多くの司馬遼太郎先生ファンがそうであるように、私も「街道をゆく」シリーズが大好きです。司馬先生がご覧になったであろう風景を思い描いて、頭の中で先生の旅を追体験していました。
なかでも「国家とはなにか」で始まり、台湾の歴史と人と風土を旅する『台湾紀行』を読んで以来、ずっと身近に感じ、どうしても訪れたかった台湾へ、2007年5月の連休に行ってきました。仕事、子育て、義父母の介護と、働き続けた私の人生初の海外旅行です。
秋田から成田までの行程の大変さに比べ、成田から日本アジア航空機で3時間半、台湾は本当に近いお隣さんです。
訪れる前の台湾のイメージは、熟れた果物や花の匂いに満ちた、異国情緒漂う南の島といったものでした。しかし、桃園国際空港から高速道路で1時間、台北は思ったほど暑くなく、幅広く道路が整備され、古きよき時代の日本の面影を色濃く残す、重厚な石造りの建物が整然と並ぶ都会でした。
この街はまた一方では、超高級ホテルやガラス張りの高層ビル群など近代都市でもあり、さらに一方では、1987年まで38年間、国民党支配下にあったことを示す中正紀念堂や故宮博物院、圓山大飯店など中華様式の巨大建築が偉容を誇っており、幾重にも重なったこの国の複雑な歩みを感じる事が出来ました。
何より楽しかったのは、おもちゃ箱をひっくり返したような街の活気です。どこでもだいたい日本語が通じ、お世話になったガイドさん、ホテル近くの便利店の店員さん、露天のおばちゃん、みな、親切で日本語でよく話しかけてくれました。おまけに皆大声で、快活で、エネルギッシュです。一日中、広い道路が、ものすごい数のスクーターで埋め尽くされ、信号が変わると同時に押し寄せる様子は壮観で、この街のたくましい未来を予感させるものでした。
駆け足で台北旅行を終え、秋田に戻って数日、台湾熱がまだ冷めないうちに、新聞で前総統李登輝博士が秋田で講演されること知り、急いで聴講を申し込みました。
『台湾紀行』での司馬先生と李登輝先生との二大知性のやり取りは本当に魅力的で、まさか、秋田の地で李登輝先生のお話を伺うことができるとは、と興奮しました。
招聘された当時の国際教養大学の学長中嶋嶺雄先生は同郷(長野)の大先輩で、県人会のご縁でお話しさせていただいたこともありました。数々の障壁をものとせず、この来日講演を実現させた中嶋先生は私の誇りです。
6月5日、秋田杉の香りも高いプラザクリプトンで博士のご講演を拝聴しました。
「二十二歳まで日本人であった」とおっしゃる大柄な博士は、84歳とは思えぬよく通るお声で、ご自分が受けられた日本の教育、日本文化の持つ高い精神性、美学的情緒、日本精神に基づく日本の台湾統治、そして民主化台湾のこれからにつき、時にユーモアも交えながら、格調高い日本語でご講演されました。威厳と慈愛に満ちた博士に、日本人が見失いつつある日本人の美質を改めて教えていただきました。
それは、ともすれば、東アジアの複雑な対日感情の中で気が滅入ってきそうなわたしたちを暖かく励ましてくださるものでした。
戒厳令の下、蒋介石政権に長年弾圧された恐怖から解放され、民主化されたとはいえ、台湾はその後も中国の覇権主義に飲み込まれそうな厳しい状況にあることに変わりはありません。
息詰まる状況下にあって、明るく元気で、親切で、日本を大切な友人と言って下さる麗しき島のよき隣人、台湾の方々。あの明るい笑顔が永遠に続くよう、どうか台湾海峡が波静かであるよう祈っています。
*編集部註:
来る11月10日、本会28番目の支部として秋田県支部が設立の運びとなりました。支部設立発起人代表は、本会理事の佐藤典子・のりこ皮ふ科院長。記念講演会は「李登輝元総統が繋いだ秋田と台湾のご縁」というテーマで開かれ、講師には川村純彦・本会副会長をお招きするそうです。間もなく、詳しい開催要項などが発表されることになっています。発表され次第、本誌や本会ホームページでお伝えします。