物を除いて、候補者に関する「文書図画」はいかなるものも配布できないと定められている。台湾の選挙でよく見られるうちわ、横断幕、応援用のスティックバルーンも、日本では全て禁止だ。2014年に松島みどり元法相が、選挙区の祭りで似顔絵入りのうちわを配布したとして公職選挙法違反に問われた。不起訴処分になったものの、大臣の職を辞している。

 日本で候補者が掲示・配布可能な文書図画は、ポスター、はがき、ビラなどで、使用できる枚数は選挙によって異なる。たとえば衆院選のポスターは、選挙ポスター掲示場にしか掲示できないが、内容に制限はなく、選挙期間中は自由に貼り替え可能だ。政治家は普段から私有地にポスターを貼ることもある。だが、選挙期間は法に抵触しないようポスターを貼り替えなければならない。そして、選挙後はまた新しいものを貼り直すことで、地盤を奪われないようにしているのだ。ポスターの貼り替えはタイミングを考える必要があり、広い選挙区の候補者にとってかなりの労力となる。

 有権者に配布する「公選はがき」の郵送料は公費負担だが、枚数に制限がある。衆院選の小選挙区の場合、1人につき3万5000枚だ。ビラはA4以内と定められており、こちらも1人に付き7万枚までと制限がある。配布方式は新聞の折り込み、選挙事務所内、個人演説会の会場内、街頭演説の場所のみだ。日本では台湾のように、家の郵便受けが選挙のビラでいっぱいになることはない。

◆日本には存在しない「候補者ナンバー」

 日台の選挙ポスターで最大の違いは「番号」の印字の有無である。日本では届出順に番号が割り振られるものの、その用途は選挙ポスター掲示場の場所を決めるくらいである。

 台湾の場合、立候補の届出後に抽選で「候補者ナンバー」を決定する。選挙公報や投票用紙への記載順が決まるため、番号は重要だ。番号にまつわる験担ぎも多い。たとえば1番は「強運の持ち主」で、1の字は親指を上に立てた「いいね!」のポーズと見なす。2番なら勝利を表す「V」。「4」は不吉な数字とされるので、いかに凶を吉にひっくり返す解釈ができるか、政治家としての力量が試される。

 台湾の選挙運動における文書図画はバリエーション豊かだ。制限と言えば、ポスター、のぼり、横断幕、看板の設置場所くらいだろう。道路、橋、公園、官庁や会社などの組織、学校、公共施設とその敷地内への設置は禁止だ。また投票日から7日以内に撤去する決まりもあるが、それ以外の規制は少なく、数量や大きさに制限はない。

 台湾選挙の取材や視察をした日本の識者やメディアは、たいてい街頭の巨大ポスターや多数ののぼりに驚く。数年前、台湾の選挙運動で「告急(緊急)」の2文字が流行した際、投票日が近づくにつれ、「告急」「搶救(救援を求む)」と印字された黒い横断幕を掲げる候補者が増えた。街が黒の横断幕で埋まるにつれ、投票日が迫っていることを実感したのだった。

◆日台選挙七不思議(5):候補者のテーマソングとグッズ

 台湾の選挙といえば忘れてはならないのが、候補者のテーマソングだ。起源は1994年の台北市長選挙にさかのぼる。当時の野党・民進党の陳水扁氏がオリジナルテーマソング『春天的花蕊(春の花心)』を打ち出した。喜びと希望をテーマに、「党外」時代の悲しみも訴えた。思わず口ずさみたくなる軽快なメロディーがブームとなり、カラオケランキングにランクインするほどの人気となった。陳水扁氏は総統選に出馬した際も選挙ソングを発表している。

 与野党問わず、多くの候補者がこの手法をまねた。たとえば親民党から出馬した宋楚瑜氏の『有?有我(あなたがいて私がいる)』、国民党の連戦氏の『台灣是?兜(台湾こそ我が家)』がある。

 現在、総統選、首長選、立法委員選挙(国会議員選挙)など、ほとんどの候補者が既存、オリジナルを問わず、自身のテーマソングを持っている。選挙の時期になると、街中で選挙ソングが鳴り響き、もはやどの曲が誰のものか識別できない始末。

 民主化以降、台湾では政治と音楽は共にあった。選挙以外でも、2004年2月28日に100万人の人間の鎖が作られた「牽手護台灣(手を取り合って台湾を守る)」運動では、シンガーソングライターの陳明章氏による『伊是?的寶貝(私の宝物)』が生まれ、「世紀のヒット曲」と称されるほど浸透した。同曲は後に総統選で再選を狙う陳水扁氏を後押しし、リバイバルヒットもしている。

 10年後の14年に起こった「ひまわり学生運動」では、台湾を代表するロックバンドである滅火器(Fire EX.)が運動のために作った『島嶼天光(この島の夜明け)』は、市民に強烈なインパクトを与え、同年、無所属で台北市長に立候補した柯文哲氏の当選を呼び込んだ。

 台湾ならではの選挙文化の幕開けは、1994年に陳水扁氏が立候補した台北市長選だったと言える。陳氏陣営は選挙にテーマソングを導入しただけでなく、選挙グッズという概念を持ち込んだ。グッズの製造・販売を担った「扁帽工廠」の帽子、Tシャツ、ジャケット、カバン、マスコット人形など、いずれもヒットし、陳支持陣営の資金力不足をカバーした。

 日本の選挙では、候補者による文書図画の配布が禁止されている上、選挙運動に関する収入は厳しく規制されている。そもそも選挙グッズを販売するという概念がないのだ。そのため昨年の自民党総裁選では、ダークホースとされた高市早苗氏が「Fight On! Sanae For Japan」と印字された応援グッズ「サナエタオル」がネット上で話題となった。発売されると500枚がすぐに売り切れ、急きょ追加した1000枚もあっという間に完売した。

◆日台選挙七不思議(6):政党のシンボルカラー

 台湾の二大政党である民進党は緑、国民党は青をシンボルカラーとしている。台湾メディアは「青陣営」「緑陣営」と呼び、「ディープグリーン」「ライトグリーン」「ディープブルー」「ライトブルー」と支持度合いを表現する。候補者は可能な限り、のぼりやプレートに党カラーを目立つように入れている。

 赤は中国や共産党のシンボルカラーと見なされることから、赤色政権や赤いメディアという言葉にはネガティブなイメージがある。

 米国でも政党はシンボルカラーを持つ。共和党のシンボルカラーは赤、民主党は青だ。しかし、台湾や米国に比べると、日本の政党のシンボルカラーの位置づけは曖昧だ。自民党の公式サイトと選挙ポスターは主に赤が使われているが、一部の選挙区では青をメインに使う候補者もいる。立憲民主党は青を使うことが多い。立憲民主党は、旧民主党時代には赤を使用していたが、後継政党である旧民進党から青がメインカラーとなった。政治で赤が象徴するのは革命、左派、社会主義、そして共産主義だ。日本共産党は、機関紙「しんぶん赤旗」に代表されるように一貫して赤を使っている。

 その他、印象的だったのは小池百合子東京都知事が掲げたいわゆる「百合子グリーン」である。小池氏は自民党衆院議員だった2016年に東京都知事に出馬した際、イメージカラーに緑を打ち出したのは、当時としては斬新な戦略だった。その後、17年の都議会議員選挙では、緑色のジャケット、スカーフを身にまとい、「都民ファーストの会」の候補者の選挙応援に臨んだ。候補者たちのポスターやビラ類も緑がメインカラーだ。同年に都民ファーストの会が国政進出する形で結党した「希望の党」のシンボルカラーも緑。同年の衆議院選挙では「緑の戦争」を仕掛けた。

◆日台選挙七不思議(7):自書式投票VS記号式投票

 日台の選挙では投票方式も異なる。日本は投票用紙に候補者や政党の名前を書く「自書式投票」を採用している。記入に使用するのは鉛筆だ。一方、台湾で採用されているのは「記号式投票」。投票用紙には候補者名があらかじめ印字され、有権者は票を投じたい人の名前の上に「ト」の字のハンコを押すのだ。現在、先進国の中で自書式投票を採用しているのは日本だけである。

 自書式投票の長所は、立候補の届出の締切まで待たずに投票用紙の印刷をスタートでき、投票所への投票用紙の送付が遅れるリスクを軽減できる。また、記号式に比べ、紙とインクの節約にもなる。記号式の場合、投票用紙には候補者全員の名前を印字する必要があるため、例えば1つの選挙で数十人が立候補すると、投票用紙は長く大きくなってしまう。さらに名前の印字の順番が当落に影響する可能性があるとして、選挙の公平性に疑問を持たれることもある。

 日本で投票用紙に候補者の名前を書く方式なので、漢字の書き間違いによる無効票を防ぐ狙いもあり、届け出の際に、名前をひらがな書きにする候補者が多い。

 自書式投票では、いわゆる「疑問票」の問題が起こりやすい。たとえば2021年の衆院選比例代表では、立憲民主党と国民民主党の両党が「民主党」を略称として届け出ていた。結果、どちらの党に投票されたか判別できない票が全国で360万票以上現れたのだ。その後、「民主党」票は有効票と判定され、両党の獲得有効票の割合に応じて案分されることが決まった。

 投票用紙に候補者の名前を書き間違えたり、ニックネームを書いてしまったり、認められていない政党の略称を書いたりしても、必ずしも無効票になるとは限らない。ただ、判定に時間を要し、開票作業が長引く可能性がある。また、日本の投票率が低いのは自書式で手間だからという意見もある。

 日本の選挙法では、地方自治体が条例で定めた場合、地方選挙で記号式投票が可能となった。1994年の改正では、国政選挙でも記号式が採用された。しかし、自民党から「有権者に名前を書いてもらうことは政治家の財産である」という主張が上がり、翌年に自書式に戻った。

 神戸市では、有権者の利便性や投票率の向上、疑問票や無効票の減少を目的に、21年の神戸市長選で初めて記号式投票が採用された。

 日本は選挙において、厳格な規定で参政権を保障している。家庭環境にかかわらず、同じスタートラインに立って競う。選挙活動は質素で味気なく、投票率も高くないが、民主主義を重視していないことではない。むしろ成熟した民主国家の普遍的な現象だろう。

 台湾では1987年に38年間続いた戒厳令が解除され、1996年に初めて総統直接選挙が実施された。選挙による民主制度が確立されてから30年に満たない。言論が厳格に管理された時代、党外人士は数年に1度の地方首長選や議員選挙で民主主義を訴え、多くの人々は選挙演説からそれを学んだ。人々がいまだに選挙を大切に考え、そして夢中になる理由はここにあるのかもしれない。

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