台湾ウイスキー「KAVALAN」#2、後発組にこそある強み  武田 安恵(日経ビジネス記者)

【日経ビジネス:2019年8月23日】https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00122/00006/

 500年以上もの歴史があるウイスキー業界で、ブランド力を急速に高めている「KAVALAN(カバラン)」。後発での参入ながら、なぜ世界のウイスキー愛好家の心を捉えることができたのか。台湾・金車グループの李玉鼎(アルバート・リー)総経理が、後発ならではの勝ち方を伝授する。

李玉鼎[アルバート・リー]1965年、台湾新北市生まれ。明治大学商学部産業経営学科卒業。卒業後、父が創業した金車グループに入り、補佐役の後、総経理となる。金車グループは飲料メーカーで、主力の「伯朗珈琲(ミスターブラウンコーヒー)」は台湾の缶コーヒーシェア6割を占める。2005年にウイスキー蒸留所の建設を開始し、酒類事業に参入。ウイスキー作りに適さない亜熱帯性の気候を克服して作られたシングルモルトウイスキー「KAVALAN(カバラン)」の製造・発売に注力する。

Q:缶コーヒーの会社が、どうしてウイスキーに参入したのですか。

 金車(キングカー)グループが主力とする飲料事業は、嗜好性の高いものです。必ずしも生活になくてはならないものではありません。それだけに、消費者の好みや経済環境に売り上げが大きく左右されます。

 ある商品が売れていても、トレンドがいつ変わるか分からない。継続して安定した収益を得るためには、複数の売れ筋商品を持つとともに、常に新しい事業に挑戦する「先取りの発想」が必要です。そのことを、父は常々、私に語っていました。

 1982年に父が始めた缶コーヒー事業は好調でしたが、お茶やポカリスエット(編集部注:大塚製薬との合弁会社設立により販売)、乳酸菌飲料、ミネラルウオーターと、取り扱う商品を徐々に増やしてきたのは、こうした理由が背景にあります。

 実際、90年代後半に入ると、台湾の経済成長に伴い、人々の所得水準が向上しました。飲料市場も国内外から多くのプレーヤーが参入し、さまざまな商品が店頭に並ぶようになりました。競争が激しくなり、成長も以前のような一筋縄ではいかなくなりました。

 そんな中でチャンスが訪れます。それは、台湾の世界貿易機関(WTO)への加盟です。加盟に当たり、台湾政府はそれまで政府の専売であった酒類事業を放棄し、民間に開放することになりました。

 酒業への参入は父の夢でもありました。台湾人がよく飲むお酒はビールです。しかし、WTO加盟後は関税が下がり、外資はじめ多くのメーカーが市場に参入してくることが予想されました。国内からも多くの企業がビール造りを始めるでしょう。だからビールは、私たちが最初に参入する酒類事業としては適切ではないと、私も父も考えました。

◆新規参入は伸びている市場に

 参入するならウイスキーがよいのでは、という結論に至ったのは、世界的に市場が伸びていたからです。後ほど詳しく説明しますが、80年代後半、世界のウイスキー全生産量の約6割を占めるウイスキーの本場、スコットランドでは「シングルモルトウイスキー」がはやり始めていました。

 この波は少しずつ世界に広がり始めていました。経済成長に伴い、台湾でも若年層よりも所得が高い40代以上の層がウイスキーを手に取るようになっていました。良いものを作ることができれば、比較的強気な価格設定でも受け入れられると思いました。

 もっとも、台湾の人口は2300万人。市場規模としては小さいです。販売がうまくいったとしても成長余地は限られるでしょう。最初から世界を販路の一つと捉えて戦略を立てる必要がありました。このような理由からも、成長トレンドがはっきり出ているウイスキーがよいということになりました。

Q:亜熱帯の気候はウイスキー製造に不向きとされていました。なぜ克服できたのですか。

 ウイスキーに参入すると決めた際、会社の幹部はもちろん、友人たちからも「暑い国ではウイスキーは無理だ」「損するに決まっている」などと反対されました。しかし、私は心の中で、「無理だと思われているからこそ、逆に今までにない味のウイスキーを作れるかもしれない」と思っていました。それに、挑戦したことがないのに、最初から無理だと決めつけるのはおかしいでしょう。

 ウイスキーの製造技術が科学的に解明されてきたことも、勝機につながるのではと考えました。それはシングルモルトウイスキーの市場拡大とも関係しています。

 ここで、ウイスキーのことを少し解説しましょう。そもそも、ウイスキーは原料と製法の違いから2つの種類に大別されます。穀物を砕いて糖化・発酵させ、蒸留し、樽で熟成させるプロセスはほぼ同じですが、大麦だけを原材料とする「モルトウイスキー」と、大麦以外にトウモロコシや小麦などの穀物も入れて作る「グレンウイスキー」があります。そして、出来上がったモルトウイスキーとグレンウイスキーを原酒として、それを複数種類混ぜて作ったウイスキーが「ブレンデッドウイスキー」です(下図参照)。

◆シングルモルトは味の個性が強い

 ウイスキーの中でも最も生産量が多いスコッチウイスキーは500年以上もの歴史を持つウイスキーですが、90年代前半まではブレンデッドウイスキーが主流でした。実に9割のブランドがブレンデッドだったのです。

 その理由は、1つの蒸留所で出来上がったモルトウイスキー、これを「シングルモルトウイスキー」と呼びますが、そのシングルモルトを瓶詰めしただけだと、雑味やクセが強すぎて、おいしくなかったからです。そのためブレンダーと呼ばれる職人が、スコットランドの各蒸留所でできたウイスキーを買い集め、混ぜ合わせることで味や香りを調整し、販売していました。

 しかし、時代をへるにつれて、製麦の方法や糖化の仕方、発酵で使う酵母、そして蒸留のさせ方などによってウイスキーの味が変わることがだんだん分かってきました。これまで「匠の技」として捉えられていたウイスキーの製法が、科学的に解明されるようになったのです。それにつれて、シングルモルトウイスキーの味も格段に向上しました。ブレンデッドウイスキーに比べて味の違いが分かりやすい点も、個性やオリジナリティーを好む現代人の嗜好に合致し、2000年以降はシングルモルトの市場が急速に拡大していきました(右グラフ参照)。

 ウイスキーの味が決まる条件が科学的に分かるようになったことは、裏を返せば「こういう味のシングルモルトウイスキーを造りたい」というイメージに近づくべく、製法を工夫する余地があるということです。スコットランドの人々は、何百年もかけてノウハウを構築してきましたが、後発の我々はそれを丸ごとスピーディーに取り入れることができます。データや情報がある分、試行錯誤がしやすくなります。

◆逆転の発想で弱みを強みに

 我々のウイスキー事業のコンサルタントを引き受けてくれたスコットランド人のジム・スワン博士は、世界中の蒸留所が抱える悩みを解決してきた「ウイスキー界のサンダーバード」と呼ばれる人物で、さまざまな技術や知見を持っていました。父は彼に「南国台湾を感じさせるフルーティーな香りや味を持ったウイスキーを造りたい」とイメージを伝えました。

 それからスワン博士とともに試行錯誤が始まるわけです。最大のブレークスルーが、5月から10月まで気温が38度まで上がる台湾の気候を欠点ではなく利点として捉えられないか、という逆転の発想でした。気温が高いとウイスキーの熟成スピードは速いですが、樽の成分が原酒に移りすぎて、苦くなめらかさのない味になります。ならば、熟成がピークに達した時点で樽から出し、ボトルに詰めればよいのではと考えました。

 熟成の度合いを綿密にモニタリングすること、そして熟成が早く進みすぎないよう、あえて大きな樽を使って熟成させる方法を考えました。また、カバラン独特のフルーティーさを出すために、発酵に使う酵母を厳選するなど、製造工程の随所に工夫を施しました。

 10〜15年熟成させなければならない通常のウイスキーと違って気温が高いため、カバランの熟成の速度はほぼ3倍です。それは、製品化までのスピードを速められることを意味し、ここにも勝機があると考えました。市場の動向を見ながら商品の需給を調整しやすいからです。

 ウイスキー業界の課題の一つは、長い熟成期間が必要なことで、市場の変化に迅速に対応できないことです。熟成期間を大幅に短縮すれば、原酒を造りすぎてしまったり、逆に足りなくなったりするリスクを抑えられます。

 加えて、熟成に使う樽を変えると味がどう変わるのか、早く結果を出すことができるので、これは良い、これは悪いと改良を重ねられます。原酒が1種類しかなくても、熟成樽の違いで製品のバリエーションを出すことができるようになります。金車はシェリー酒やブランデー、ワインを造る際に使った樽を世界中の醸造所から買い集めてカバランの熟成に使用しています。名の知れた醸造所から買い付けた樽を使って熟成し、そのまま製品化した限定品は、特に人気ですぐに売り切れてしまいます。

 このように、気候条件を生かしたウイスキー造りをしたことで、今までにはなかった台湾産ウイスキーを生み出すことができたのです。もっとも、ウイスキー作りにゴールはなく、現在でもより良い品質のものを皆様に届けるために、努力は続いています。

Q:競合の多いウイスキー市場でどうやって独自のポジションを確立したのですか。

 台湾は今や、金額ベースで世界第6位のスコッチウイスキー輸入国です。舌が肥えている消費者もカバランを出した10年ほど前に比べてだいぶ増えました。

 そんな中でブランドを育て、守るのは簡単ではありません。父は「ブランド育成は子育てと同じ」とよく言っています。私もビジネスに関わるようになってから、その通りだと思うようになりました。

 子育てと同じというのは、第一にすごく時間がかかるし、必ずしも自分の思う通りにはならないという意味です。初めてカバランを世に出した時もそうでした。台湾では、知名度の低さから、売れ行きの出足はあまりよくありませんでした。

 このような場合、一人でも多くの消費者に気軽に商品を手に取ってもらおうと、価格をあえて低く設定する戦略もあったでしょう。しかし、私はカバランの味や品質、そしてオリジナリティーに自信があったので、あえて「高級路線」でブランドを育てていく決断をしました。他のシングルモルトウイスキーと比較しても、高めの値付けにしています。

 シングルモルトの平均価格は5000円から6000円程度ですが、カバランは発売当初、一番安い商品でも9000円程度、高いものでは3万〜4万円に設定しています。周囲からは「高すぎる」と言われました。しかし、品質の高さが伝われば、消費者は必ず価値に見合う価格に納得してくれると思ったのです。結果的に、この読みは当たりました。

 自分のかわいい子どもに対する評価が低い親はいないでしょう。それに、最初低く価格を設定すると、将来的に値上げはしづらい。消費者は何より値上げに敏感ですから、悪い印象を与えてしまいます。

◆海外の評価で国内を刺激

 次にやったことは、カバランを「武者修行」に出すことです。品質の高さを判断するスキルは、ウイスキー文化が成熟している欧米の方がたけています。そのため積極的にインターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション(IWSC)やインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)など、名の通った国際品評会にカバランを出すことにしました。

 品評会で高い評価が得られれば、評判を聞いた消費者はカバランを飲んでみたいと思うでしょう。実際に、国際品評会での受賞や海外での評価を聞きつけ、台湾でも多くの消費者が買ってくれるようになりました。

 海外中心のプロモーションが、結果的に台湾内での認知度の向上、消費増にもつながっています。広告も海外中心に打ちました。国際線の機内で流されるCMや機内誌には、現在でも重点的に広告を出しています。また、16年からは話題作りのために、世界で最も広告料の高い場所の一つ、米ニューヨークのタイムズスクエアに広告を出稿することにしました。19年までの契約ですが、今後も延長しようと考えています。ブランドの認知度がある程度の水準に達するまで、マーケティングに対する投資は惜しまないことが大切です。

●李氏が考える「後発組」の勝ち方

・参入するなら、全体のパイが大きく、伸びしろのある市場にする・先発組のノウハウを最大限生かす・常識にとらわれない“逆転の発想”で欠点を利点に変える・目先の売り上げのために安売りはせず、長期視点でブランドを育成

              ◇     ◇     ◇

武田安恵(たけだ・やすえ)2006年、東京大学大学院学際情報学府修了。専門はジャーナリズム、メディア論。入社後、日経マネー編集部を経て2011年4月より日経ビジネス記者。主な担当はマクロ経済、金融、マーケット。海外記事の翻訳を掲載するページ「世界鳥瞰」の記事翻訳・編集も手がける。特技は空手(松涛館流二段)、趣味はミュージカル鑑賞。主な著書に『私のマネー黄金哲学』(日経BP出版センター、2010年)。


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