本誌でもこのことを伝えたときに「中国が個人旅行を停止するのは初めてのことだそうで、ほとんどのメディアは『個人旅行の停止を公表するのは異例』と報じ、その狙いを『総統選をにらんだ蔡英文政権への圧力』としている」と伝えた。
その後、台湾はどうなったのだろうか。韓国のように騒いでいるのだろうか。
中央通信社は、中国からの宿泊客はこれまで全体の4割強を占めていたという台北の「円山大飯店」は日本人や韓国人旅行客の誘致を強化することで新たな市場開拓に力を注いでいると報じ、林育生董事長の「対策を練っていたため、打撃はそこまで大きくならない」との談話を紹介、中国のこのような圧力は織り込み済みとする台湾のたくましい一面を紹介している。
日経ビジネスの武田安恵記者も「台湾の観光業は中国大陸に依存しない構造へと転換しつつある」と指摘している。その記事を下記にご紹介したい。
—————————————————————————————–大陸客の個人旅行禁止から2週間強、それでもあわてぬ台湾 武田安恵(日経ビジネス記者)【日経ビジネス:2019年8月19日】
中国政府が8月1日に中国大陸から台湾への個人旅行を停止してから半月あまりが経過した。台湾メディアによれば、足元では、中国個人客が1日単位で貸し切ることの多い観光タクシーの利用に落ち込みが目立っているとのことだが、ホテルや飲食店などへの影響はなお未知数のようだ。
今回の中国政府の動きには2020年1月に実施予定の台湾総統選が背景にあると考えられている。「一つの中国」原則を認めない蔡英文政権に圧力をかけることで、彼女の再選を阻止しようとする狙いがあると言われている。また7月に蔡総統がカリブ海諸国への外遊の途中、米ニューヨークに長期滞在したり、米国から武器を購入したりと、米トランプ政権と親密な関係をアピールする動きも、中国の強硬姿勢につながった。
加えて、多くの台湾メディアが、香港の民主派市民のデモとの関係を報じている。中国大陸から台湾に渡航すると、本土では流れていない香港デモの情報に接する機会が多くなる。情報統制の観点から自由な渡航を制限しようとする意図があるとの見方だ。
もっとも、台湾側は今回の中国大陸の個人観光客の渡航禁止を冷静に受け止めている。08年に当時の馬英九総統が中国大陸の観光客の台湾訪問を認めて以降、中国大陸からの旅行者数は増加の一途をたどってきた。12年には200万人を突破し、15年には343万7000人まで増加した。
しかし、16年に蔡英文政権が発足すると、16年284万人、17年209万人、18年205万人と減少した。旅行者数の減少は、中国政府が台湾へのけん制を目的に、意図的にビザの発給を抑制した結果ではないかとも言われている。それでも台湾を訪れる旅行者数は中国大陸からがナンバーワン。台湾交通部観光局の統計によると2位の日本(144万人)を大きく引き離している。
16年に中国大陸からの客足が遠のいた際、台湾の観光産業は大きなダメージを受けた。台湾では中国大陸からの観光客を「陸客」と呼ぶが、「陸客専門」をうたうホテルやレストランの中には倒産したところもあった。当時の反省を踏まえ、台湾では韓国や東南アジアからの旅行客を中心にビジネスを展開する動きが加速した。
台湾の当局も、中国大陸に依存しない経済成長を目指すスローガン「新南向政策」を掲げ、こうした動きを後押ししている。対象となる東南アジア、南アジア、ニュージーランド、オーストラリアの計18カ国に対し、観光分野のプロモーションを強化。現在、東南アジア諸国から台湾を訪れる旅行客に対してビザ申請手続きを簡素化したり、免除したりする動きを加速させている。
大陸からの旅行客の落ち込みを東南アジアで補う構図は、訪台旅行者数の推移からも見て取れる。16年に1000万人を突破して以降、その勢いは衰えず、17年1072万人、18年は1106万人と大陸からの旅行者数の減少にもかかわらず、全体の訪台旅行者は増えている。
中国当局による今回の措置がいつまで続き、どの程度影響が出るのかは、まだ分からない。一つだけ言えるのは、台湾の観光業は中国大陸に依存しない構造へと転換しつつあるということだ。
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武田安恵(たけだ・やすえ)2006年、東京大学大学院学際情報学府修了。専門はジャーナリズム、メディア論。入社後、日経マネー編集部を経て2011年4月より日経ビジネス記者。主な担当はマクロ経済、金融、マーケット。海外記事の翻訳を掲載するページ「世界鳥瞰」の記事翻訳・編集も手がける。特技は空手(松涛館流二段)、趣味はミュージカル鑑賞。主な著書に『私のマネー黄金哲学』(日経BP出版センター、2010年)。