本政策提言は、日本李登輝友の会内に設置する会員の中の専門家で構成する「日米台の安全保障等に関する研究会」の研究成果をまとめたもので、3月の理事会及び総会の承認を得、渡辺利夫・会長ならびに石川公弘、加瀬英明、川村純彦、黄文雄、田久保忠衛の5人の副会長名で発表しています。
よく知られているように、台湾関係法において防御的な性格の兵器を台湾に供給することを定める米国は近年、台湾とのさらなる関係強化を図り、2016年に「台湾に対する『6つの保証』」を連邦議会で可決し、トランプ大統領は「2018年版国防授権法」や「台湾旅行法」に署名して法律として成立させています。
また米国では、米海軍の「リムパック」という世界最大の多国間海軍軍事演習や空軍の演習「レッドフラッグ」、サイバー攻撃に対する国際演習「サイバーストーム」に台湾を招待すべきという提言も出ております。
台湾が台湾海峡を含む西太平洋地域の平和と安定に寄与できる機会を拡大することは、世界の安全保障に貢献することに他ならず、日本及び米国の国益に合致しています。
そこで、台湾の防衛力強化をサポートし、台湾が西太平洋地域、そして世界の安全保障のために貢献できる機会を拡大するとともに、中国による国際社会における台湾孤立化の企図を抑制するため、日本は米国と共催の海洋安全保障訓練に台湾を招くよう米国に働きかけることを今年の「政策提言」で提案しています。
この提言は、国際・地域テロ、海賊、捜索・救難、大規模自然災害などいわゆる「非伝統的」海洋安全保障における訓練の実施を求めるもので、地域諸国全体での対応力の向上を図ろうとする点で、台湾は参加不可欠の地域メンバーであることから、中国も反対しにくいと考えられる共同訓練の提案です。
本会は4月半ば、政策提言の実現に向け、中国語訳と英訳を合わせて1冊とした「2018政策提言」を作成、安倍晋三・総理や菅義偉・内閣官房長官をはじめとする政府関係者や防衛担当者などに送達しました。李登輝・元総統や蔡英文・総統など台湾要路の方々にもお送りしました。
ここにその全文をご紹介するとともに、ご理解の上、実現にお力添えのほどお願い申し上げます。
◇ ◇ ◇
日本李登輝友の会「2018政策提言」台湾を日米主催の海洋安全保障訓練に参加させよ
趣旨:
台湾が台湾海峡を含む西太平洋地域の平和と安定に寄与できる機会を拡大することは、世界の安全保障に貢献することであり、日本及び米国の国益に合致している。そこで、台湾の防衛力強化をサポートし、台湾が西太平洋地域、そして世界の安全保障のために貢献できる機会を拡大するとともに、中国による国際社会における台湾孤立化の企図を抑制するため、日本は米国と共催の海洋安全保障訓練に台湾を招くよう米国に働きかけることを提案する。
理由:
急成長した経済力を背景に軍事大国となった中国は、習近平国家主席の下に「中華民族の偉大な復興」を目指し、海洋強国を建設するため新たな空母建造を進める等、外洋への進出を図っている。
中国の軍事力を背景としたこの強引な拡張政策は、今後も西太平洋地域における平和と安定に対する最大の脅威であり続けることに疑いの余地はない。
中国は昨年10月の第19回中国共産党大会において「祖国統一の完成」を宣言し、習近平政権がいよいよ台湾統一に向けた攻勢を強化し始めている。
中国の第19回中国共産党大会の直前、米国のシンクタンク「プロジェクト2049研究所」研究員で、中台問題研究家のイアン・イーストン氏が新著『中国侵略の脅威』において、中国は2020年までに台湾侵攻の準備を終えると指摘し、早ければ、3年後に中台戦争が勃発する可能性があると示唆するなど、米国の研究家も警戒感を露にしている。
一方、台湾は中国の外洋への展開を扼する絶好の場所に位置しており、日米同盟にとっての戦略的価値は、太平洋への展開を図る中国海・空軍を阻止するためだけではなく、中国戦略原潜の南シナ海への配備や外洋への展開を牽制し、米国の核の傘の信頼性を確保する上でも掛け替えのないものである。
米国のドナルド・トランプ大統領は昨年10月、アジア太平洋担当の国防次官補という実務の最高責任者に海軍士官出身のランディ・シュライバー氏を指名した。プロジェクト2049研究所を創設して所長を務めるシュライバー氏は、中国に対する厳しい抑止政策の必要性を主張してきたことで知られ、シュライバー氏の起用はトランプ大統領が中国への抑止政策を遂行する可能性が高いことを窺わせるに足る人事と言える。
また、トランプ大統領は12月12日、台湾との防衛関係強化を定めた「2018年国防授権法案」に署名し、法律として成立させている。この国防授権法には連邦議会の意見として、海軍の艦船を高雄など台湾の港に定期的に寄港させ、太平洋軍が台湾の入港や停泊の要請を受け入れることや、米国空軍や同盟国・友好国の空軍が参加する高度な空軍演習「レッドフラッグ」への台湾の招待、水中戦での攻撃能力向上を目指す台湾への技術支援などを含む、米国と台湾のさらなる関係強化をめざす7項目が記されている。
12月18日には、トランプ大統領は連邦議会への意見書として、外交・軍事戦略の指針となる「国家安全保障戦略」を発表、米国はインド太平洋地域を重視し、日豪印を不可欠な同盟国と設定。米国はまた、本年1月19日には「国家防衛戦略」を発表、中露は米国にとっての「主要脅威」であり、米軍の増強や同盟強化を優先させるべきことが強調された。
さらに、「2018年国防授権法」が成立する1ヵ月前の11月15日には、米議会諮問機関の「米中経済安全保障調査委員会」が年次報告書を発表し、台湾をリムパックなど米国が主導する軍事演習に招待すべきとの提言を行った。
リムパックとは「環太平洋合同演習」(Rim of the Pacific Exercise)のことで、アメリカ海軍主催により1971年にカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの海軍が参加して始められ、ハワイの周辺海域で実施される世界最大の多国間海軍軍事演習で、西暦の偶数年に実施している。
日本は1980年から招待されて参加しているが、招待国は米国の同盟国だけでなく非同盟国も含まれ、チリ、コロンビア、ペルー、インド、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、トンガ、オランダ、ノルウェー、イギリス、韓国などが参加している。2012年にはロシアが初めて参加し、中国も人員のみオブザーバー参加した。
中国は2014年から正式参加し、2016年にも参加している。しかし、参加艦艇以外に情報収集艦も派遣して他国艦艇の情報収集活動を行ったことで、他の参加国に警戒感を抱かせた結果となり、米国内だけでなく参加国からも中国参加に異論が出ている。
米中経済安全保障調査委員会の年次報告書では、リムパックのほか、空軍軍事演習の「レッドフラッグ」やサイバー攻撃に対する国際演習「サイバーストーム」に台湾を招待すべきとも記している。
米国の同盟国である日本はこのような米国の台湾重視の機運を見逃すべきではない。日本政府は、この機運をさらに高めるべく、米国政府にリムパックなど米国主導の多国間演習に台湾を招待するよう働きかけるべきである。と同時に、「主要な脅威」をわざわざ招待し、米国や同盟・友好国の軍事対応力の手の内を見せるという愚を冒すことのないよう、強く勧告すべきである。
しかし言うまでもなく、リムパックなどへの台湾の参加は、中国の猛反対に遭うことは必至である。トランプ政権は、それを承知で台湾招聘を決定するかどうか、極めて困難な判断を迫られることとなろう。
同政権は前述の両戦略において、中露を明確な軍事的「主要脅威」と位置づけたものの、北朝鮮の核・ミサイル問題で朝鮮半島情勢が悪化する中、中国との関係改善にも配慮しており、腰の定まらない同政権が、更に重要な外交課題を複雑化させることは避けようとする可能性が高い。その点を好機と見て、現在中国は台湾への締め付けをあからさまに強化しつつあるように見える。この点を考えれば、少なくとも本年の台湾海軍の招聘は可能性が極めて低いと言わざるを得ない。
提案:
以上を踏まえ、台湾の安全保障面での国際交流の場を広げるため、当面の現実的なアプローチとして次の通り新たな提案を行う。
即ち、日米共催、豪印協催による「環西太平洋多国間海洋安保共同訓練」(ウエストリムパック)のメンバー国として、東南アジア諸国などとともに、台湾を招待することである。この提案は日米が協調する「自由で開かれた印度・太平洋地域戦略」の一環として、進められるべきものである。現実問題として、印度・太平洋地域の中心となる西太平洋においては、防衛面の伝統的海洋安全保障は固より、国際・地域テロ、海賊、捜索・救難、大規模自然災害など、非伝統的海洋安全保障面でも対応力が十分でない国家が多く、装備、運用、後方支援面での能力向上が求められている。そこで「自由で開かれた印度・太平洋地域戦略」の一表徴として本訓練を位置づけ、地域諸国の非伝統的海洋安全保障能力の地域全体での対応力の向上を図るものであり、参加不可欠の地域メンバーとして台湾を招聘するものである。
本訓練は、西暦の毎奇数年、北東・東南アジア、太平洋島嶼国家、オセアニア、北印度洋諸国、印度洋島嶼国家の各国を招聘し、参加国の艦船や航空機が参加容易なグアムで開催する。
台湾は国際的海上交通路の重要なチョークポイントたるバシー海峡を扼しており、地域全体の非伝統的海洋安全保障能力の向上には、ウエストリムパックへの台湾の参加が不可欠な存在であり、中国を除く地域諸国から歓迎されるであろう。多発する非伝統的脅威への対応という「共通課題への対処」は、地域全体への利益をもたらすものであり、中国が反対することは、非常に困難となる。
中国がボイコットし、あるいは台湾に対し嫌がらせをする可能性もあるが、広く「一帯一路」構想への参画を求める中国のそういった行動は、同構想に対する地域諸国の大いなる疑念を抱かせることになる。そこを衝くためにも、来年の実現を目指し、日米豪印による協議を速やかに開始すべきである。